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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
王女と継承
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 後宮には正妃や側室、成人していない王子や王女が住む。

 王子ルーファンは既に成人しており、離宮の一つに住んでいた。王女ルティナ

は成人していないため、後宮の一角に部屋を持っている。


 その部屋から、王女は忽然と消えた。


 腹心である女官や侍女は何も知らず、書き置きもない。後宮は大騒ぎになった

が、彼女の母である正妃はこの件を秘匿した。


 だが、後宮には様々な者がいる。


 今現在、王妃から生まれたルティナと側室から生まれたルーファン、大きくわ

けてこの二派が後宮内の勢力とされていた。王女の失踪は王子派から漏れ、貴族

達はどちらにつくか品定めを始める。


 近衛を中心に王女を探しているが、未だ見つけるどころか手がかりすらない。


 騎士団の上層部も王女失踪の情報は掴んでいたが、命令がなければ動くことす

らままならないのだ。そして、騎士団を統括し、三公の一角であるシュタイン公

爵は動こうとしなかった。


 これに乗じて、王子ルーファンの一派は継承者は王子であるという事を声高に

主張し始める。日和見の貴族達は、それを聞きながらどうすれば自分が有利にな

るかを計算し始めていた。



 フリッツの失踪は、学院側に報告されていない。

 正確には、寮監であるカッシラーの所で止まっている。フリッツが講義を欠席

するのはよくあることなので、各講義の教官達も気にしていない。今はそれがい

い方向に動いている。


 そして、騎士寮の寮長であるヒューゴと副寮長であるタビーは、カッシラーに

呼び出されていた。


「まぁ、座れ」


 騎士専攻課程の教官達が共同で使う部屋らしいが、現在はカッシラーのねぐら

の様になっている。本来、寮に住む寮監だが、教育上一緒に住むのはよくない、

という持論から、ここに寝泊まりしているという。

 思った程散らかってもおらず、男の独り暮らしというものにやや偏見を持って

いたタビーは驚いた。居心地もよさそうだ。


「フリッツは、今、ちょっと家に戻ってる」

「家、ですか?」

 ヒューゴとタビーは顔を見合わせる。

「ああ、理由は聞くな。俺は言えないし、そもそも知らない」

「知らない?」

「言えない事は聞かない主義なんでな」

 肩を竦めたカッシラーは、嘘をついている様ではなかった。

「……無事なんですか」

「無事なんだろ?何かあったら連絡が来るだろうし」

「講義とかは問題ないのですか?」

 ヒューゴの問いにカッシラーは頷く。

「元々真面目に講義に出ていないからな。試験さえ受けりゃ大丈夫だ」

「……受けられるんでしょうか」

「知らん」

 俺は魔術応用の教官じゃない、と言い切ったカッシラーは、椅子に背を預けた。

「ま、そういうことだ。帰ってよし」

「……」

 ヒューゴとタビーは再び顔を見合わせる。だが、これ以上はどうしようもない。

 カッシラーに一礼すると、教官室を出た。


 そのまま無言で寮に向かう。


「……家に、聞いてみる」

 ヒューゴはぽつりと呟いた。

「ヘス家とは親同士、面識あるから」

「聞いてどうするの?」

「どうする、って」

 ヒューゴは立ち止まる。

「……どうするんだろう、俺は」

 考えてなかったのか、と、タビーは溜息をついて振り向いた。

「先輩は普通じゃないから。寮長の責任感だけで調べるのは止めた方が良い」

 毎日毎日恋文を渡し、講義をさぼって騎士専攻の講義を盗み見し、実習である

遠征にまでついていったのだ。普通の思考では理解できない。

「だが……」

「ごめん、他の件はいいけど、先輩の件については協力できない」

 関わりたくないというのが素直な気持ちだ。家の事情等ということなら尚更。

 貴族には貴族の何かがあるのだろう、タビーにはわからない何かが。

「……」

 彼女がそこまで言うとは想像していなかったのだろう、ヒューゴは驚いた様だ。

「心配ではないのか」

「これが先輩以外だったら、心配するけど」

 とにかく心配することそのものが無用である、とタビーは続けた。

「先輩は首席で特待生で貴族様。私たちが理解できる人じゃないよ」

 本当は『変態』も追加したかったが、流石に我慢する。

 歩き出したタビーの後を、ヒューゴが追う。

「何か……危険な事になっていないといいんだが」

 家に聞く、というのは諦めたらしい。正直ほっとした。余計な事に首をつっこ

むのは無謀だ。

「大丈夫、たぶん」

 フリッツはタビーの手助けなどいらない。必要なら最初に押しつけられる。

 ヒューゴはまだ納得がいかない様だったが、彼女の言葉を信じたのだろう。

「……試験までに、戻ってくるのか?」

「さぁね」

 戻って来なくてもおかしくない。それで留年しようと退学になろうと、彼はい

つもの如くくねくねしつつも、飄々としているのだ。


 ――――心配する必要は、ない。



 ダーフィトは、英雄伝説の残る国だ。

 この国の大半が魔獣や魔人に襲われ、残すは王都だけになった時、どこからと

もなく英雄が現れ、国を救ったという。

 その時に功績を残したのが、シュタイン、ノルマン、ディヴァインの三公。

 三公の下にはそれぞれ付き従う貴族達がいる。長い歴史の中、勢力を変化させ

ながら、三公達は国を守って来た。


 その一角、シュタイン公は騎士団を統括する将軍でもある。


「閣下」

 書類を眺めていた彼は、呼び声に顔をあげた。

「まだ、見つからない様です」

 初老の騎士が述べた言葉に、シュタイン公は指で机を叩く。彼の癖だ。

「そうか……引き続き、監視を怠るな」

「はい」

 騎士は引き下がり、公は書類へ目を落とす。


 王女ルティナの失踪は、まず近衛を統括するディヴァイン公に知らされ、そこ

からノルマン公、最後にシュタイン公へと伝えられた。順番に拘るつもりはない

が、ディヴァイン公派がこちらを軽んじているのは判っている。元々、近衛をま

とめあげるディヴァインと騎士団をまとめるシュタインの関係はあまりよくない。


 王女の失踪について、国王は何も言わなかった。捜せ、とも捜すなとも。

 国王の思惑を計りかねているのは、誰もが同じだろう。国王は王女の聡明さを

愛していたし、王女もまたその愛情に応え、王たる資質を示してきた。

 だが失踪の一報を受けて、王は何も言わなかったのだ。近衛だけはそれを聞き

入れる訳にはいかず、単独で捜索を行っているが見つからない。


 このことから、王女の身を案じた王が、いずれかに身を隠す様に伝えた可能性

もある。だとしたら、王位継承者として選ばれるのは王女の可能性が高い。

 だが、王子とて凡人ではないのだ。帝王学を身につけ、成人してからは治政に

も参加している。やや貴族派よりの姿勢ではあるが、後継者として申し分ない。

 

 王子には、ディヴァイン公がついている。

 権力に群がる雀の様な貴族達は、中立を名言しているノルマン公よりも、未だ

旗幟を明らかにしていないシュタイン公に注目しているのだ。

 どちらにつけば、うまみがあるのか。

 宮廷雀たちの思惑とは裏腹に、シュタイン公は沈黙を守る。


 こつん、と硬い音が部屋に響いた。シュタイン公は顔を上げる。

 将軍の執務室にある本棚が、ゆっくりと動き出した。


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