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「タビーさま!」
幼女とティモを倒したメラニーは、直ぐにタビーの元へと駆け戻った。
見覚えのある布に横たえられ、足に紅い布をかけられたタビーの顔色は青白い。今までに見たことのない顔色だ。
「タビーさま」
「メラニー、静かに」
コンスタンタンの言葉に、彼女は慌てて己の口を手で押さえる。そうでもしなければ、横たわっている体に縋り付いてしまいそうだ。
「大丈夫ですよ」
額にうっすらと汗を浮かべながら、フォルカーが手を翳す。反対側にはコンスタンタン、小皿に置かれたとろりとした物体に火をつけている。少しして、覚えのある匂いがその場に満ちた。
「どうだ?」
コンスタンタンの側に足をついたのは、ミーシカ。心配そうな顔をしているが、それが本物かメラニーには判らない。判りたくも無かった。
「毒は抜けました。足も。ただ、消耗が激しい」
フォルカーが額に浮かぶ汗を拭い、少しだけ息を吐く。
折れていた足は元に戻っている。ヘスの一族であれば、薬を重ね特殊な布と副木で固定され、一月か二月は療養することになるだろう。メラニーも経験があるが、あの痛みと動きづらさ、もどかしさを二度と経験したくない。フォルカーのおかげで元通りになったのなら、安心だ。
「何か、出来ることは?」
「大丈夫…」
言いかけたフォルカーの言葉は、遠くから響く鈍い音と狼煙の音にかき消される。
「ではない様ですね」
「行け、メラニー」
「は?」
彼女は目を丸くし、そう告げたコンスタンタンを見た。この状態のタビーから離れるという選択肢は、メラニーの中にはない。それを知っている筈の彼が告げた言葉に、眦がきりりと上がった。
「暇そうなヤツがそこにいる」
強い視線の先にいるのはミーシカだ。視線に気づいたのか眉を顰めている。
「後衛の要を出せば、補給が崩壊する」
コンスタンタンは小皿にのせたものを指先で少し寄せ、小さい葉のかけらを足した。
「確かに、あっという間に潰されそうだ」
鼻で嗤い、それでも未練がましそうにタビーを見ながらメラニーは立ち上がる。
「直ぐに戻る」
「確実に息の根を止めろ」
「言われずとも」
もう一度、目を閉じたままのタビーを見つめ、一礼してメラニーは走り出し――――。
■
「カーム」
聞き覚えのある声がメラニーの耳に届いた。
長剣が光を放つよりも前に彼女は無言で走り出し、正面から巨人に斬りつける。彼女を叩き潰そうとした右腕を瞬間的に足場として飛び上がり、顔面で剣を横一線に薙いだ。
「ぐああああああ!」
巨人が右目を押さえる。指の合間から、緑の体液らしきものがぼたぼたと落ちた。
己の結果を気にすることもなく、メラニーはやはり無言のまま正面から巨人に立ち向かう。
「アロイス!」
カッシラーの声に、アロイスも背後から巨人を襲う。背中を覆う鎧を壊せば、魔術の攻撃も通りやすくなるだろう。追いついたヘスの一族は、鎧の落ちた足を重点敵に狙う。傷つけられた体は以前と違い再生しない。こちらの攻撃が通れば、それはそのまま巨人を弱らせることにつながる。いらついた様に振り回される右腕や蹴り上げてくる足には注意が必要だが、幸い巨人はそこまで敏捷ではない。なにより右目を失ったことで、左右どちらからも攻撃が可能だ。
巨人の死角を狙って攻撃を続けているのはメラニー。彼女がいるだけでヘスの一族達の動きが違う。彼女がいなくても全力で戦いはするが、彼女がいれば連携を取りやすくなるという話も聞いた。最も、彼女自身はそんなことは気にしておらず、己の戦い方で挑み続けているだけだったが。
「……タビーがいない」
リリーが呟く。隣にいた騎士団の魔術師も魔術石を握りしめながら周囲を見回す。
「フォルカー殿も、ミーシカ殿もいない。後衛で立て直しているのかもしれないな」
「ええ」
胸に不安が過る。とりとめも無い思考に陥りそうになり、リリーは頭を左右に振った。思い出した様に、彼女もまた魔力を補充する。
「残りは?」
「半分くらい」
それなりにあった魔術石がどんどん減っていく。魔術師は魔力が無ければ戦えない。予想ではもう少し余裕があると思っていたが、楽観的過ぎた様だ。
「付与魔術に絞る」
「はい」
この先は判らないが、巨人に物理的な攻撃が通る様になった。魔術も恐らく通用するだろうが、この後の事を考えれば温存する方がいい。メラニーやアロイス、カッシラー達が持つ付与魔術に耐えうる武器。無闇矢鱈に攻撃魔術を打つよりもマシな筈だ。
「カーム」
スロの声は、随分先から聞こえた。
「カーム」
リリーの杖の先は、カッシラーへ。鈍く光る剣が陰れば、直ぐに重ねがけをする。
「ヘルト」
メラニーの剣が炎を帯びた。
「邪魔だ!」
吼えた彼女は、近くにいたヘスの一族を踏み台にして高く飛び上がる。そのまま、長剣を巨人の首に突き立てた。
鎧に覆われた首元だが、メラニーは鎧の上から長剣を押し込んでいく。金属がへこむ様な音に、巨人が体を大きく振った。
「行け!」
彼女が再び吼え、そしてヘスの一族達が一斉に巨人の足下を攻撃する。右腕を振り回そうとしたところで、アロイスが背後から肩に斬りつけた。
「ウ、ウオオオオオオ」
聞くに堪えないダミ声の様な叫び。体を動かせば、緑の血が周囲に散らばる。
「かけたぞ!」
いつの間にか、小柄なヘスの一族のひとりが巨人の左肩にいた。太くはない縄が巨人の僅かに残った左腕の付け根に掛けられている。
「馬ッ鹿、首だろ、首!」
下で攻撃を続けている一族の一人が呆れた様に叫ぶ。
「褒めろよ!あそこまで登ったんだぞ!」
「外れるじゃねぇか!」
「きっちり仕事はしたぜ!」
小柄な男が地面へ降りると同時に、ヘスの一族たちが縄の先をつかんで引っ張る。武器はそこら辺に投げ捨てた。
細い縄は腕の付け根に食い込んでいる。巨人が縄を外そうともがけば、カッシラーやアロイスが腕に斬りつけた。
「弾け」
巨人の片足は泥に絡められていたが、魔術師達がさらにそれを強化する。ヘスの一族達は全力で縄を引く。
ぷつり、という微かな音が聞こえたのと、巨人が地面に伏したのはほぼ同時だった。
「行くぞ!」
メラニーが倒れた巨人の体を伝い、再び首元へたどり着く。
「カーム」
光を増した長剣が、巨人の口の中に押し込まれる。
左右から、アロイスとカッシラーが巨人の首筋に斬りつけた。
巨人は藻掻くが、メラニーの長剣は口腔から背後まで突き抜け、巨大な体を地面に縫い付けている。
ヘスの一族が動けなくなった体から鎧を剥がし、何度も何度も攻撃を繰り返していく。
やがて、その目から光が失われ、藻掻いていた体から力が抜ける。
長剣が外れない様に剣を抑え続けていたメラニーは立ち上がり、長剣はそのままに巨人の骸から離れた。
見回せば、誰もが満身創痍の状態。魔術師達は力が抜けた様に地面に座っている。巨人の体から離れたヘスの一族は、その数を減らしていた。それが何故か、今は考えない。まだ、戦いは終わっていないのだ。
「大丈夫か?」
アロイスの声に、彼女は頷く。
「タビーは?」
「少し休んでいる」
詳しい説明をするつもりはない。それはメラニーの仕事ではなく、今、この状況で口にすべきことでもないのだ。
「あ…」
声があがり、メラニーは巨人へ視線を戻す。
その肉体は徐々に崩れ、地面に散らばり、風に流されていった。残ったのは、損傷した鎧と――――。
からん、と音をたてて転がった長剣を、メラニーは拾う。
長剣を鞘に戻すと、彼女は再び走り出した。
己が主の元へ。




