第百十七話 ブラッドベアー2
村から数キロ離れた場所にある小さな湖がブラッドベアーの最後に目撃された場所らしい。俺達は徒歩で湖のある場所へと向けて歩いていた。流石若くても狩人として生計を立てているだけあってチッタの動きは見事だった。音をさせずに歩くし、俺達のように探知魔法を使っているわけではないのに動物や獣を発見する腕はなかなかのものだった。
それでも俺達の探知魔法のほうが調査できる距離が長いので、アリスが最初にブラッドベアーを見つけることとなった。どうやら湖の畔から移動していなかったようで水場に寄ってくる他の動物や魔物を殺して食料としていたようだ。
「えっと、あいつは近距離しか攻撃手段が無いから俺と姉貴で抑え込むからアリス、チッタ、フラウは遠距離からの支援攻撃を頼む。チッタは弓で目を狙ってくれ、でかい図体のようだし顔なら俺達が邪魔になることもないだろう」
俺の言葉にチッタは真剣な面持ちで頷いた。やはり魔物ということで緊張は隠せないようだ。俺は背中をポンと叩くとブラッドベアーの居る湖へと駆け出した。少し遅れて姉が続き、二十メートル以上離れてアリス達が続く。
相手は最大で八メートルになる巨体なので少しくらい離れていても一瞬で距離を詰められて後衛が攻撃に晒されてしまう可能性が高い。なので魔法や弓の威力は下がるが二十メートル以上離れての攻撃を指示しておいたのだ。
俺と姉が森を抜け湖へとたどり着くと、真っ赤な体毛の熊がゆっくりとこちらを振り向いた。流石Bランクというか俺達人間なんぞ餌くらいにしか思っていないのだろう。ゆっくりと俺達のほうへと向かってくる。
俺は両腕へ魔力を通すと腕と手の甲にヒュドラの鱗が浮かびだす。今回冒険者へと復帰する時に武器も新調しておいた。オーダーメイドで片刃の両手用の剣を作って貰った。力や技量が上がったので両手剣でも十分片手で扱うことができるし、刃渡りも長くなったので今回のような巨体の魔物には丁度いいのだ。とにかく頑丈で重いから鍛冶屋の人も出来上がった時は数人がかりで運んでいたくらいだった。受け取りの際俺や爺ちゃんが片手で持ち上げたときはすごい驚いていたな・・・。
俺は肩に刀を乗せると熊へと向かって駆け出す。ブラッドベアーは二足で立ち上がると倒れこむような体制で腕を振り下ろしてきた。思ったより遅いように見えるがその分一撃は重かったようだ、余裕で回避した俺は熊の腕が地面へとぶつかった際に起きた出来事に驚愕した。
奴の腕が地面へとぶつかるとそのまま地面を抉り取り、大量の土砂や石を投げつけてきたのだ!身を隠す場所が無かったので俺はその土砂をもろに喰らってしまった。どうやら直接攻撃よりも怪力で土砂を当てたりして獲物の動きを止めるのが奴の十八番らしい。
「ぺっ!ぺっ!くっそう、全身土まみれじゃねぇか!」
俺は悪態を吐きながら土煙の中から再び熊へと近づく、今回は湖の近くで土が多かったので何ともなかったが、これが石の多い場所とかだとかなり痛そうだ。
「あ~トーヤ。私魔法攻撃に切り替えるね?」
ブラッドベアーに近づく俺に姉がそう声を掛けて来た。どうやら俺の姿を見て土まみれになるのを嫌ったらしい。もしくはこいつ程度なら俺一人で大丈夫という信頼なのだろうか?とも思うが。
(恐らく前者だな・・・)
俺は溜息を吐きつつブラッドベアーへと肉薄する、流石に八メートル級だと近づいても毛皮で出来た壁にしか見えない。俺は奴の側面に回り込みつつ、身体強化で増した怪力で剣を叩きつけた!俺の攻撃は硬い皮下脂肪を叩き斬ると二十センチくらいの深さまで傷を負わせることが出来たようだ。
「グォォォォ!!」
辺りにブラッドベアーの咆哮が轟き渡る。奴は俺を殴ろうと必死に身をよじるが俺の素早い動きに翻弄されて殴ることが出来ずイラついてるようだ。
俺にばかり気を取られていると、遠距離からアリスの魔法やチッタの弓が奴の顔へと当たり再び咆哮を上げる。そして気が逸れると俺が切り付けてダメージを与えるというのを数回繰り返す。ブラッドベアーは元の赤い色に加えて自身の血で赤黒く染まっていた。こいつの皮は防具や防寒具に使えるらしいのであまり傷を付けたくはない。姉が後衛に回ったことで俺以外の皆は頭部に攻撃を集中させているし、後は俺の攻撃をどこかに集中させることであまり傷物にしないよう注意しながら攻撃している。
出血で立つことも厳しくなったのか遂に奴の巨体がガクっと崩れ落ちた。俺は頭部の方へと回り込むと、その目を狙って剣を突き刺す。そして突き刺した瞬間に左腕から雷を剣へと流し込む。
バジィン!と静電気が発生した時のような音がすると、奴の全身がビグン!と大きく痙攣する。これは俺の左腕の素材となっているヒュドラの特殊攻撃である雷のブレスを剣に流し込んだのだ。脳へと直接雷を喰らったブラッドベアーは二度と動く事は無かった。
倒したブラッドベアーは大きすぎるのでチッタに一度村へと戻って貰い、村に居る狩人を数名連れて来て貰うことにした。皮は俺達が貰って行きたいが、それ以外の肉や肝などはあまり量があっても困るので、剥ぎ取りの報酬として村へと渡そうと思っている。あまり時間を掛けたくもないし、この巨体を解体するのにどれだけ時間が掛かるか想像するだけで気が重くなる。
その後チッタが五名の狩人と運搬用の村人を六名程連れて戻って来た。皆一様にブラッドベアーの巨体に驚き、それを倒した俺達へと感謝を伝えてくれた。
俺は少し皆から離れると、土まみれになった服を脱ぎ湖で顔や腕についた汚れを洗い落とした。
二時間程かけて解体が終わった俺達は村へと帰った。村では最初にチッタが人を呼びに行った時に既に討伐成功の知らせが伝わっていたので村総出で迎えてもらった。村の広場で村長から全員にブラッドベアーの脅威が去ったこと、俺達が肉や貴重な肝など村に半分も譲った事などが改めて伝えられた。正直、肉は普通に一トンを超える量だろうし半分くらいという気持ちと、熊肉は癖が強いと聞いていたのであまり食べる気がしなかったのが、村人は喜んでくれた。
聞くと、確かに癖があるのだが調理法によっては食えなくはないらしく、貴重なタンパク源との事だった。その晩、村から熊料理をごちそうになったが俺を含め誰も微妙な表情だったことだけは言っておきたい・・・。
今回の章からトーヤがチートっぽく見えると思います。ただ言い訳ですが、努力と既存の技術・知識から可能なレベルという意味でチートとは違うと作者は思っています。ほかの魔族でもこの程度は可能であり、トーヤより強い人は王都だけでも多数居ます。