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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
王立学院へ
8/1043

08

 ダーフィトの春は遅い。

 学院の入学試験が終わり、ちょうど1ヶ月半。道にはまだ雪が残り、吹雪くこ

ともある。

 

 そんな時期、タビーの合格通知が届いた。


 試験の感触は悪くないと思っていたが、試験は人数に左右される部分もある。

 優先入学である貴族の子ども達がどの程度いるかは判らなかったが、予想以上

に多ければ厳しくなるだろう。ほんの僅かな点で不合格になることもある。

 

 そんな期待と不安の日々ともお別れだ。


「おめでとう、タビー」

 商業ギルドへ報告に行くと、滅多に表へ出て来ないギルド長代理が出て来た。

「とても良い成績だったと聞いたよ。私たちの推薦は間違っていなかったね」

 推薦の関係で、ギルドへも成績が通知されたのだろう。少々気恥ずかしい。

「推薦を頂いたお陰です。ありがとうございます」

 如才なく笑う代理に、タビーはひたすらお礼を言う。

 「卒業が楽しみだよ。君ならきっと、いい結果を出してくれると信じてる」

 ギルドとて誰にでも推薦状を書くわけでは無い。学院に入ったものの、悲惨な

成績で退学や留年を繰り返す者が出れば、ギルドの評価が下がる。

 タビーはギルドの依頼で問題を起こすことはなかったし、商人達の間でも評判

は良かった。忙しい時期には指名で仕事があったくらいである。だからこそ、ギ

ルドはわざわざ推薦状を認めたのだ。

 

 また、ギルド推薦を受けた者は、学院卒業時にギルド用の研究を提出する必要

がある。有り体に言えば、ギルドの利益になる案なり何なりを推薦の対価として

出せ、ということだ。

 

「代理、喜んでばかりはいられないですよ」

 受付の若者が苦笑しながら続ける。

「タビーの代わりはいないんですから。お得意さんをどうします?」

「おお、タビー!」

 代理は大げさな身振りで額に手を当てた。

「哀れな私を救ってくれないかね?」

 若者とタビーは顔を見合わせ、笑い出す。

 ひとしきり笑った後、タビーは笑いすぎで目尻に浮かんだ涙を指先で拭く。

「休みの期間は、こちらこそお願いすると思います」

「是非頼むよ。短時間でもいいから」

「ありがとうございます」


 初めてギルドに来たのは6歳の時だった。ギルドで仕事が出来る最低年齢でこ

こにきて、早4年。あっという間だったが、色々な経験が出来たのもここに来た

からだ。

「入学までは忙しいんだろう?」

「はい、でもできる限り仕事はしたいと思います」

「特待生でしょう?学費は大丈夫じゃないの?」

 受付の若者に言われて、タビーは頷く。

 合格通知と一緒に、特待生の待遇が伝えられた。タビーは、選ばれたのだ。

「でも、何かあった時にはお金が必要だと思いますし」

 支度金も貰い、教材代も掛からないが、特待生は半年毎に査定がある。もし特

待生から落ちたら、学費は自腹だ。努力はするが、万が一に備える必要もあるだ

ろう。

「そうだな。お菓子や甘いものを買いたい事だってある」

「代理、それしか思いつかないんですか……」

「はは、まぁ金は重要だ」

 ここは商業ギルド。金の大事さは誰もが身をもって知っている場所だ。


「さて、タビーにはご褒美だ」

 代理が若者に頷くと、彼は受付の奥から大きな包みを出してくる。

「学院でも頑張るんだよ」

 一度受け取り、改めて代理からタビーにそれを差し出す。

「だ、代理、これ……」

「貰っておきなさい、先行投資だ」

 促されて開けてみれば、綺麗に染め上げられた布だった。色は紺と黒、そして

白い絹が別にひとつ。

「学院に行けば、必要な事もあるだろう。これで仕立てなさい」

「代理……」

 学院には制服というものはない。ただ、貴族や裕福な家庭の出身者が勉学にそ

ぐわない服装をしない様に、簡単な服装規定がある。

 女生徒は平素は紺色か灰色のワンピースにブラウス。丈も決まっている。

 入学式や卒業式には黒のワンピースに白のブラウス。1点までアクセサリーが

許可されていた。

 代理から渡された布は一目で上等なものとわかる。その心遣いが嬉しかった。

「ありがとうございます」

 タビーは深く頭を下げた。

「頑張ります。今後も、どうかよろしくお願いします」

 この気持ちを忘れてはいけない。選ばれたのはタビーだが、選んだ人もまたこ

こにいて、彼女に期待している。

「君の成長を、楽しみにしているよ」

 代理は珍しくにこやかに笑って、彼女の肩を軽く叩いた。




 冒険者ギルドと違い、商業ギルドは四六時中忙しない雰囲気が漂う。

 タビーの出て行った扉を見ながら、代理は軽く溜息をついた。

「あの子は、大人だね」

「そうですね」

 受付の若者が相槌を打つ。

「学院で、少しでも楽になれればいいが……」

 子どもだと言うのに極力人と関わらず、友人という存在を作っていない彼女を

代理はいつも危惧していた。

 商売は、人間関係が重要だ。

 今後もギルドでやっていくつもりなら、今のままではまずい。敢えて友人を作

らないのか、何らかの事情があるのかは詮索をしなかったが、学院へ行くという

彼女の選択は最良のものだと思う。

 無論、戦力を失うことは痛かったが。

「卒業が、楽しみだな」

 今は、彼女の旅立ちを祝うことにする。

「そうですね」




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― 新着の感想 ―
[一言] 改行がすごい気持ち悪いのは演出なの?
[気になる点] 今後もギルドでやっていくつもりなら、今のままではまずい。敢えて友人を作 らないのか、何らかの事情があるのかは詮索をしなかったが、学院へ行くという 彼女の選択は最良のものだと思う。 文…
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