88
タビーに与えられたのは、小さな個室だった。
マルグリット達とは別の棟だ。行き来は制限されていないから、問題はないが
自室でないせいか落ち着かない。
マルグリット達以外にも、騎士団上層部の家族が保護されていた。クノール子
爵と同じく、出頭命令で近衛に拘束されている者が他にもいるらしい。
シュタイン公の守りは薄くなっている。
副将軍や参謀格数名が軟禁されている状況では、そう易々と動けないだろう。
だが騎士団内はあくまで穏やかだ。騎士達は訓練と通常業務に勤しみ、上層部
が拘束されているという現状を感じさせない様な働きである。
学院の講義は中止されていると聞いているが、いつ戻れるのか不安だ。それ以
上にここにいて安全かという気持ちもある。
(まぁ、どう考えてもここにいる段階で騎士団派だよね……)
騎士団派というものがあるのかは知らない。だが、王子ルーファン派と対極で
あることは間違いないと思う。だが、騎士団派=王女派ではない様だ。ここがや
やこしい。
王子派でもなく王女派でもない。宰相ノルマン公の様に中立を公言してもいな
い、そんな宙ぶらりんの状況が今の騎士団、ひいてはシュタイン公の立場なのだ
ろう。この状況で騎士団上層部を拘束する王子派は、焦っている様にも見える。
王女が見つかるまでに、継承者として確固たる地位を築きたいのか。いずれに
しても王子派は有利だ。貴族の状況を直接みた訳ではないが、今のままなら王子
は継承者となる。
(それなら、なんでわざわざ騎士団の幹部を拘束するの?)
騎士団があからさまに反王子派ならば判るが、今のところそこまで立場を明確
にはしていない。なのに王子派が騎士団の反感をかう様なことをするのは何故な
のか。
(王女は生きてる?王子はそれを知っている?)
いくつもの仮説を考えてはみるが、うまく繋がらない。タビーは溜息をついて
ブラシを置く。
タビーがいるのは、騎士団の馬房だ。
自由にしていい、と言われたが、タダ飯を喰らう居候の立場は居心地がよくな
い。馬や武器取扱の自主練は許可されていたから、そのついでに馬のブラッシン
グや練習用武器の手入れをしている。
学院の馬と違い、騎士団の馬は気性が激しいものも多い。ブラッシングや蹄へ
のオイル塗布の時に蹴られそうになるのは当たり前だし、噛みつかれそうになる
のも1度や2度ではなかった。それでも馬と相対していると和む。
全てを終えた馬を引き綱で引き、馬房へ誘導する。この時も油断すると噛まれ
たり、暴走することもあった。いつも気を抜けない状況だ。
馬を馬房に入れ、柵を閉じる。
今日の分は終わりだ。
この後は騎士団内の図書室へ行くか、他の訓練をするか――――。
「タビー」
聞き覚えのある、そして待ちかねていた声。
「ひさしぶり」
「先輩……」
厩舎の入口に、フリッツ・ヘスが立っていた。
■
敵地で孤立した時、仲間を見つけると心強い。
独りでは後先考えず逃げることしか出来ないが、二人なら安全に逃げることが
できる。三人集まれば、無傷で逃げられる可能性があがるだろう。
そして、四人いれば。
「神よ!」
男がその部屋に入れられたとき、中には三人の同胞がいた。
「お前が来んなよ」
「あーあ、負けちまった」
「なんでアプトじゃないんだ」
出迎えにしては辛辣な言葉に、男は右眉を大きくあげる。
「誰が来ると思ったんだ」
「アプトだろ、順番から言って」
「もしくはファル」
「つまり、お前は招かれざる四人目ということだ」
口々に言う男達を鼻で笑って、四人目の訪問者は腰を下ろした――――床に。
「椅子も出さないのか」
「野営にくらべりゃマシだろ」
「というより、お前が来たら閣下は丸腰じゃないか」
「あの方はどうにかするだろう……それより、四人目が来たんだぞ?」
男達の顔をぐるりと見回す。三人は顔を見合わせ、苦笑とも諦念とも見える様
な表情を浮かべた。
「じゃ、まぁ始めますか」
「なんだか結果が見える様だが」
ぼやいた男は服の隠しから小袋を取り出す。
「親誰だ?」
「クノールでいいだろ、公平に」
「私か!親なのに何だか不安な気がする」
クノールは渡された小袋を開ける。中から出て来たのは使い古したカードだ。
器用な手つきでそれをシャッフルした彼は、手早くカードを配り始める。
「お前、息子は?」
「騎士団に置いてきた」
「おいおい、大丈夫か?」
「足手まといにはならん……ああ、お前の奥方と娘も保護されてる」
カードを配っていた手が一瞬止まり、再び動く。
「そうか」
「よく辿り着いたな」
「学院の小娘が連れて来た」
「小娘はないだろう、あの子は真面目そうだ」
クノールの手が止まり、残ったカードは真ん中に置かれた。
独りならとにかく逃げろ。
二人なら考えて逃げろ。
三人なら守って逃げろ。
――――四人なら、カードでもしていろ。
騎士団のくだらない冗談だが、これが案外正鵠を射ている。集団で逃げるには
微妙な数だし、ばらけるのもまた同様。潔く捕まっていろ、ということだ。
最も、相手を間違えるとそのまま死んでしまうが。
おとなしくしていれば危害を加えない相手なら、時には捕まってみるのも一手
である。
「真面目そうな方が怖いってな……」
その言葉に、クノールが不服そうに口を曲げた。手元で開いたカードを見て、
2枚ほど交換する。
「怖いってのは、お前の息子だよ。なんだあれ」
混ぜ返した男は1枚だけカードを交換する。
「あれとは何だ」
新しくやってきた男はすべてのカードを交換した。
「こぇえんだよ、毎日手紙送ってんだろ?有名だぞ」
四人目も全部交換する。これで一巡。
「毎日の様に手紙を送るというのも、まめだな」
「クノールは人が良すぎる。お前、気をつけないとヘスに全部むしられるぞ」
「むしれるものは持ってないから大丈夫だ」
それなりの年齢の男達が床に直接座り、カードをめくっている。端から見れば
おかしいが、本人達は至極真面目だ。
「まったく、俺たちをこんな所につっこみやがって」
ふてくされる男は大柄で、手に持っているカードが小さく見える。
「便所と風呂はついてるぞ」
「それ以外はどうなってんだ」
「そういやメシはまだ来ていないな」
再び一巡。カードをちらりと見た男がばさり、とカードを投げ出した。
「私の勝ちだな」
「うっそ」
「これだよ」
他の面々もカードを投げ出す。全てに絵柄が入っているカードは床に投げださ
れても色鮮やかだ。
「ヘスが入ると、直ぐ決着するからな」
カードを集めてシャッフルを始めたヘスに、クノールはぼやく。
このカードは、一般的なものではない。騎士団の中でだけ使われている。ルー
ルは普通のカードと同じだ。タビーが見れば、恐らくポーカーの様なものを連想
するだろう。
騎士達が暇つぶしに遊ぶカードは、野営や休憩のいい手慰みになる。金銭を賭
けるのは御法度だから、普段なら食事や某かの当番等が賭けられるのだ。
「さて、後は誰が来るか」
カードを配らず、手元で何度もシャッフルしながら、ヘスが呟く。
「もう来ないだろ。大半のヤツは騎士団に家族ごと避難してる」
「これ以上はな……残ってるのは、アプトとファルと」
「フランクもいるな」
「それだけか」
「暢気と陽気と無口か」
「いいよ、あいつらなら何とかすんだろ?それよりヘス、さっさと配れ」
右眉を上げたヘスは、だが無言でカードを配り始めた。
「閣下がなぁ……」
彼らは将軍でもあり、騎士団を統括するシュタイン公をそう呼んでいる。
「煮え切らないというか」
「待ってるんだろ、あれは」
「時間がないぞ」
「時間、なぁ……」
四人はめいめいに溜息をついた。




