第百十九話 練習相手
Aランクへの模擬戦は『片翼』の都合がつき次第という事になり、俺たちは再び魔物を狩りに出る事にした。バトラさん達と戦うまでにもう少し戦いの勘を取り戻しておきたかったからだが、早々Bランクの魔物があちこちに居る訳でもない。とはいえ、Cランクの魔物をいくら狩った所でバトラさんとの戦いの役には立たないだろうと考え悩んでいた。
そんな風にどうしようかと悩んでいると、先王である爺ちゃんが家へと尋ねて来た。
「トーヤ!遂にAランクへの試験を受けると聞いたぞ?儂が一つ揉んでやろうか!」
「いや、今回チーム戦だから相手は複数いないと練習にならないんだけど・・・」
爺ちゃんは単に俺達を鍛えたいだけな気がする。俺の言葉を聞いて明らかに気落ちしていた爺ちゃんだけど、少しすると何か閃いたのか指をパチンと鳴らした。
「なるほど、チームならいいんじゃろう?儂のほうで三人用意する。それならよかろう?」
「え?まあ、バトラさん達も三人だから問題ないけど。Aランク以上の人ってそんな直ぐ用意できるの?」
どうも爺ちゃんが満面の笑みが怖い、どう考えても碌な事じゃない気がするけど魔物も、練習相手も居ない現状だと爺ちゃんが用意するという三人にお願いするしかないか?
「決まりじゃな!明日の昼にレイネシアの学院の訓練場で落ち合おう。それまでに集めとくわい」
爺ちゃんはそう告げるなり返事を待たずに家を出ていった。お茶を出そうとしたメイドのララが唖然とした表情で見送っていた。
俺はアリスと姉を食堂に呼んで爺ちゃんの話を伝えた。二人とも俺と同様嫌な予感しかしてないようだが、Aランク相当の練習相手を用意してくれるのなら、としぶしぶ了承してくれた。
翌日、少し早めに昼飯を食べた俺達は学院の訓練場で体を動かしていた。どんな相手が来るかは分からないが万全の状態で戦う為に準備運動を余念なく行う。すると、訓練場の入り口から誰かが歩いてくるのが見えた。相手の人が来たのだと思い、そちらに目を向け・・・俺は目を見張った!
「うむ!揃っておるようじゃの。儂らが練習の相手をしてやろう」
先頭を歩いているのは直ぐに分かった、全身鎧に身を包んだ爺ちゃんだ。問題はその後ろを歩いていた二人の女性だった。
「このローブを着たのは何十年ぶりかしら・・・。昔のように動ければいいのだけど。サーシャはいいわよね、何時までも若くて」
「あら~、シアちゃんはまだまだ現役でいけるわよ~?どうせ今でも鍛錬は欠かしていないんでしょう~」
爺ちゃんの後ろにいた片方はお婆ちゃんだ。純白のローブに金糸で精緻な文様が縫いこまれたローブを羽織っている。もう一人はユグドラシル学院の学院長であるサーシャさんだった!
「え?何でお婆ちゃんとサーシャさんが?」
俺はそう言うとポカーンと口を開けて二人を見ていた。姉とアリスは驚きのあまり言葉が出ないようだった。そんな俺達を見てお婆ちゃんは楽しそうに微笑しながら教えてくれた。
「あら、私もサーシャもAランクなのよ?昔はこの人と一緒にチームを組んで色々な魔物を倒していたの。現役から何十年も離れてはいるけれど魔法の腕だけは鈍っていないつもりよ?」
「シアちゃんは治癒魔法から結界系は得意だし~、私も攻撃魔法なら今でもユグドラシルで誰にも負けてないと思うのよね~」
どうやら俺達の練習相手というのは爺ちゃんとお婆ちゃん、そしてユグドラシル学院のサーシャさんのようだった。というよりも、爺ちゃんはSランクだしお婆ちゃんとサーシャさんはAランクなので、確かに現役から離れていたとはいえ、その実力は確かだろう。
「儂らが現役だったのは大分昔の事じゃが、それでも『片翼』の奴らに今でも負ける気はしておらぬわ!あと『癒しの領域』をこの訓練場に張るので遠慮無くかかってくるがいいぞ?」
『癒しの領域』は以前、王都の闘技場で賭け試合をした時に経験した結界で、致命傷を受けても瞬時に治療してしまう高価な魔法具である。それよりも、俺は一つ疑問に思った事があったので爺ちゃんに尋ねる事にした。
「それより、サーシャさんはなんでこっちの国に居るの?向こうの学院はどうしたんです?」
俺の投げかけた質問に、サーシャさんは相変わらず間延びした声で答えてくれる。
「昨日ハルちゃんからお呼びがかかってね~。トーヤ君たちの相手して欲しいって頼まれてね~?ついでに懐かしい二人とお茶をしながら昔話でもと思って~」
「学院はどうしたんですか!?急に居なくなったら皆困るでしょう?!」
サーシャさんの言葉に俺は思わず絶叫した。昨日の今日でこの国に来たということは、あまりにも組織のトップとしてどうかと思うよ?ちゃんと予定とか調整してきたんだろうね・・・。
「大丈夫~。うちには優秀な教師がいっぱいいるし~、『少し留守にします~』ってちゃんと書置きしてきたから~」
「それ全然大丈夫じゃないですよ?!」
今ごろユグドラシルで大騒ぎになってなければいいんだけどなぁ。今更騒いでも仕方がないのでそう思いながらも、これ以上何も聞かないことにした。
爺ちゃん達三人の後ろには学院の救護担当の教師達が数名控えているようだった。いくら魔法具で致命傷は避けれるとしてもこれだけのVIPが揃って居れば用意せざるを得なかったのだろう。
俺と少し離れて爺ちゃん達も体を動かし始めたようだ、爺ちゃんは相変わらずの速度で大きな剣を巧みに操っている。そういえば、爺ちゃんとは訓練をしてた関係上強さは身に染みているが、お婆ちゃんとサーシャさんってどの程度魔法とか使えるんだろう?疑問に思った俺は二人の練習風景を見ることにした。