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騎士団本部の入口が見えた。
タビーはほっとする。あともう少しだ。
マルグリットと子爵夫人は問題なく歩いている。学院生のマルグリットはとも
かく、子爵夫人も同じ様に歩けているのは、タビーにとって驚きだった。貴族は
馬車で移動する、だから長時間歩くのは無理だと思い込んでいたのだ。
「……大丈夫でしょうか」
「見張りはいない様ですね」
本部の裏口ではなく正面入口に回ったのは、見晴らしがいいからだ。裏口の方
が目立たないが、そちらには身を隠せる場所が多い。それよりは正面の方がマシ
だ。
あくまでゆったりと、タビーは進む。
正面入口には警備兵は6人、それ以外に歩哨が複数人立っている。巨大な門は
閉ざされていた。
入口近くまで来たところで、タビーは再度辺りを見回す。汗を拭うふりをして
確認した範囲では、近衛の姿はない。
タビーはふらついたふりをして、わざと入口側で倒れ込む。気づいた歩哨が慌
ててやってきた。
「女!何をしてる!」
誰何の声に恐縮したふりをして、タビーは地面に蹲る。後ろでマルグリットと
子爵夫人がおろおろしているのが判るが、これでいい。
「おい!聞こえているのか」
歩哨の一人がタビーのローブを引っ張り、顔を上げさせた。視線が合う。
「……」
歩哨は直ぐに気づいたのだろう。タビーを睨みながら、腕を引き上げた。
「怪しいヤツめ!持ち物を検める!」
「お、お許しください……」
わざと弱々しい声を出してみせた。
「そっちの女達もだ!おい、手伝え!」
他の歩哨を呼んだ男は、大きな門の横にある出入口にタビーを放り込んだ。
歩哨と警備兵に囲まれたマルグリット、子爵夫人も同様に。
後ろで出入口が閉まり、直ぐ側の小屋に連れ込まれる。
全員が小屋に入った所で、歩哨の男はタビーに向き直った。
「マーカムだ。手荒にしてすまない」
「いいえ、大丈夫です」
マルグリットと子爵夫人は手荒には扱われてないらしい。ほっとした。
「何があった……いや、いい。今、人を呼ぶ」
「ありがとうございます」
タビーはフードを取った。頬にあたる部分の内側には、クノール子爵から渡さ
れた徽章が簡単にではあるが縫い付けてある。
椅子を勧められたが、タビーは断った。驚くことに、マルグリットと子爵夫人
もである。自分に構わなくていい、とタビーは告げたが、彼女達は首を横に振っ
た。
少しして、細身の男が小屋に入ってくる。
「参謀付、エルヴィン・アンカーだ」
どこか神経質そうな眼差しに、タビーはフードの徽章を外し差し出した。
「タビーと申します」
「……この徽章の持ち主は?」
彼女は無言で首を横に振る。
「話を聞こう。こちらへ」
エルヴィンと名乗った男は、入って来た時と別の扉を開けた。タビーとマルグ
リット、子爵夫人はその後についていく。
騎士団本部は煉瓦がふんだんに使われた建物だった。余計な装飾はなく、だが
どこもきちんと磨き込まれている。すり減った床石に響く足音は硬い。
いくつもの角を曲がり、階段を昇る。騎士団本部でも相当奥だろう。
やがて辿り着いた部屋に、タビー達三人とエルヴィンが入った。椅子を勧めら
れ、今度は有り難く受け入れる。マルグリット達もタビーに倣った。
暫くして扉がノックされる。エルヴィンが応じると、恰幅のいい男が入ってき
た。
「お兄様……!」
子爵夫人の口から、悲鳴にも近い声が漏れた。
「アンナ、無事だったか」
立ち上がった夫人に駆け寄った男は、その体を軽く抱きしめる。
「無事で良かった。クノール卿は?」
「……」
無言で首を横に振った子爵夫人に、男は溜息をついた。
「やはり、か」
「お兄様」
「……大丈夫だ」
彼はその体を離すと、今度はマルグリットを軽く抱きしめる。そしてようやく
タビーへと向き直った。
「デッセルだ」
「タビーと申します」
タビーは最敬礼を返す。その姿に頷くと、デッセルはエルヴィンを振り向いた。
「アンナ……クノール子爵夫人とその娘を、部屋へ」
「承知しました」
エルヴィンに促され、二人はタビーを気にしつつも出て行く。
「礼を言う。二人を連れて来てくれて、ありがとう」
タビーは何も言わず、再度礼を取った。参謀付のエルヴィンに指示を出せると
いうことは、デッセルと名乗った男はかなりの上層部にいると考えられる。
「楽にしてくれ」
促され、タビーは向き直った。デッセルがまず座り、促されて彼女も椅子に腰
掛ける。
「クノール卿は?」
「屋敷を出た段階では、まだ拘束はされていませんでした」
「……近衛か」
「門前にいたのは近衛が数名と、馬車が1台です」
「執事は?」
「お二方は領地に帰還したと、そう言う様に子爵夫人が言い含めました」
「そうか」
デッセルは安堵の溜息をついた。
「では、卿は既に拘束されているな?」
「子爵様は『出頭するだけだ』と仰ってましたが」
「体の良い軟禁だ」
不機嫌に鼻を鳴らした男は、それを恥じるかの様に自らの顎を撫でた。
「タビー、君は……子爵家の家人ではないな?」
「学院生です」
「マリーと同級なのか」
「いえ、私は魔術応用の二年目で」
「ふむ」
沈黙が落ちる。タビーは辛抱強く相手の出方を待った。
「クノール家には何の用があったんだ?」
「先輩に連れてこられました」
隠すつもりはない。
「マリーに?」
「いえ、魔術応用の先輩で……フリッツ・ヘスという人です」
「あー」
その名に聞き覚えがあるらしい。デッセルは額に手をあてた。
「完全に巻き込まれたな」
「……だと思います」
フリッツはタビーをクノール家に渡して以来、姿を見せていない。何処で何を
しているのか気にならないと言えば嘘になる。
「今、学院は講義が中止になっている。大半が貴族だからな……領地に戻ってい
る者も多いようだ」
「そうですか」
「戻る場所のない連中は、寮で待機している」
「私もできれば、寮へ戻りたいのですが」
駄目元で頼んでみたが、やはり首を横に振られた。
「ここに入ってしまった以上、帰るのは勧められない」
「……」
判っていたことだったが、溜息を止めることはできない。気の毒そうに見られ
ているのを感じた。
「せめて、学院に連絡はできないでしょうか。その、届出とか出していないので」
「ヘスが関わってるなら、その辺りは問題ない筈だ」
タビーは沈黙した。デッセルの言うヘスとは、フリッツではなくその父だろう。
「私は、どうすれば」
「まぁ、暫くはここで様子見だな」
その期間はいつまでなのだろう、聞いた所で答えは返ってこない気がした。
「とにかく、ここにいればいい」
デッセルは慰める様な口調でタビーに告げる。
「外には出せないが、騎士団内にも色々な設備がある。利用してくれて構わない」
「……わかりました」
これ以上の譲歩は望めないだろう。タビーとて、必要最低限のものしか持ってい
ない。このまま騎士団の外に放り出されても、学院までの道が安全とは限らないの
だ。
「お世話になります。よろしくお願いいたします」
立ち上がったタビーは、深く頭をさげた。




