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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
谷 ★の意味については、活動報告へ記載しています
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971★

 己を抱き込んだ眷族の言葉に、リディは顔を歪めた。チロチロと見え隠れする舌は割れている。敵である人間達は徐々に距離を詰めてきた。

「ティモ、それは」

「大丈夫だ」

 彼は微笑む。

「俺を、産んでくれればいい」

 魔人と人は姿形は似ていても本質的に異なっている。ティモは人だったが、今は違う。人だったころの感覚は鈍り、その代わりに魔人としての本能が強くなった。

 だから、己の選択が正しいと判る。そしてリディもまたその考えに辿り着くだろうと。

「こんなもののない、俺を」

 魔人になっても、どれだけ戦っても罪人の首輪は取れない。魔人としてリディと共にあるようになってからは尚更、外したいという気持ちが強くなっていた。人であったころのしがらみ全てを。

「いいわ、ティモ」

 リディは彼の頬に触れる。

「可愛いティモ。すこしだけ力を貸してちょうだい」

 ちろちろと覗いていた舌がするりと伸び、彼の首を一周した。その感触に嫌悪感などなく、ただひたすらの快楽と満ちたりた気持ち。今までの生で感じたことのないもの。

 彼の足が、指先が、髪の毛がリディに融けていく。

「下がれ!」

 遠くに聞こえる忌々しい人間の声。それももうどうでもいい。

 ティモの意識はそこで途絶えた。



「下がれ!」

 コンスタンタンの声に、魔人を囲んでいたタビーとメラニー、魔術師達は引き下がる。ヘスの一族達も魔人から目を離さず、後退した。

 リディを抱え込んだティモの姿が、空気に溶け込んだかの様に消えていく。

「魔術師様」

 コンスタンタンがやってくる。

「撤退したほうがいい」

 彼もまた、魔人から目を離さない。リディの姿はティモと同様に希薄になる。だが、消えてはいない。

「戦えない人たちを誘導して」

 タビーは杖を構えたまま告げる。

「本気か」

 ぐい、と引き込まれる感触。魔術師達は反射的に防御魔術を展開したが、騎士や冒険者達は屈むのが精一杯だ。

 タビーが一歩前に出る。メラニーもそれに従った。

 周囲の空気をも巻き込み、リディがゆっくりと立ち上がる。

 愛らしい顔を縁取っていた栗色の巻髪は、腰まで伸びていた。

 幼女の面影は既になく、そこにいるのは美しい女性。

 その瞳は縦に割れ、黄色く煌めいている。唇の端から見える鋭い牙、そして染められた爪は鋭く尖っていた。

「あなたを、いただくわ」

 深みを帯びた声にタビーは身を躱すがリディの方が若干速い。杖ごとその場に押し倒される。

「貴様!」

 激高したメラニーの声、魔術師達が陽動の魔術を放つがリディは動じない。タビーもまた、杖でリディを受け止めている。杖の近くで牙がカチカチと音をたて、舌先が僅かに頬に触れた。むずかゆさと、痛みと、何かが焼ける様な匂い。

 腕の力は抜かず、タビーは膝をリディの腹にたたき込んだ。

「お行儀が悪いわ」

 無作法を揶揄する様な声。

 業を煮やしたメラニーがリディの襟首を掴もうとして声を上げる。嗅ぎ慣れてしまった、人の体が焼ける臭い。

「メラニー、離れて!」

「嫌です!」

 間髪入れずに返ってきた言葉、予測してはいたが思わず苦笑した。

「余裕があるのね、魔術師サマ(・・)

「そう、見えるんだ」

 力は拮抗している。全身の力をこめて杖の位置を維持しているが、腕は悲鳴をあげていた。

 もう一度、今度は両足をリディの体にたたき込む。相手の力が緩んだところで腕を押し返し、その下から抜け出そうとするが、足が動かない。

「!」

 ちらりと見た己の両足に、蛇が絡みついていた。その先は――――リディ。叫びたいのをこらえ、杖を大きく振り回す。リディの体は離れたが、両足は拘束されたままだ。

「タビーさま!」

 メラニーが爛れた手で長剣を握り、叩きつける。リディは高笑いを放ち、腕を振るった。力が入っていない様に見えたが、メラニーとその後ろにいた魔術師が地に転がる。フォルカーがメイスを打ち込んだが、効果はほとんどない。

「ふ、ふふ。足が使えないだけなのにね」

 人って脆いわ、と続けた言葉の後、一気に足が締め付けられた。

「!」

 服越しに感じていた冷たい蛇の体が、直に肌に触れる。

「――――!」

 タビーが叫ぶ。痛みとおぞましさ、自由にならない足とリディが触れた端から薄い煙を上げる己の体。

「タビーさん!」

「くそっ」

 下がっていたミーシカが矢を放つ。嗤いながらリディは避ける。その速さも幼女の頃とは雲泥の差だ。

 痛みに、吐き気すら覚える。叫んでいたはずの喉は声を為せない。焼けた足から毒が入ったのか、全身が訳のわからない熱と疼きに侵される。

 地面に爪を立て、タビーは懐を探った。

「カーム…」

 掠れた微かな声、手元でアダーの短剣が刃を伸ばす。震える指先、落としそうになるのを耐えながら、タビーは己の両足を拘束している蛇にそれを突き立てた。

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