第百三話 経過報告
翌朝、俺は目を覚ますと既にお爺ちゃんから教えられた鍛錬を始める。流石に朝四時起きは無理なので六時起きだが、ユグドラルに居た時も続けていた所為かトレーニングメニューワンセットを一時間で終える事が出来るようになってきた。それでもお爺ちゃんに叩き込まれたメニューの半分以下なのだが・・・。
汗を流した俺が部屋へと戻ろうとすると、姉の部屋からうめき声が聞こえた。ドアをノックして少し待つが出てくる気配が無いので扉を開けるとベッドで寝ている姉のすぐ近くからうめき声が漏れていた。よく見ると小さなフラウが姉の腕とベッドに挟まれて出れずに助けを求めていた!
俺は慌てて駆け寄ると姉の腕を持ち上げてフラウを救出した。その騒ぎでやっと姉も起きたようだ。
「もう!ボク死ぬかと思ったよ?!身体強化してなかったら圧死してたんだからね?」
目が覚めた姉に向かってフラウが腰に手を当てて怒っていた。どうやら昨夜寝るために一緒に部屋に入ったのだが、フラウ用の寝床がある訳でもなく姉と同じベッドで寝たらしい。明け方に寝返りを打った姉の腕が圧し掛かって来たらしく、三十分程懸命に身体強化で重さに耐えていたらしい。
「ごめんなさい!」
姉は自分がフラウの命を危険に晒した事に気付き一生懸命謝っていた。どうやらフラウにとってはこの程度でも死ぬ危険があるのだとユールの街のギルド長から聞いた話を思い出していた。確かにこれでは早死にする可能性高いな、と。
「早めに家の改装とフラウを守る魔道具の調達が必要だな。ソフィさんの所にでも今日は行ってみよう。あとお婆ちゃん達に結果も報告しないとな」
「ソフィさんって?」
俺の言葉にフラウは誰の事か分からずに尋ねてきた、俺はエルフの職人さんが居てねと簡単に説明すると、そろそろ起きて朝食にしようと姉とフラウを急かした。家族とはいえ寝起きの女性の部屋にはあまり居たく無いので俺は自分の部屋にさっさと戻り着替えをすることにした。
朝食を食べ終えるとセバスさんと改装について相談した。フラウの出入りし易く、但し防犯上問題の無い場所に小さな扉を付けて貰うのだ。少しくらい重くても身体強化で開けれるのだろうが、姉の腕で潰れかけるフェアリーの身体強化では程度は知れてる。その辺も考慮して貰いながら午後には職人さんが来てあちこち改装してくれる事になっていた。
ついでにフラウ用の小さな部屋も場所を取って貰う、ユグドラルからフェアリー用のベッドや小物は買ってきているのでメイドのララに布団や枕なども縫ってもらうことにして俺たちは家を出た。
久しぶりにソフィさんの店へとやってきた。ノックをすると以前と同じようにソフィさんが直接玄関から顔を出した。
「おや?トーヤ達じゃないか。杖の注文に来ないから忘れているのかと思ったよ」
「あ!?すみません、すっかり忘れてました・・・」
ソフィさんの一言ですっかり姉用に頼むつもりでいた杖をお願いするのを忘れていた事に気付いた。俺たちは必至に謝罪したが、ソフィさんは特に気にした風も無く客間へと案内してくれた。
「別に注文受ける前だったから良いのだけどな?所でその子はフェアリーだね?国から出るなんて珍しい事もあったもんだ。長老はまだ元気かい?」
ソフィさんは直ぐにフラウに気付いたようで話しかけて来た。
「あ、はい。ボクはフラウと言います。トーヤ達とチームを組むためにファレームへ来ました。長老は元気ですが、お知り合いですか?」
「ああ、ユグドラルを出たのはもう百年は前になるんだけどね?その頃から長老は結構な高齢だったからね、まだ生きてるのかと思ったのさ。元気そうなら何よりだよ」
そう答えるソフィさんの表情には何処か昔を懐かしむ雰囲気があった。というか、フェアリーも長寿なのだろうかとフラウに聞いてみると三百年は生きるらしかった。流石妖精、長命だなと思いながら話を戻す。
「それで、姉用の杖も今更ですけどお願いしたいのと、フラウ用に結界魔法を張ったり強化系の魔道具が欲しいんですけど何かありませんかね?」
俺の言葉にソフィさんは「いいよ」と頷くとどんな仕様がいいかの調整に入った。
「チアキは槍を用いて補助的に魔法なんだろう?だとすると両手杖じゃなく片手杖か指輪の発動体のほうが良いだろうな。付与するのは魔力回復がいいかい?ならそれで。フラウの場合は魔力量が多いから常時展開できる『金剛』でも行けそうだね?あとは結界系を二つくらいか、これはすぐ用意できるけどフェアリー用にサイズ調整が必要だから一週間程時間をくれれば調整できるよ」
あっという間に話が纏まり、俺は金額の半分をまず手付で支払い一週間後の出来上がりを待つことにしてソフィさんの家を出た。話がスムーズに終わったのでかなり時間が余ってしまった。まだ昼前だけど学院に行ってお婆ちゃんに経過説明とフラウを紹介しようという話になり、俺たちは学院へと向かうことにした。
途中屋台などでフラウが欲しいと言う物を買いながら学院へと向かう。しかし俺たちは買い食いをその場でできるが、フラウの場合は手に持てないので食べ歩きができないという問題があった。結局小さ目の小皿を買ってその上で食べる為にどこかに座って食べるしか無く、学院へたどり着いたのは昼になってからだった。
「トーヤ、チアキ。おかえり!」
俺たちが学院に着くと職員も慣れたもので直ぐに学院長室へと案内してくれた。毎回ながらアポとか要らないのかと不安になる。部屋に案内され中に入るとお婆ちゃんが駆け寄ってきて俺たちを順に抱きしめてくれた。
どうやら国外という目の届かない場所へと旅している俺たちをずいぶん心配していたようだ。俺は精霊魔法学院のサーシャさんにもお世話になったとユールでの出来事を話して聞かせた。そしてフラウを紹介するとやはり驚いたようで、興味深げにフラウを凝視していた。
「それにしても、『狂い樹』について原因を突き止めて名誉勲章まで授かるなんてね。私の孫達は本当に優秀だわ!」
「見つけたのは偶然だよ、それにたった二週間だからね。まだどうなるかは分からないよ」
お婆ちゃんに『狂い樹』の件ついて話すと驚いた後、嬉しそうに微笑んだ。どうやら自分の孫である俺たちが他国でも活躍できたのが嬉しかったようだ。当然、精霊魔法学院のサーシャさんに対しても鼻が高いのだろう。俺たちは暫くユグドラルでの出来事を話した後、メダリオンについても報告をした。
「そう、ファレームからと大差ない方角ね・・・。この地図にも書き込んで貰えるかしら?」
お婆ちゃんが持ってきた精緻な地図にも向きを書き込む。ユグドラルへと持ち込んだ地図とは違い、精密にできているので少しは精度が上がるだろう。引いた線が指し示すのはファレームの国から北北西の方角で、線の指し示す先は深い森や数ヶ国かを越えた先には魔族の国があった。
「やはり、こちらの方角で間違いないようね。こちらの国々に対しては私の方から諜報に長けた者を派遣しておきます。それで情報が無い場合はこの森か魔族の領地かのどちらかですね」
人族や獣人族の国へは人を派遣してくれるようだ。俺たちは次の転送を行うには国王への情報開示が必要になってしまうので、ここはお婆ちゃんに頼むしかない。人の住む地域でなかった場合は俺たちで森の探索や魔族の国へ行くことになるのだろう。その時に備えてもっと力を付けないと思う俺たちであった。