第九十八話 醜き肉塊
倒した『狂い樹』の討伐証明は炭化した奴らの内部から取れる親指先ほどの結晶だった。何故そんな物がこいつらの体内に出来るのか謎だが、感染した『狂い樹』の内部から取れるこの結晶は冬場暖炉に入れて火をつけるとかなりの火力で長時間燃え続けるらしい。
おかげで冬の暖房に必要な木材などを必要以上に切らなくてよいらしく重宝するようだ。もっとも、この魔物が発生する時点で木々がかなり失われているためメリットとしては上げられない。
俺たちは討伐証明の結晶をかなりの時間をかけて集めた。何しろ倒した数が百体にも及ぶのだから炭化した樹を割って取り出すのはかなりの重労働だった。
「みんな~!頑張って。フレー、フレー!」
体の大きさ的に結晶を集める作業が出来ないフラウは撃ち漏らしが無いか森を巡回しては、俺たちの所へ飛んで来て応援だけしていた。百体にも及んだのは俺たちが同様の手順で何度も魔物をおびき寄せては殲滅を繰り返した所為だが、いい加減疲れてきたところで最後の一体になったようで涌き出ることはなかった。
「しっかし、こんな魔物が百体とかもはや災害だな。見ろよ、奴らが生息してた場所完全に草原みたいになってるぞ」
結晶を集め終えた俺たちは崖の上に座って休憩を取りつつ周りの景色を眺めていた。フラウはそんな景色を見て悲しそうにしていた。
「やっぱりフラウも妖精族だけあって自然が失われるのは悲しいか?」
俺の言葉にフラウは頷きつつ、無理に笑顔を作って俺に言った。
「まあね、でもトーヤ達が受けてくれなかったら今よりもっと失われていたんだよ?だから仕方がないと思うしかないよ。この程度で済んでよかったって」
そんなフラウの顔を見ながら俺はこの『狂い樹』の発生源はなんだろうと思いながら手元にある結晶へと視線を移す。自然発生的なものなのか、他の魔物によるのか?はたまた人為的なものか。
一番可能性があるのは自然発生的な物だろう。他の魔物や人為的な要因であればこの魔物が生まれたり増殖することで何らかの利点があるはずだ。だが、過去に発生した記録をギルドでちらっと見たがこいつが増殖することで得られる利点は皆無だった。
「ちょっとこの魔物が発生する原因が知りたくなったな。この近くのでまだ無事な木々をちょっと見まわってくるわ」
俺はそう皆に言うと休憩を終えて立ち上がった。突然の発言に皆は戸惑っているようだが、美しい自然が破壊されるのはあまり見たくないというだけだと説明すると各々頷いてくれた。
「それでは私たちはどうしたらいいでしょう?トーヤが本気を出すと私たちでは追い付けませんが」
アリスが行動方針を聞いてきた。俺は自分の疑問を解きたいだけだしと皆には暫くここで待っているように頼む。
俺は体に付けていた錘をアイテムボックスにしまうと軽くなった身体で二、三度ジャンプをして体を解した。皆に一時間程で戻ってくると伝えると身体強化の魔法を掛けて眼下に広がる森へと駆け出していった。
皆の見送りを受けて駆け出した俺だが、そう簡単に原因が突き止められる訳は無いと分かっている。俺なんかが思いつきで行動するよりも以前に誰かしら発生原因を調べようとしただろう。完全に偶然に頼った行動だし、妖精族で気付かなかった事に万に一つでも気付ければいいなというくらいの希望的観測だった。
俺はかなりの速度で木々の間を駆け回る。錘を外した状態での全力疾走はかなりの速さだ。体が軽く、風になったように駆け回る感覚はとても楽しいものだ。そんな昂揚感に包まれながらも森の中に『狂い樹』が発生していないか、見たことの無い動物や魔物がいないかなどを見て回った。
一時間近くが経過して、俺は何も見つけれないままそろそろ皆の所へ帰ろうと思って元来た道を駆けていた。その時、木々の隙間にちらっと赤い何かが見えた気がして立ち止まった。
俺は気配を消して赤く見えた方向へとそっと近よっていく。どうやら見えた赤い物体は鳥のようだ、キツツキのような嘴をしていて頭や足の付け根あたりが赤かったので目に留まったようだ。
「なんだ、ただの鳥か・・・」
俺は小さく呟くと気配を消したまま離れようとした。その時ふと違和感を感じた。キツツキのような鳥の姿がどことなく記憶と違うのだ、地球の動物と違うのだろうし当然といえばそうなのだが俺の勘が何か訴えかけてきていた。
気配を消したまま鳥の様子を観察する。見た目は鳥なのだがあの鳥は目が二対ある、流石異世界という所だが不思議なのは一対の目は通常の黒目に対して、もう一対の目が真っ赤なのだ。なんというか不気味さを感じるその鳥はキツツキが行うように樹に穴をあけ始める。
途轍もない速さで樹に穴をあけたキツツキもどきは十分程だろうか?自身の体が入れるだけの穴を作ってしまった。穴を開ける速さは異常な程だが、それだけのように見える。あと五分だけ様子を見て何も起きなかったら皆の所へ戻ろうと思っていると、突然変化が訪れた。
「ギィ~!、ギィ~!」
キツツキもどきが鳴き声を上げた直後、キツツキもどきの頭部が突然裂けた!俺が目を瞠っているとキツツキもどきの頭部から赤い目をした肉塊が這い出してきた。キツツキもどきは死んだように地面へと落下したが、その肉塊は変な触手を動かすと開いた穴へと入っていった。
暫くすると今度は樹へと変化が訪れた。枝が動いたかと思うと地面から根が這い出してくる。その姿はさっき俺たちが倒した『狂い樹』と同じだ。開いた穴は周囲からせり出した樹皮が覆いかぶさり殆どふさいでしまったが、動き始めた樹はザワザワと蠢きながら周囲へと枝を伸ばしていった。
俺は様子を見るのを辞めると剣を握り樹へと向かって駆け出した!このままでは先ほどの奴らのように大量発生されてしまう。原因らしき現象を見たのだしもう用はないとばかりに周囲へ伸びた枝を切り落とす。
枝を切り落とされた『狂い樹』は俺に気付くと枝や根で攻撃を仕掛けてきた。俺は攻撃を避けながらまずは地面に転がったキツツキもどきの死骸をアイテムボックスへと収納した。これは貴重なサンプルだし証拠になる。あとは樹を倒してあの気持ち悪い肉塊を何とかして抉り出したかった。
俺は剣を左手に持ち替えて枝や根を切り払いつつ、右手の義手に力を籠めた。奴が開けた穴の位置は分かっている、俺はその穴に向けて抜き手を突き刺した!表皮を突き破り俺の手が樹に穴を開けた!俺はそのまま腕を突っ込むと指先に変な感触が触れた。
手でその物体を掴むと若干の抵抗を感じつつ、力任せに引き抜いた!ブチブチっと音を立てながら触手らしき繊維がちぎれ飛ぶ。肉塊を掴みだすと『狂い樹』の動きはピタリと止まり、地面に音を立てて倒れた。
俺は右手に掴んだ肉塊をアイテムボックスから取り出したビンに詰めると、やっと一息ついた。肉塊はビンの中で暫く動いていたが徐々に力が弱くなったのか動きを止めた。だが死んだわけでは無いようなのでアイテムボックスに入れることができない。俺は倒した樹もサンプルとしてアイテムボックスに入れると皆のいるところまで戻ることにした。