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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
王女と継承
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 少女は震えていた。

 己が誰なのか、記憶を失ったりしない限りその様なことは考えないと思ってい

たが、現実は違う。

 己は何者で、何をすべきなのか。

 目の前に伸びている道は眩しすぎる。

 己がそこに立つのは、怖い。

 眩しく輝く道は、だが苦難の道。今までの様に安寧に身を委ねることは出来な

い。

 掌を開く。小さい、大人になりきれていない手だ。

 この手で何ができるのだろう。

 何も聞かず、知らず、流されるままに時を過ごしていればよかったのか。

 

 答えは、今でもでない。



「ノルマン公は、相変わらず頑固な様ですな」

 たっぷり髭を蓄えた壮年の男が、うんざりした様に告げた。

「三公のお一人とはいえ、立場をご理解いただけていない。これではいたずらに

混乱が続くだけだ」

 同調したのは、痩せぎすの男。その服は壮年の男よりも立派だ。

「そもそも王女殿下はどこにいらっしゃるのか」

「まさか……」

 末席から上がった声に、壮年の男は鋭い眼差しを向ける。

「ルーファン殿下は、その様なお方ではない!」

 断じる様な言葉に、声の主は恐縮して引き下がった。

「王女殿下がいらしたとしても、ルーファン殿下の方が王位に相応しい」

「そうですな、政治にも参加されていらっしゃる。近衛の信頼も篤い。お母上は

妃殿下ではございませんが、侯爵令嬢で王族との縁もある」

「そうだ。わざわざ無用な事をする必要はない」

 場は静まる。大半は王子に好意的だ。

「陛下のご容態も発表されず、一体どうしたいのか」

「継承者を決めるより、ひとまず先に王権の代行者を決めた方が……」

 貴族達がざわめき出す。未だ日和見の者もいるが、貴族の大半が王子派へと流

れ始めている。

 王子が王権の代行者、もしくは継承者になれば次代は決まったも同然だ。その

判断に乗り遅れれば、うまみの多い立ち位置が逃げてしまう。未だ行方も知れな

い王女の心配よりも、自分達の立場を守るのに必死だ。

「シュタイン公も騎士団から出て来ないらしい」

「田舎者が。政治に関わろうとしない将軍閣下らしいですな」

 皮肉たっぷりの言葉に、数名の貴族が笑う。

「この際、ディヴァイン公に御前会議の開催をお願いしては如何か」

「ふむ、国王が不在の場合は、三公のうち二公がいれば開催できるが……」

「そこはノルマン公をお招きすればいい。継承者ではなく、王権の代行者をどう

するか決めるだけなのだ」

「そうだな、それが一番早くていいだろう」

 貴族達は再びざわめき出す。





「うまくいっている様だな」

 貴族達の会話を隠し部屋にて聞いていたルーファンは、側についていた近衛に

頷いて見せる。

 この隠し部屋は近衛と王族しか知らない。貴族達がよく集まるサロンの音を拾

える様になっている。小さな覗き穴もあり、相手が誰かも判った。最もルーファ

ンがその覗き穴を自ら覗くことはない。それは彼の仕事ではなく、彼につく者の

仕事だ。

「引き続き監視を」

 近衛の一人にそう告げると、王子は隠し部屋を出た。サロンとは違う方向の扉

から出られる様になっており、そのまま進めば王城内へと出る。道無き道ではあ

るが、王族であれば誰もが知っていた。


「御前会議か……」

 ルーファンは呟いた。国王を中心に開かれるこの会議は、王さえいれば毎日定

期的に開かれる。政治、軍事、外交などありとあらゆる事の報告と意志決定がな

されるものだ。

 国王不在のため、正式な御前会議の開催は三公のうち二公の参加が必要だっ

た。

 現在、王子とディヴァイン公が主催する御前会議は臨時のもので、国の舵取り

が必要な議題を決められない。

 少なくともノルマン公は御前会議の開催に異を唱えないだろう。政局の混迷、

経済活動の停滞、それが民に与える影響を一番気にしているのは宰相であるノル

マン公である。


 あとは、その御前会議でどうやってルーファンを認めさせるか。

 王権代行者の立場をもぎ取れば、後の話は早い。


 国王はルーファンにとって父でもある。だが、王と王子という立場に産まれた

せいか、互いに家族の様な愛情を持ってはいない。王は後継者候補の一人という

ことで彼を厳しく育てたし、腹違いの妹である王女ルティナも同様だ。

 

「騎士団から目を離すな」

 王子の言葉に、近衛は恭しく頭を下げた。



 騎士団のベッドは寮と比べて硬い。

 寮のベッドも硬めな方だが、それよりも硬いのだ。これで疲れは取れるのだろ

うか、とタビーは余計な心配をしている。


「……」


 外はまだ薄暗い。唐突に目が醒めたせいか、眠気は吹っ飛んでいる。それでも

ベッドにもう一度寝転んでみたが、硬さのせいか眠気は一向に訪れなかった。

「しょうがないなぁ……」

 硬いベッドから降りて、顔を洗う。ここは女性騎士に与えられる一室で、寮と

同じく手洗いや洗面所がついている。残念なことに風呂はなく、湯を浴びられる

スペースだけがあった。それでも恵まれてる方だ。

 冷たい水に背筋が伸びる様だった。練習着に着替え、そっと部屋を出る。


 この部屋を貸与されたとき、ラーラやイルマがいるかも、と期待に胸を膨らま

せたが、彼女達はいなかった。彼女達だけではない、アロイスやライナーもだ。

 学院を卒業した騎士は幹部候補生となる。そのため、入団してから3年はあち

らこちらの砦や支団へと回されるらしい。そのため、タビーが知っている者は誰

もいなかった。


 騎士団のベッドは硬いが、それなりに居心地はいい。だが、最近は寮に帰りた

くて仕方が無かった。講義は中止になっていても、小袋の中身を調べたり、訓練

に参加したり、やりたいことは色々ある。騎士団でも訓練に参加できるが、上級

者ではないタビーは一人で素振りや打ち込みをする位しかできない。幸い乗馬は

そこそこ出来る様になったので、馬を走らせたり、どれだけ早く鞍を装備して乗

れるかを試したりはできる。

「少し、乗ってみようかな」

 馬の朝は早い。季節を問わず、夜明けには目を覚ましている。今の季節なら、

どの馬も起きているだろう。

 足を忍ばせて、タビーは宿舎を出た。ここから厩舎までそう遠く無い。

 朝の澄んだ空気を吸い込みながら、歩く。体をほぐすために歩きながら手を伸

ばしたり、歩き方を変えてみたり。傍目から見たら滑稽かもしれない。

 厩舎は馬のざわめきに満ちていた。


「今日は誰にしようかな……」


 この厩舎にいる馬であれば、どの馬に乗っても良い、とタビーは許可されてい

る。他の厩舎は幹部や個人の馬がいたり、乗りこなすのが難しい馬がいるので、

立ち入りも許されなかった。

 とはいえ、この厩舎にいる馬数は多いから、困ることはない。

「よし、グラウにしよう」

 どこか暢気そうにみえる芦毛の馬は、タビーのお気に入りの一頭でもある。

 馬房に入り、手綱をかける前に馬体のチェックをした。噛みついたり、蹴った

りはしないが、しょっちゅう体をすりつけてくるので別の意味で大変だ。初めて

タビーの顔に頭をすりつけてきたときは、衝撃で鼻血がでたほど。

「よろしくね、グラウ」

 手綱をかけ、馬房から引き出す。人の気配に、他の馬が蹄で馬房を掻いたり、

嘶いたりする。

 鞍と鐙を着けようとしたところで、ふとタビーは足を止めた。


 馬房が一つ、空いている。


 ここの厩舎は満杯で、馬房は空いていない。誰かが訓練や気晴らしに乗って

いる可能性もある。

 だが、先程棚から手綱を取った時、手綱は規定数あった。


「手綱を使わないで馬に乗る……?」


 騎士団では裸馬に乗る訓練もする。だがその時でも手綱とハミは必須だ。手

綱を着けて人を乗せる事が当たり前になっている馬の場合、手綱がなければ指

示を出せないということもある。

「え?あれ、逃げたとか?」

 馬の脱走は珍しくない。たまに柵をかけ忘れたり、器用に柵を外して外に出

る馬もいる。だが、ここの厩舎にはそんな器用な真似をする馬はいない。柵の

かけ忘れがあったとしても、夜中の定期巡回で見つかるだろう。


 タビーはグラウを引きながら辺りを見回した。

 気になって厩舎の中を確かめてみるが、他の馬は全て馬房に収まっている。


 今一度、空いている馬房を見た。『ブッシ』と刻まれたプレートが掛かって

いる。タビーの記憶が確かなら、鹿毛の、人懐っこい小柄な馬だ。柵を開ける

様な真似をするとは聞いたことがない。

「どこに行ったんだろ。具合が悪いとか?」

 タビーの呟きに、グラウはあくびを返す。その後、いつもの如く顔を擦りつ

けてくるグラウに苦笑し、彼女はその首筋を叩いた。

「ごめん、行こうか。逃げてるなら、捜さないと」

 騎士団の馬場は訓練場と放牧場があるため広い。人工的な丘陵まで作られて

いる。だが柵があるから、馬は外部へ逃げることはなかった。

 グラウの手綱を引き、タビーはゆっくりと外に出る。鞍や鐙を取りに行こう

とした所で、微かな声に気づいた。

 グラウも耳をぴくぴくと動かしている。


「……誰か、います?」

 グラウの手綱をしっかり握り、タビーは声をかけた。


 がさり。


 今度は間違いなく音がした。

 タビーは緊張する。乗馬だからと杖を持ってこなかった事を後悔した。常に

持っていろ、と、教官達にあれほど言われたのに。

 タビーは、恐る恐る足を進めていく。音は、まだ聞こえる。


 グラウが、急に嘶いた。


 驚いたタビーがびくりと体を動かす。

「グラウ!」

 何があったかと確認する前に、別の方から蹄音が聞こえた。

「え?」

 

 タビーは慌てて振り向く。


 その前を、風が駆け抜けていった。

 


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