番外編 その5 姉がこの地を去った理由ー秋月湊 視点ー
俺には、前世の記憶がある。コレを言うとイタイ人に思われるけど、本当にあるんだ。
初めて自覚したのは、鏡を見たときのこと。自分の顔だから当たり前と言ったら当り前だけど、遠い昔から知っているような気がする。
ここがどこだかわかったのは、虹彩市の幼稚園に通っているときに一人の少女花咲桃香に遭ったことがきっかけだ。それは、乙女ゲーム「虹色に彩る恋の花」。通称、虹恋。最悪なことに、この乙女ゲームにはBL版があったりする。このBL版は俺、秋月湊を主役とした物語。完璧すぎる姉、秋月優希にコンプレックスを持ちすぎて男に恋愛感情を抱いてしまうという役。攻略対象は、虹恋乙女ゲーム版の攻略対象者と同じ。イヤすぎる。男を好きになる趣味はない。
前世の姉がドはまりしていたゲームだ。姉の友達はともかく、男で弟の俺までゲームをさせていた。姉の友達の一人には、興味がないのに無理やりさせていたっけ。
この姉の友達が、理想の姉だった。この人の弟は俺のことを美人で胸がデカイ姉がいて羨ましいと言うが、俺はソイツのことが羨ましかった。優しくて、料理上手。それに、姉と友達と遊んでいるのに小さい頃の俺や妹が羨ましがると必ず遊んでくれた。そのことに姉は文句を言っていたが。それは、ずっと変わらずに続いた。
そんなある日、理想の姉は突然死んだ。修学旅行の帰りバスの交通事故でだ。それからは、よく思い出せない。俺がいつどうやって死んだかも。前世の記憶があっても、死んだことを覚えてないのは幸運だと思う。
そんな理想の姉に似た人は、現在の姉だ。ゲームの秋月優希とは全く違う。彼女は、人見知りで慣れない相手にはうまく話せない。この姉と一緒にいると、やっとあの人に会えたそんな感じがした。
現在の母は、子どものまま大人になったという感じの人。俺よりも、妹よりも、ワガママだ。母は英語が話せる姉ばかりかまっているが、姉の方は適当すぎるほどあしらっている。理想の姉も、興味のない人物には全く同じような対応をしてた。俺がこの世界に転生している以上、あの姉が秋月優希ではないかと確信するようになった。しかし、俺は姉にあの人かはこれからもずっと聞かないだろう。違うとは思えないが、死んだ時のことを思い出させる方が怖い。あの、秋月優希になって欲しくない。
しかし、望んだ日常を壊したヤツがいた。乙女ゲームヒロインの花咲桃香だ。彼女が姉をイジメたせいで、姉はアメリカに行くことになった。正直、あの女は好きになれない。
姉がアメリカに言って数日後、父方の祖母がいる九条家に呼び出された。
九条家の現当主は、祖母の姉。
久しぶりに会った祖母は、
「よく来ましたね。湊」
「お久しぶりです。お祖母ちゃん」
「当主がいないので、気楽にしていいですよ。ところで湊、九条家の次期当主の選考に入ってもらいます」
「えっ? お姉ちゃんから、父さんが九条から縁を切られたって聞いたけど。だから、僕には関係ないんじゃ?」
「普通ならそうですが、九条は違います。実力主義なんですよ。本来なら、あなたのお姉さん優希が次期当主になるはずだったのですが、九条の家訓の一つ『喧嘩を売られたらその相手を叩き潰せ』を実行するために、九条を離れました。ですが、九条の人間というわけではありません」
「じゃあ、姉さんはもとから次期当主?」
「そうです。ですが、優希が九条の家訓を実行するため九条を離れたので選び直さなければなりません。すでに、あなたの選考は始まっています」
「断ることはできない?」
「ごめんなさい、それはできません。選ばれるか分かりませんし、そんなに気にしなくていいですよ」
祖母によると、花咲桃香を自分の手で潰さなかった理由は、大勢でお仲間を作ってでないと自分をイジメれないから。そんな相手は自分の時間を使ってまで潰す価値がないから、黙ってイジメを堪えていたのだとか。今思えば、姉の花咲桃香を見る眼は、父と母を見る眼と同じだったような気がする。
姉がアメリカに行ったことで、俺のBLフラグは折れたと言ってもいいだろう。完璧な姉が近くにいることで、男に恋愛する役だしな。さらに、BLフラグを折る決定打なことを姉がした。アメリカで婚約者ができたのだ。これで、九条に住む者たちに姉と比較されずに済む。日本に姉がいることで、常に完璧と比べられるゲームでの俺。姉は日本に戻る気はなさそうだ。ありがとう、姉さん。これで俺、安心して生きられるよ。でも、時々日本に帰ってくる時アメリカ土産でなく日本の空港のお土産屋でお土産を買って帰ってくるのはどうかして欲しい。日本のお菓子の方が美味しいからって言ってるけど、そういう問題じゃないから。
高校になった時に、BLフラグとは関係なくなったことで油断していた。九条の当主から呼び出されて、俺が次期当主に決定したことと六条と一条のどちらかと婚約しなさいということを言われた。一瞬、弟と妹を溺愛する姉にこのことをチクッてやろうかと思った。だが、九条の当主が怖くてできない。なんでも、六条と一条が一方的に公の場で婚約破棄されたらしい。確か、花家のヤツとか言ったな。いい迷惑だ。それで、九条が前から狙っていた二人のどちらかと俺が婚約となったわけだ。九条の中で年が近いということで。
そして、今日その二人に会うことになる。助けて、姉さん。
婚約破棄後に誰かと婚約させようというのは無神経すぎるので、六条・一条・九条の食事会を設定して、食事会という名のもとに俺の婚約者候補の二人に会った。
一人は、六条真紀。雰囲気が正に大和撫子と言う感じだ。
もう一人は、一条鞠乃。サバサバして付き合いやすい感じがする。
恋愛結婚に憧れるわけではないが、政略結婚は時代錯誤も甚だしい。しかし、九条を背負うとなるとそうもいかない。数日間考えた結果、一条鞠乃にすると当主に伝えた。それに、あの二人は婚約話のことを知らない。俺が決めた相手にそのことを伝えることになっている。
高校に入ってからは、やたらあの疫病神こと花咲桃香にまとわりつかれる。近所の晃兄さんもそうだと言った。そんな時に、姉さんが日本に帰ってくるということを聞いた。あの女に姉さんがまとわりつかれないように、華憐と協力することになった。鞠乃さんにも姉さんがあの女につきまとわれないように協力するように頼んだら、引き受けてくれた。真紀さんも協力してくれるようだ。
姉さんが来て数ヵ月後に、花咲桃香は高校を追い出されることになる。姉さんを相手にするなんて馬鹿だなと思いつつも同情はしない。
姉さんはアメリカに帰る時に「これで、BLフラグも折れました。安心して、アメリカに帰れます」と言って去って行った。
やっぱり、前世の記憶を覚えていたんだな。秋月優希がゲームの性格と全く違っていたし。いつか姉さんの婚約者にあって俺の納得いかない相手だったら、邪魔してやろうと思う。そんなことを言うと鞠乃さんは呆れていた。
湊は前世で、リリーの弟でした。前世では、父・母・姉・自分・妹の五人家族。
彼の予想通り、主人公は前世で彼の理想の姉。
主人公は前世のリリーの弟と気づいていましたが、そのことはこれからも言いません。特に、リリーには。リリーと関わると湊が乙女ゲームを無理やりさせられていた時のトラウマが再発すると知っているからです。
この話では前世の主人公は交通事故死になっていますが、元の世界の補正が働いて交通事故死扱いです。実際は、異世界で死亡です。