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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
幕間29
906/1043

906

 ロジータは、ぼんやりと外を眺めていた。

 秋には珍しい霧雨だ。そのせいか、何時もより冷え込む。

 この時期は、秋の収穫を祝う祭りが行われる。それ以外にも、あ

ちらこちらで小さな祭りやイベントが開かれた。


 今年は、そのどれもがない。


 現在はノルドとの戦争中だ。騎士団の頂点、英雄の血を持つシュ

タイン公爵を従え、女王が王都から戦地へ向かったのはそれほど前

ではない。この状況で祭りをしようと考える者はいなかった。


 ロジータが逃げる様にこの神殿に入って数年。

 普通であれば聖女になるかならないかを決め、ならないのであれ

ば神殿を出て行く事になる。おそらく彼女の両親もそれを知ってい

るからこそ、無理に連れ出そうとしないのだろう。


 ロジータは、王都に店を構える商人の娘として生まれた。


 過剰な贅沢はせず、衣食住に困ったことはない。忙しすぎてなか

なか帰ってこられない父母だったが、その代わりに祖父母や家政婦

が彼女と兄弟姉妹の面倒を見た。学院には通わなかったが、家庭教

師が子ども達に様々な教育を施し、ロジータは成長した。


 自分の前を遮るものなど、何もないと。


 今思えば、それは少女特有の傲慢さだ。未来は明るく輝いていて

大人になっても幸せは無条件に続くものだと思い込んでいた。


 ロジータは、彼の名を呟こうとした唇を、指先で押さえる。

 ノルドとの戦況は、あちらこちらで聞くことが出来た。

 だが、その前に旅立った討伐隊の話しは、殆ど入ってこない。神

殿は世俗よりやや離れた立場にあるとはいえ、なにひとつ判らない

ということは、彼女の心にある不安という名の澱を増やすだけだ。


 無事であってほしい。


 ロジータが願うのは、ただそれだけだ。

 神殿に入る時は、彼の帰りを信じようと思っていた。

 2人の間に交わされた約束が、必ず守られるものと信じていたの

だ。


 神殿で聖女見習いという立場になり、聖女の身の回りの世話をす

ることは苦痛ではなかった。弟妹がいた彼女には慣れた事だ。神殿

では相部屋であるが部屋を与えられ、食事にも困らない。奉仕作業

として、神殿の清掃や料理の補助、時には護符に使われる紐や布を

編むこともあった。息抜きでも、報酬を得るための作業でもないか

ら、数人が集まっても黙って作業をする。

 口を開くこともなく、黙々と作業をするロジータを見れば、家族

達は驚くだろう。

 もしかしたら、彼も驚くかもしれない。

 長い間離れていても、彼の表情や仕草を忘れることはなく、むし

ろ何度も思い出すうちに、忘れられなくなった。


「ロジータ」

 

 静かな声で呼ばれる。彼女はゆったりとした仕草でふり向くと、

焦らず、物音ひとつ立てずにその場に膝をつく。


「ここは冷えますよ。中へ」


 咎める様でもなく、ただ厚意で告げられた言葉に、彼女はその体

勢のまま頭を垂れる。


 神殿に入るまでは、何時でも誰とでも喋りたくて仕方がなかった。

 同じ年頃の少女達と集まり、恋というよりも憧憬に近い気持ちを

打ち明けあい、励ましあった。

 その彼女達とも、今では話す事もない。

 見習いとはいえ神殿にはいったのだ。外部の者と会う事はなかな

か許されない。

 そんな生活にも、もう慣れた。


 ロジータは静かに立ち上がり、聖女の後をゆっくりと歩いて行く。

 彼女が仕えている聖女は、言葉はさほど多くはないが、穏やかな

人だ。聖女としての位そのものも高い。通常であればロジータの様

な見習いが、仕えることなど許されない立場の聖女だ。

 彼女は聖女の小さい背中を見つめ、後ろから静かについていく。


 この平穏が壊されないことだけを、ロジータは願った。



 ライナーは、灰色の空を見上げる。

 陣地にいた討伐隊の先行組は、魔人達の襲撃を受け、一旦撤退し

た。陣地そのものの被害は軽微だろうが、逃げた集団のラヴィがう

ろつく可能性がある。改めて問題無いかを確認した上で、再度陣地

の構築を行い、最前線で戦う先行組の支援を行う。


 とはいえ、撤退した面々は負傷者が多く、重傷も数名いた。

 更に、今回の戦いでは、ヘスの一族のひとりが命を落としている。


 ヘスの呪い師でもあるコンスタンタンは、一族のみで彼を送りた

い、と告げ、討伐隊隊長のアロイスはそれを受け入れた。


 渇いた大地では遺骸は受け入れられない可能性が高い。むしろ、

それすらも呑み込む恐れがある。さらに最果ての谷に近いこの地域

では、土葬にするとその骸を魔獣が掘り出し、喰われるという伝承

があった。


 骸になった男の髪を一房。

 遺品の幾つかと、小さい財布や簡単にまとめられた持ち物。

 これはコンスタンタンが預かり、遺族に手渡す。それが何時かは

判らないが。

 身支度を調えられた彼は、少し前、拠点から担架をつかって運ば

れて行った。


 拠点より少し離れた場所から、煙が立ち上っている。

 一族ではないライナーは、ここから仲間を見送る事しか出来ない。

 

 彼はただ静かに、空へたなびく煙を見送った。 


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