第百十話 討伐前夜
その日の夕方、山脈の麓まで移動した所で先行の冒険者達と合流することが出来た。明日は討伐を予定していた日なので合流できて本当に良かった。しかし、これだけ急いで移動したのに追い付くのに時間がかかったという事は先行していた人達も強行軍で走っていたんだと分かる。
「こ、これは!まさか先王様がお越しになるとは・・・」
討伐を見届ける為に随伴していたギルドの職員が俺達と共に現れた先王に驚いていた。ギルドの職員は一目見ただけで先王だと分かったらしく、非常に恐縮した様子で挨拶をしていた。
「うむ、今回はヒュドラという事で国としても見過ごせん魔物なのでな。万が一にでも討伐できなかったということは許されん。本来は近衛も同行させるべきなのだろうが足並みが揃わぬので儂だけ同行したというわけじゃ」
俺達と一緒に移動していた『片翼』のメンバーには既に俺と先王が血縁だということは知れているだろうが、他の人達には内緒にしている。なので、先王は情報を聞きつけ国からの見届け役兼いざという時の討伐役という事で他の冒険者には話をしていた。
他の冒険者も先王の事は知っているようで一様に驚いていた。大陸でも数人しか居ないと言われるSランクにしてファレームの先王なのだが、あまりのフットワークの軽さに驚いているのかもしれないが。
「何れにしろ、今回はギルド主体の討伐である。儂は基本的に口出しせんので予定通り討伐対を編成して構わぬ」
先王のこの言葉にギルドの職員も他の冒険者もほっと胸を撫で下ろしていた。いくら国のお偉いさんと言ってもあれこれ口を出されると当初の予定が狂う。そして、もし先王に何かあればギルドと国との関係に亀裂が入るか、ギルドとして責任を取らされる可能性もあるのだ。
「じゃあ、晩飯を食べながら明日の討伐に関する詳細をつめよう」
バトラさんがそう言うと他の冒険者も頷いて野営の準備を行う。偵察をしているBランク冒険者の元へ別のBランク冒険者のチームが走り討伐対の到着を知らせるらしく、一旦合流して現状の細かいヒュドラの情報が到着してからの打ち合わせになる。
俺達が知っているのヒュドラの情報は、この場所から情報が王都へと伝わる三日と俺達がこの場所へとやってくる迄の三日を合わせた六日前の情報だ。流石に一週間も経っていると状況に変化がある可能性もある、今日まで偵察を続けていてくれた冒険者たちの情報は何よりも貴重なのだ。
暫くすると、先ほど山へと向かった冒険者チームと見慣れない五人の冒険者が野営していた俺達に合流した。彼らが偵察を受け持っていたBランクチームなのだろう、流石に一週間以上山に籠っていただけあって身なりがかなり汚れていた。
俺達が野営の準備を終え、食事の用意も整えた頃には偵察をしていたチームのメンバーも身なりを綺麗にして来たようだ。皆でたき火を囲み飯を食いながら、偵察隊の情報を聞くことにした。
偵察隊の話では、ヒュドラは二体。これは番いのようで常に共に活動しているらしい。山脈の中腹に大きめの洞窟がありそこを巣として住み着いているそうだ。
「二日くらい前かな、片方のヒュドラが洞窟に入ったまま表に現れなくなった。産卵の準備か何かで表に出なくなったんだと思う」
偵察隊の一人の冒険者がそう話す、ヒュドラの生態は詳しくわかっているわけではないが番いなのだし奥に籠っているのだから、そうではないかという話だった。
「ふむ、片方が奥にいるなら洞窟から出た一体を先に倒してから洞窟の個体をつぶせるな」
バトラさんはそう言うと他のAランクチームのメンバーにも意見を募る。『狂戦士』のノドンさんも『戦乙女』のリーファさんも特に異論はないようだ。
「二匹同時じゃないなら戦力的には十分だ。面倒なのは洞窟の奥の奴だな」
ノドンさんの言葉通り、洞窟の奥での戦闘となると行動範囲が狭まるし、ブレスなどを回避できなくなる可能性が高い。可能な限り表に誘き出してからの戦闘の方が圧倒的に楽なのだという。
「まずは一体が表に現れて餌を探している時に囲って倒す。もう一体が出てきたら俺のチームと『侍』のメンバーで注意を引いて引き離す。出てこなかったら火か煙で焙り出してから倒すという予定でいこう」
バトラさんの言葉に全員が頷いて作戦会議は終わりとなった。皆で食事を取りながら各チーム毎に明日の作戦での動きの細部を詰めていく。
俺達も食事を取りながらヒュドラの攻撃方法などを再確認しつつ打ち合わせを行った。
翌朝、日が昇ると同時に俺達は山の中腹へと向かう。
今回の作戦では最初の一体を受け持つのは『狂戦士』のノドンさん率いるチームだ。Aランク五人とBランク六人のチームが正面で迎え撃ち、その間に『戦乙女』のリーファさん率いるチームが背後から強襲する。リーファさんが率いるのはAランク四人とBランクが五人のチーム、これはノドンさん達のチームよりも人数が少ないので正面から抑えるのは厳しいという判断だった。
そして残る俺達、『片翼』のバトラさんが率いるチームが洞窟内のヒュドラの監視だ。これは人数が一番少ない、Aランク四人とBランク三人しかいない。因みにAランクの一人はフラウだ。