第百十五話 久しぶりのギルド
ヒュドラの腕を付けてから約三か月が経過し分かった事は三つだ。まず、本来の人間と同じような見た目の腕と、鱗で覆われたものとに変化させることができるということ。これは地味に嬉しかった。普段の生活で腕に鱗があれば色々と奇異な目で見られる事になるし、アリスと触れ合う時にも邪魔になっていたからだ。気にしていないと言いつつも、アリスは左腕で触れられる時に少し嫌がっていたのでちょっとショックを受けていたのだ。
二つ目はどうやら元のヒュドラのブレス能力に似た事が出来るようだ。この左腕は雷のブレスを放つ腕だったらしく、感電死を引き起こす程の威力は無いが、対象を軽く麻痺状態にすることができるようだ。
そして最後の能力としては知覚、嗅覚、聴覚の鋭敏化だった。どうやらヒュドラのこれらを感じる器官も腕に取り込まれていたらしく、それらの感覚がかなり高く感じるのだ。以前、Aランク冒険者バトラさんから受けた合宿で養った気配感知と同等以上の知覚、人では感じることが無かった匂いなども判別できるようになっていて、ちょっとした警察犬の真似事が出来るようになった。同様に聴覚も集中すると離れた所に居る人の息遣いまで分かるようになっていた。
これらの能力を得た時に、ついでに右腕もヒュドラの頭に変えてしまえという事になり、予備としてもっていたヒュドラの頭を右腕に付け替える事にした。オリハルコン製の腕は長く使っていたので愛着はあったけど、やはり人間と同じような腕に変化させることが出来るヒュドラの頭部と比べると不便だったので外す事にした。
二か月程かけて左腕の制御には慣れていたので、右腕をヒュドラの頭部にした際には特に問題無く扱うことが出来た。両腕とも人の腕と変わらない見た目へと変化させた時には自分の腕が戻って来たと恥ずかしいながら少し泣いてしまった。
そして右腕でのブレスは炎だった。これも威力は調整できて、ライター程の炎から火炎放射器のようなブレスまで勢いを変化できるようだった。魔物にどの程度効くかは分からないが、一つの手段としては有効だろう。それに詠唱が不要なので不意打ちなどが出来ると思う。
こうして両腕をヒュドラの頭部で作ったのだが、一つだけ問題があった。それは両腕ともヒュドラの義肢にした所為で知覚、嗅覚、聴覚が異様に鋭敏化してしまい、まともに生活ができなくなったのだ。飯を食おうとすると食材それぞれの匂いが鼻に突き食欲が沸かないし、トイレや臭い物などがあると吐いてしまう。大きな音が鳴ると頭を抱えて転がり、衝撃で眩暈を起こしたりと散々だった。
この鋭敏化に慣れるまでが一番大変だった。暗く静かな部屋へと籠り、自分の感覚をコントロール出来るようになるまで一か月かかった。やっと自分の意思で調整が出来るようになり、コントロール出来た頃にはヒュドラ戦から五か月が経過していた。
この五か月ですっかり鈍った体を元に戻しつつ、両腕を有効に使った戦い方を構築するまでにさらに二か月、爺ちゃんである先王に鍛えて貰い更なる戦闘力向上を目指しての特訓が更に四か月を用いた事によって、やっと怪我から一年程経った今こうして冒険者ギルドを訪れたのだった。
その間、姉とアリスやフラウは三人で依頼を受けたり、『片翼』のメンバーに教えを乞いながら共同で狩りをしながら鍛えていたらしい。三人とも一年前に比べて肉体的にも精神的にも成長しており、かなりの場数を踏んだ冒険者となっていた。
「あら、トーヤ君じゃないの?一年も顔を見せずに何処へ行っていたの?」
この一年を思い返していると見知った人から声を掛けられた。以前と同じかそれ以上に綺麗になっているように感じるその女性は以前ギルドの窓口にいたマリナさんだった。
「ご無沙汰してます。マリナさん副ギルドマスターになったんですって?遅くなりましたが、おめでとうございます」
俺はマリナさんに頭を下げた。マリナさんは元々ギルドマスターの補佐をしていたが、この一年ギルドの規模を拡張した際に副ギルドマスターへと就任したらしかった。会っていなかったので今更ながらお祝いの言葉を言った。
「あら、気にしなくていいのよ。それで、今日は久々に依頼を受けに来たのかしら?それとも保留にしていたAランクへの昇級試験を受けに?」
マリナさんは小首を傾げながら尋ねてくる。俺は首を横に振りながら答えた。
「いいえ、流石に他の三人はともかく俺は一年のブランクがありますからね。暫く依頼を受けて大丈夫だという自信が出来てから受けますよ」
俺の言葉に、特に残念な素振りも見せずマリナさんは頷いた。
「そう、まあ貴方たちならそれほど掛からずAランクになるでしょう。期待してるわよ」
そう微笑みながら彼女はギルドの奥へと入っていった。俺たちはマリナさんを見送ると開いていた受付カウンターへと足を進めた。
「い、いらっしゃいませ!ほ、本日はどのようなご用件でしょうかっ!!」
窓口に居た娘は十五歳くらいだろうか?とても緊張した面持ちで挨拶をしてきた。
(何でそんなに緊張しているんだろう?見た事の無い娘だから新人なのかな)
俺はそう思い、できるだけ笑顔で話しかけた。
「やあ、一年前には見なかった子だね。新人さんなのかな?」
「ひゃ、ひゃぅ!いえ、はい。一年前のヒュドラ討伐の後に職員になりましたレイと申します!ト、トーヤさんですよね?フェアリーを連れておられるチームで男性の方とお聞きしていましたので!お、お会いできて光栄ですっ!」
俺の言葉にとても元気な返事が返ってきた。しかし相変わらず噛み噛みだな、俺は少し可笑しくて笑いながら気になった事を聞いた。
「その口ぶりだと俺の事を知っていたようだけど、誰に聞いたの?」
受付のレイという娘が顔を真っ赤にしながら懸命に説明してくれた。
「はい!副マスターのマリナさんが昨年のヒュドラ討伐でBランクとしては異例の活躍をしたチームとして『侍』のお話はよく聞かされております。他の方はこの一年でよくお見かけしましたが、トーヤ様は全く姿を見る事が無かったので、お会いできて光栄ですっ!」
レイはそう言って手を差し出して来た、俺は戸惑いつつ手を握り握手をしてあげた。レイは顔から湯気が出るのではないかという勢いで真っ赤になりつつ、なかなか手を離してくれなかった。そうしていると後ろから脇腹にドスっという一撃が入った。振り向くとアリスが怖い顔で俺とレイが握った手を凝視していた。
「トーヤ?いつまで握っているのでしょうか?レイさんも嬉しいのは分かりましたけど、そろそろ職務に戻って頂けると嬉しいのですけれど」
アリスの底冷えするような声を聞いて、受付嬢のレイは慌てて手を離すと謝ってきた。俺は居心地の悪い空気を出来るだけ無視しながらギルドカードの更新手続きをお願いして席を離れた。
「トーヤは私なんかよりも若い子の方が好みなんでしょうか?私に飽きたのでしょうか・・・」
何故か機嫌を損ねてしまったアリスを必死に宥めつつ、依頼掲示板の辺りへと移動する。機嫌を直して貰う為に買い物に付き合う事になったのだが、仕方のない事だろう。