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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
王女と継承
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 呆然と風を見送ったタビーは、はっと我に返った。

 茶色の塊が放牧場目指して走っている。他の馬より小柄な体型に見えた。


 そして、その上に乗っている『何か』。

 人なのだろうか、だが人だとしたらきちんとした姿勢を取れていない。あのま

まだと落馬する。


「グラウ」

 手綱を引き、馬の背の奥に手をついた。勢いをつけてその背によじ登る。鐙も

鞍もないから、少々不安定だが乗れないことはない。

「はいっ!」

 指示を出せば、グラウは走り出す。みるみるうちに、茶色の塊が近づいてきた。

 間違いない、ブッシだ。いなくなったブッシが、何故暴走しているのか。

 馬の速度を上げた。裸馬は早足よりも駆ける方が安定している。グラウは体格

もいいから、背骨も当たらない。

「待って!」

 ブッシが近くなる。背に乗っているのは、やはり人間だ。手綱はついておらず、

その背に横向きで腹ばいのまま体が乗っている。

「ブッシ!」

 名前を呼ぶが、ブッシは止まらない。この速度で落馬すると、大怪我をする。

 落ち方によっては、馬の腹の下に入り、踏まれるだろう。手や足くらいならま

だしも、腹を踏まれたら一巻の終わりだ。

「グラウ、もう少し」

 タビーは加速した。ようやくブッシと併走できる。手綱を操り、出来るだけ馬

体を寄せた。

「……!」

 微かな悲鳴の様なものが聞こえた気がする。限界が近いのか。

 タビーは再度加速し、ブッシの前に馬体をいれる。

「ほーう、ほう」

 低い声を出しながら、徐々にスピードを落とせば、ブッシもつられて速度を落

とす。それ程気性の荒い馬ではないのだ。

「ほーう、ほーう」

 落ち着いた頃を見計らって声をかけ続ける。グラウはタビーの意図を察したの

か、ブッシに抜かされない程度の速度を保ち続けた。

(そのまま降りられる……?)

 当初よりは速度も落ちている。だが、慣れていない者であればやはり大怪我を

する可能性が高いのだ。

(持てるか?)

 腹ばい状態の相手を助けたいが、タビーも鐙や鞍がない。体勢を維持するのが

難しく、重心が傾くのも不安だった。

 そのうち、完全に落ち着いたブッシは、並足になる。タビーは手綱を操り、グ

ラウをもう一度ブッシの前に入れた。

 ゆっくりと、円を描く様に手綱を操る。

「ほーうほーう」

 輪乗りだ。グラウの後を、ブッシがゆっくりとついてくる。馬を落ち着かせる

には一番いいが、こうなるとどうやって助ければいいのか迷う。

 タビーが一旦馬を降りるのが早いだろう。輪乗りをゆっくりと停止し、素早

く馬から飛び降りる。


「大丈夫ですか?」

 腹ばいのまま、どうにかしがみついていたらしい相手は、声も出ない。手綱が

ないのでなかなか難しかったが、声をかけつつ首筋を叩き、ブッシを完全に停止

させた。

 後は、下ろすだけだ。

「そのままで、動かないで」

 腹ばいになっている相手の腰を掴む。やけに細い。

「力を抜いていてください」

 腰の下に腕を通し、体を支える。少し腰を下ろし、膝を曲げて太腿を足下に差

し出す。

「そのまま、右足を動かして……大丈夫です、私の足ですから」

 完全に体重が乗ったのを確認し、声をかけながらゆっくりと腰を落とす。正座

に近い体勢になったところで、タビーはほっと溜息をついた。

「ゆっくり、降りてください」

 小さな足は暫し空中を彷徨い、やがて地面を見つけ、足をつける。裾がめくれ

て、細い足首があらわになった。

(……子ども?)

 タビーでも支えられるくらいだ。どこもかしこも小さい。保護されている騎士

の家族だろうか。危険だから馬場には出ない様にと言われている筈だが。

 ようやく立ち上がった相手は、子どもではなさそうだ。タビーほどではないが

上背がある。両足を地面についた相手は、がくりと膝を折った。

「ちょ、ちょっと!」

 慌てて背中を支える。

 顔は埃にまみれていた。怖かったのだろう、汗で薄い金色の髪が貼り付いてい

る。何より顔が真っ青だ。

 タビーは慌てて辺りを見回す。グラウとブッシ以外はそこに誰もいない。厩舎

や宿舎、騎士団本部も遠かった。

「ど、どうしよう……」



 無駄な悩み方は時間の無駄だ。

 タビーはベッドの横に腰をおろして、溜息をついた。

 気を失った相手に右往左往したが、結局運ぶしかない。そしてそこにいるのは

タビーと馬だけだった。

 手綱をブッシに装備し直し、意識を失った相手を再度腹ばいの状態で馬の背に

乗せ、歩いて救護室のある棟まで戻ったのだ。

 ブッシに手綱を付けたのは、グラウがより人なつこく甘えん坊だからである。

 案の定、タビーがブッシの手綱を引いて歩き出すと、躊躇うこと無くついてき

た。

 そうやって辿り着いた救護室には、丁度夜勤明けのジーモンがいて、運ぶのを

手伝ってくれたのだ。

 馬を厩舎に誘導し、ブラシをかけてからそれぞれ馬房に戻した。救護室に戻っ

てきた頃には、手当も全て終わっていたのである。


 但し、そこには難しい顔をしたジーモンがいたが。


『タビー、暫くここで見ていてくれ』


 それだけ告げて出て行った彼を見送り、彼女は今、意識を失った相手の側にい

る。

 助けたのは、少女だった。

 どこもかしこも細い。肩より少し長い髪の毛は白金の様だったし、指先や足、

腰、どの部分を見ても細い。華奢を通り越して壊れそうな体つきだ。

「……」

 思わず、自分の服の腕をまくってしまう。筋肉のついたタビーの腕は、華奢と

は無縁だ。

 人形よりも儚げなその姿は、貴族の娘らしく思えた。何を考えて、手綱のない

馬に乗ろうとしたのかは判らないが。手足の擦り傷程度で、気を失ったのも緊張

が解けたせいだと、ジーモンが言っていた。タビーにしてみれば何でもない擦り

傷が、少女の手にあると酷い怪我に見える。

 手当は済んでいるが、少女の姿はどこか埃っぽくも思えた。馬に乗ったせいだ

ろう、服のあちらこちらが薄汚れている。顔もだ。

 タビーは腰にさげたエルトの袋から、使っていない布を取り出す。救護室にあ

る簡易水道を使って布を濡らし、少女の顔を少しずつ拭う。

 思ったより、汚れている様だ。馬に乗ったから、にしては、汚れがなかなか落

ちない。故意につけたのだろうか。

 

 そこまで考えて、タビーの胸はどきりとした。


 保護されている騎士団幹部の家族ならば、逃げる必要はない。ここにいる方が

安全だ。

 誰かが侵入するにしても、今の騎士団は警備が厳しい。タビーですら、一日に

何回かは誰何を受ける事がある。大所帯故の事情だ。

 

 厳重な警備が敷かれている騎士団で、顔を隠し、あまつさえ馬で逃げようとす

る。


(間者?)


 間者にしては、美しすぎる様な気がした。普通、間者は目立たない様にするも

のだ。それに、逃げるにしても騎士団の馬を使えばすぐに見つかるだろう。

 少女は美しい――――人形の様に。


 再び、タビーの胸が波打つ。

 人形の様に美しい少女、白金の髪。


 知らず知らずのうちに、タビーの手に力が入ってしまった。意識のない少女は、

その感触から逃れる様に顔を動かしている。

 慌てて、タビーは指先から力を抜いた。そうっと、真綿で拭うかの様に優しく

顔を拭いていく。


「……」


 痩せこけた頬は、人形の様な美しさを持つ少女の、唯一人間らしいところだ。

 首の辺りまで拭ったタビーは、息を呑む。


 人形の様な、花開く前の硬質な美しさ。

 その顔に、タビーは見覚えがある。まさか、という気持ちに、手が震えた。


「やっと、でてきたか」


 背後からかけられた声に、タビーは動揺する。手の中にあった布を取り落とし

全身が強ばった様に動かない。


 それでも、タビーの首はゆっくりと動く。少女が横たわるベッドの近くまで歩

みよってきたのはジーモンと、黒い髪、強い意志を秘めた黒の瞳を持つ男。


 タビーは、その人物に会ったことがない。噂や評判を聞いただけだ。

 だが、その姿をひと目見て判る。この男が誰かなど、紹介されなくても本能が

理解した。


 騎士団を統括する将軍であり、三公の一角。

 英雄の血を継いでいる男。


 ――――シュタイン公だ。


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