第百二十話 模擬選開始
言うまでも無く、お婆ちゃんとサーシャさんは魔法学院のトップだ。つまりは頂点に立つに相応しい魔法の腕を持っていると言っても過言ではないだろう。二人は俺達が居る場所とは反対側へ移動すると軽く準備運動を始めた。サーシャさんはエルフだから見た目的に若いのだが、流石にお婆ちゃんは年齢的に昔のようには動けないのではないか?そんな気持ちで二人の様子を伺った。
「『多重詠唱』『自動追尾』『炎の矢』」
「『眷属召喚』我が呼びかけに応え、出でよ『火蜥蜴』」
二人が魔法を発動した。その直後に起きた事に俺たちは驚きで言葉を発せなくなった。まず、お婆ちゃんが発動したのは『炎の矢』という初級魔法なのだが、問題は『多重詠唱』と『自動追尾』という聞いたことの無い詠唱だった。
意味は直ぐに理解することになった。お婆ちゃんの頭上には次々と炎の矢が作り出されては目標となる的に向けて命中してゆく。一回の詠唱で十数本以上の炎の矢を発生させたのは『多重詠唱』が原因だろう、一度の詠唱で連続して何発も魔法を作り出すという発想に驚かされた。
そして『自動追尾』、これも言葉の通りなんだろう。今回は動かない的だったから分からないが、これが動く相手なら追ってくるに違いない。地球で育った俺や姉ですら思いつかなかった魔法だ、アリスなんかもその発想と自分との実力の差に呆然としてる。
そして次に驚いたのはサーシャさん・・・いや、正確に言うとサーシャさんの横に居るアレだ。サーシャさんの精霊魔法が唱えられると、炎の渦が発生し次第に大きな蜥蜴を生みだした。全長3m程のそいつは、全身が赤く燃えていて口から小さく火を噴いている。
「サーシャさん・・・それは?」
自分の声がひどく乾いていた。実際火蜥蜴が現れてから周囲の空気が乾燥してきているように感じる。俺の質問にサーシャさんは相変わらずゆったりした喋り方で答えてくれた。
「この子は精霊『火蜥蜴』よ~。精霊魔法の遣い手は自分と相性が良い精霊をこうして呼び出す事が出来るの~。すごいでしょう~」
そう言ってサーシャさんは火蜥蜴の頭を撫でている。あれは熱くないのだろうか、だとしたら触れただけで火傷とかしなくて済みそうだけど・・・。
想定外の実力の高さに俺達は急ぎ作戦会議を行う事にした。実力の一端だとしてもあれはいくらなんでも不味い。それに加えて爺ちゃんの元Sランクの近接攻撃が上乗せされたら練習どころではない!一年のリハビリとヒュドラの腕を得た事で少し浮かれていた俺は冷や水を浴びせられたように嫌な汗を背中にかいていた。
「さて、そろそろ始めましょうか?胸を貸してあげるから思い切りかかってきなさい!」
相談開始から三十分位過ぎた辺りでお婆ちゃんから訓練開始の合図がかかった。俺達は相談を止めると俺と姉が並んで前衛、少し離れてアリスが後衛という隊列で向かい合った。
「トーヤ!アリス!チアキ~。ボクも応援してるから頑張ってー!」
少し離れた所ではフラウが両手をぶんぶん振って応援してくれていた。また、学院の生徒と教師が訓練場の待機所で俺達の様子を遠巻きに眺めていた。よく見ると以前お世話になったジェシカさんや、見知った顔の生徒が居た。
どうやら先王や魔法学院の院長、それにユグドラシルの精霊魔法学院の院長という有名人の戦いを自分の眼で見られるチャンスとばかりに押し掛けたようだった。
俺達に相対した爺ちゃん達は、前衛の爺ちゃんを起点に三角形になるようにお婆ちゃんとサーシャさんが立っている。爺ちゃんはまだ剣を抜いてはおらず余裕の表情で俺達を見ている。不意に手をこちらに伸ばしてきたかと思うと、掌を上にし指で「かかってこい」とばかりに手招きされた。
「いくぞ!爺ちゃん!!」
俺のその叫びが切っ掛けとなり、俺と姉が爺ちゃんに向けて走り出す。既に全力の身体強化を施しているので一瞬で爺ちゃんへと肉薄する。剣を首に向けて突き出すと、何時の間にか爺ちゃんの手に現れていた剣で横殴りに払われる。俺の視覚でも抜剣が見えなかったことに驚かされる。
「くっ!『知覚強化』!」
最初に知覚を引き上げる身体強化の魔法を唱える。これは俺のオリジナルで勉強をするときに偶然出来てしまった判断力や記憶力を上げる魔法だ。これと両腕をヒュドラの義肢にして得た視覚・聴覚・嗅覚の上昇を合わせると人外な速度での攻撃と防御が可能になる。
「うわ!すげー。攻撃している剣が見えない!」
遠くで見ていた生徒たちから歓声があがる。一般人の目では追えない程この剣撃は早いのだ。一秒間に二発か、三発か。それだけの速度で切り付ける俺の攻撃を全て捌かれてしまう。
「ほほう。流石にこのレベルまで成長したか。これではチアキを相手にする余裕は無いのぅ」
どう見てもまだ余裕のありそうな台詞に気持ちが苛立つ。だが、俺の役割は爺ちゃんをくぎ付けにすることだ。俺と爺ちゃんの打ち合っている横を姉がすり抜ける。
「あら、私のお相手はチアキなのね?お婆ちゃんが優しく可愛がってあげるわ」
槍を手にした姉が迫って行くのに、お婆ちゃんからは余裕の表情が消えない。お婆ちゃんはどう見ても魔法使いなのに、近接もかなりのレベルに達している姉に対し余裕が伺える。
数秒もしない内にお婆ちゃんの場所へとたどり着くと、姉は槍を突き出した。だが、当たったかに思えた槍はお婆ちゃんの体を貫通することなく、その横をすり抜けただけだった。
「っ?!」
その瞬間、姉の体が横に吹き飛んだ。かなり派手に吹き飛んだ所為か生徒たちから悲鳴があがる。
「あら、自分で飛んで威力を軽減したの?あの一瞬で反応できるなんて流石は私の孫ね!」
そう言って立っていたお婆ちゃんの両手には、小型の盾が装着されていた。
「けほっ!お婆ちゃん何よそれ!近接も出来るなんて聞いてないわよ?!」
姉が咽ながらお婆ちゃんに文句を言う。お婆ちゃんは姉の言葉に意地の悪そうな笑みを浮かべて答えた。
「あら、近接が出来ないなんて一度も言った事は無いわよ?魔法のほうが得意だっただけで、こういう闘い方も出来るのよ」
どうやらあの両手に装着した盾で姉の脇腹を殴りつけたらしい。だとすると、盾で相手の攻撃を防ぐか、今のように相手を弾き飛ばしつつ魔法で攻撃するスタイルなのだろう。爺ちゃん越しに一連の攻防を見ていた俺は予想外の状況に舌打ちをした。
すると爺ちゃんが愉快なものを見たという風に声を立てて笑った。
「はっはっは!どうしたトーヤ。レイネシアが近接が出来る事がそんなに意外だったか?あやつは儂と数多の戦を乗り越えた最高の伴侶じゃ!お主らではまだまだ追い付けぬよ!」
「くそ!通りで簡単に横を抜けさせたと思ったよ。まさか近接も出来るなんてねっ!」
爺ちゃんの挑発に俺は悪態で返す。その間にも剣撃の応酬は続いていて、俺も姉を助けに動けない状況だ。だけど、姉だってこの一年俺抜きで魔物の討伐を経験してきたのだし自分で何とかするだろうという信頼の気持ちもあった。
「姉貴を甘く見ないほうがいいよ?槍だけが得意な訳じゃない。俺だって最近まで一度も勝った事が無いんだ」
俺の言葉に爺ちゃんの眉がピクっと跳ね上がる。
「仮にも儂と打ち合えるトーヤが勝てぬじゃと?チアキにもまだ奥の手があるという事か」
爺ちゃんは少しだけ後ろを気にする素振りを見せる。だが、注意を逸らせば俺はその隙を突いて攻撃を仕掛けるので後ろを向くことは出来ないようだ。