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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
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 アロイスは崖を見上げる。

 何度かの休憩を挟み、ほぼ1日かけて城の正面が見える位置まで来た。王都や他の地域でも見ない、古めかしくいかにも重そうな門である。

 背後にそびえる崖は急峻で、落石等があったら尖塔どころか城も破壊されるだろう。だが、今見る限り城は無傷だ。

「斥候を出そうか」

 隣にいたライナーの言葉にアロイスは頷いた。

「ムタ!」

 二人の背後で、コンスタンタンが声を上げる。転がる様にやってきたのは、ヘスの一族の子。成人していないが、資材運びにまぎれてやってきたムタだ。家族を助けるため、と聞けば感心する者も多いだろうが、ヘスの一族でそんな感情を持つ者はいない。

「あの門を見てくる様に」

 コンスタンタンは馬上から、膝をついたムタへ指示を出す。

「え、あ、あの、お、俺だけで」

「戦力にならないのはお前だけだ」

 呪い師であり一族の指導者でもあるコンスタンタンの言葉に、少年は顔をこわばらせた。それでも立ち上がり、門に向かって歩き出す。

「あー、自分も行ってきます」

 アロイス達が口を開くより先に、少年の後を追っていったのはスロ。直ぐムタに追いつき、何かを話しながら門へ向かう。

「中に入れなければ、ここで野営か」

 ミーシカもやってきた。気味悪そうに城を眺めている。

「雪がないから…野営には問題ないかな」

「来た道は坂、城までは思ったほど狭くないが縦に伸びるのは不安だ」

 数台の荷馬車が並んでも大丈夫そうな広さだが、天幕を張れそうな場所は限られていた。密集していると、敵に襲われた時に動きがとれなくなる。だからといって間隔をあければ門に向かって列をなすような並びになるだろう。側面からの攻撃に弱い。

 アロイス達が難しい表情を浮かべているのとは真逆に、コンスタンタンは馬上から降りることなく門を見ている。その後ろには、ふてくされた表情を浮かべるメラニー。タビーと離れて気持ちが落ち着かないのだろう、口を開こうともしない。

 さほど待つことなく、ムタとスロが戻ってくる。

「どうだった?」

「それが…」

 ムタは当惑した様な表情を浮かべていた。体つきは大人に近くなっているが、そういう表情や仕草を見ればまだ子どもだと判る。

 ムタは同行したスロに視線を向けた。スロはただ頷き、ムタも頷いて馬上のアロイスを見上げる。

「あの門の先は、雪です」

『雪?』

 アロイスとコンスタンタンがほぼ同時に声を上げた。

「はい、あの門が境です。手を入れて、こっち側に雪を崩してみたら、消えました」

 言いたいことを察して、コンスタンタンが頷く。

「わかった。後ろで待っていろ」

「は、はい!」

 成人していないムタがコンスタンタンと直接会話を交わすなど、通常はあり得ないことだ。緊張したまま、ムタは後方で休息しているヘスの一族の元へ戻る。

「雪に触れられたのか?」

 ミーシカの問いかけに、同じく戻ろうとしていたスロが頷く。

「結界とかはなさそうで。ちなみに、あの門の半分以上が埋まる深さ」

「そんなに積もっているのか?」

 居並ぶ者達で門を見る。こちらからは雪がつもっている様には見えない。

「ちゃんと冷たかったよ。でも、雪をこっち側に崩すと消える。あの門を境にしてるみたいだ」

 アロイスは少し考え、頷いた。

「俺とフォルで」

「どっちかというと、それは俺の仕事」

 横から制したのはライナー。

「私もいこう」

 続いたのはミーシカだ。

「では、こちらは天幕を準備するとしよう」

 コンスタンタンの言葉に、メラニーが眼差しを鋭くした。ライナー達に同行したい様だったが、何も口にしない。フォルカーが呼ばれ、やってきた。

「門の中に入って確認ですね」

「そもそも門が開くか…」

「開いたら開いたで雪かきが必要だろう」

「門が開いたら合図をしてくれ。ウチの連中を行かせる」

 コンスタンタンが告げる。

「わかった」



 疲労困憊、それを忘れさせる位の達成感。そんな気持ちになったのは久々だ。

「…」

 隣にいるヒューゴは、先程から黙ったまま毛玉を見上げていた。

 そして毛玉だったものは、満足げに己の体を見ている。

「うむ、体が軽い」

 毛玉は、タビーの予想通り羊だった。

 ヒューゴの薬に、と貰った角は、丸まったもの、歪に伸びた様なものなど様々だったが、いずれも羊かヒジャのものに似ている。毛玉が減り、全体が露わになるに従って、タビーの予想が外れていないことが明確になった。魔術を使って頭部の毛刈りをし、どうしても無理だと思った顔の細かい部分はべったりと伏せてもらって刈り上げる。ヒューゴの肩車という非常に不安定な体勢で、今思えば羊もこちらもよく怪我をしなかったものだ。

「ところで、この毛は?貰っても?」

 タビーの言葉に、羊はゆるりと頷く。

「我はいらん。好きに使え」

「ええと、使い道も好きにしていい?」

「不思議なことを聞くな、おぬしは」

 今度は首をかしげる。その頭の両側には太くまるまった角と、それの後ろから装飾の様に生える歪な角。

「一応聞いておこうと思って。後でダメ!とか言われても困るし」

「我には使い道がないものだ…ああ、その毛で縄と綱は作るな」

「縄?」

「投げ縄にされるとやっかいだ」

 それだけでなんとなく察する。もっとも、滅多に手に入らない素材だ。縄だの綱だのに加工することはない。

 刈り取った毛をせっせとエルトの袋へ片付ける彼女の横で、ヒューゴは巨大な羊の周囲を回る。

「あ、ここだ」

 気になっていた箇所を見つけ、彼は物入れから金属の缶を取り出した。

「何だ?」

「ちょっと深く当ててしまったんだ」

 ヒューゴの手のひらより少し大きめの箇所、そこは他よりもいささか皮膚の赤みが強い。

「すまなかった」

 缶から取り出した薬を赤い部分に塗りつける。傷薬特有の臭いがするが羊は何も言わなかった。

 他にもいくつか同じ様な場所を見つけては薬を塗っていく。金属缶はあっという間に空っぽになった。

「ヒューゴ」

 顔を上げると、タビーが同じ缶を放ってきた。立て続けに、3つほど。

 受け止めたヒューゴは先程よりもっと近くで毛玉だった羊の皮膚を確認する。小さい傷にもきちんと薬をすり込み、確認を終えた。その頃にはタビーの毛玉格納も終わっている。

「ふむ、ご苦労であった」

 羊は立ち上がった。毛玉だった時ほど大きく見えないが、それでも高さは相当のものがある。もしかしたら、王都の城壁より高いかもしれない。

「あ、待って。ええっと、ここってどこかな?」

 羊が扉に向かいかけるのを見て、タビーが問いかける。

「ここ?部屋だろう」

 何を聞いているのだ、と言いたげな羊に、彼女は首を横に振った。

「いや、そうじゃなくて…ええと、どうやったら外に出られる?」

「扉はここだ」

 二人が毛玉に吹っ飛ばされつつ入った巨大な扉。

「他には?」

「知らんな」

 それだけ告げると、羊は扉から出て行く。その後を追って扉をくぐれば、羊は崖を登っているところだった。ヒューゴが故郷で見る野生のヒジャが如く、人の目では足場など見つけられない場所を飛び跳ねて行く。太い足が崖を蹴っても、落石どころか砂粒ひとつすら落ちてこない。瞬く間にその姿は見えなくなる。

「………」

 ヒューゴは期待せず、隣のタビーに視線を流した。

「ふりだしに戻る、か…」


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