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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
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 エルトの袋は、腕のよい冒険者や騎士団の指揮官達、羽振りの良い商人等であれば、最低限ひとつは持っている。

 この世界で、タビーが一番最初に買った高額なもの、といえば、エルトの袋だ。

 最初はひとつだったが、今では9つほど腰に下げている。ある程度まで、何でも入れて保存が出来る優れもの故に、そ

の価格は高い。魔術ギルドが制作しているのだから、どうにかして作れないか試した事もあるが、今のところ努力は形になっていなかった。


 タビーはエルトの袋から、手早く薬を取り出す。俯せに倒れているヒューゴの背中は剥き出しのままだ。防御膜があるため、雪が直接触れることはない。

 あの、不気味な巨人がまき散らした塊は、ヒューゴの背の大半を灼いている。


(火傷は、2割を越えれば危ない)


 前世の知識か、それとも薬術の講義の際に覚えた事だったか。どちらにせよ、ヒューゴの容態は良くないと言える。

 あの塊は彼の騎士服や保護用の服、防御の鎖帷子まで灼いていた。

 それでも、最初に見た時は鎖帷子の合間から入り込んだ程度――――。

「広がってる?」

 想像以上に広範囲が灼かれていた。

 まだ体がふわふわしている。思考がまとまらないことにタビーは苛つき、別の袋から小瓶を取り出す。中の液体が零れない様に、口の部分は革紐で何重にも覆われていた。

 その革紐を半分ほど解いたところで、タビーは己の鼻を小瓶に近づける。

「ヴぉぇッ」

 成人した女性にあるまじき声だが、ここには誰もいない。

 何度もえづきながら、彼女は再び小瓶に革紐を巻き付ける。逆さにしても零れないことを確認してから、それを再びエルトの袋へ放り込んだ。

「うう……」

 涙を軽く手袋で拭い、ついでに己の頬を軽く叩く。

 ふらつきも目の回る感覚も、あの臭いの前に吹っ飛んだ。タビーは必要なものを取り出しつつ、左手で杖を掲げる。

「凍え」

 杖先が光り、その先から水があふれ出す。ヒューゴの体に触れぬ様、杖を支えながら傾け、右手でエルトの袋を探る。

 魔術師の創り出す水は飲むことも、料理や調合にも、攻撃にも使う事が可能だ。大半の魔術師達は混じりけのない純水を創るが、タビーは幾つかの水を使い分けている。前世では、炭酸を含む水やミネラル含有率を売りにしている商品があふれていた、そんな記憶があるからだろう。

 防御膜の空気を暖めつつ、外の空気と入れ替える。

 とにかく冷やし、毒性があるものを徹底的に流す必要があった。

 ヒューゴの服や足を濡らさない様に水の流れを変え、杖を脇にはさみながら、いくつかの硝子瓶を開く。直ぐに使える様、粉末にした薬草だ。

 魔術を維持しながら、乳鉢へ薬品を入れていく。傍目から見ればいい加減な分量に見えるかもしれないが、調合になれていればこの程度はできて当たり前だ。残った粉末が湿気ない様に封をし、またエルトの袋へ戻していく。

「……止まった?」

 最初は拳より僅かに大きかった程度の火傷。広がり続けていたそれが、ヒューゴの肩甲骨付近でようやく留まった。下は腰骨の少し上あたりまで広がっているが、それ以上動かない。あの塊に含まれていた毒素が抜けたのだろう。

 それでも水を流し続けながら、タビーは素早く薬品を練る。冷やすだけ冷やした後は、体内に入った毒素を抜く必要があった。更にその後の治療を検討しながら、タビーは赤い背に触れる。

 手袋越しにでも、熱さが伝わった。これが毒素の出す熱なのか、それとも火傷によるものなのか判断が付かない。タビーは当初の予定通り、毒素を抜く事を優先する。

 水の流れを止め、濡れたままの背中に練った薬を置く。ヒューゴの体が僅かに動いたが、意識は戻っていない。

 この練り薬は、皮膚の熱を下げ、炎症を抑えながら、体に不要なものを取り出す効き目がある。問題は、あの塊がどれだけの毒素を持つのか、参考になるものがないことだ。

 タビーは浮かんだ汗を拭いつつ、追加の薬を練りながら彼の様子を見守っていた。



「無理」

 恐ろしくツンとする匂いの液体を差し出され、クヌートは首を横に振った。

「無理って」

「でも、飲まないと。また膿んだら……」

「思い出させないで!」

 半分涙目の彼は、天幕の一角に横たわっている。手当の痛みを避けようと放置していた肩の傷は、かなり悪化していた。固まっていた部分を水で流し、肩を蝕んでいた膿を排出された時には気を失った程だ。それをまた、カッシラーがからかうかの様に話す。そのくり返しで、流石のクヌートも疲れ切っていた。

「スロ、それよりヒューゴとタビーは?」

「飲んだら言うよ」

「ナニソレ!」

 誰かに助けを求めようと周囲を見回すが、生憎この天幕の中は怪我人しかいない。その殆どがヘスの一族だ。普段は騒々しい彼らも怪我をしているときはおとなしかった。それが一番早く怪我が治ると知っているから、無駄に抗うことはしないらしい。だが、クヌートはヘスの一族ではないし、どんなに好意的に考えても「まずい」以外の感想しかでない薬湯を口にしたくなかった。

「も、もう本当に大丈夫だから…」

「飲んで」

 スロが薬湯を差し出す。ここで癇癪を起こすのもひとつの手だが、冒険者としての経験を積んでいる彼には通用しないだろう。目を潤ませてもまったく効果がないのは、前回確認済みだった。

「……」

 大袈裟なため息をひとつ。

 鼻をつまみながら、クヌートはどうにか薬湯を飲み干した。何時飲んでも救いがたい、変な味。薬湯の色は半透明の緑なのに、底には白いものが沈んでいる。生理的に体が受け付けないのだろうか、胃から上へ逆流しそうな薬湯をどうにか抑え込む。逆流とはいえ、あの味が再び舌の上を通るなど、あってはならない。

「さ、飲んだから……」

「次はこれ」

 クヌートの言葉を流して、スロは別の薬湯を差し出してきた。今度は色こそお茶の様なものだが、さっきよりさらにきつい匂いだ。

「の、飲めるの?」

「明日から切り替えるって」

「……切り替え?コレに?」


 クヌートはどこか遠くで自分の声を聞きつつ、意識を手放すことを選択した。


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