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実習へ向かう途中、見覚えのある姿を見かけた。
群青色の長い髪は後ろでまとめられている。華奢な体型は、あの時と変わらな
い。
ザシャ・バーデン。
ひと目では判らなかったが、歴とした『彼』らしい。海を越えたノルドという
国の出身で貴族、人形の様に整った顔は感情をそれ程表さないと聞く。
『この前は、ありがとうございました』
彼を見つけた日から数日後、わざわざ教室までやってきた彼は、タビーに礼を
告げた。
ああ、いや、とか戸惑ってるうちに、彼は去ってしまったが。それでも同期生
の好奇心を煽るには充分だった様で、結局根掘り葉掘り聞かれたのだ。
とはいえ、タビーが知っているのは助けた時の事と、その容姿くらい。彼の名
前も実は同期生から教えてもらって知ったのだ。
成績も相当優秀らしく、基礎課程の講義では物足りず、連日図書館に通って難
しそうな本を読んでいる。
誰もが声をかけたい、かけられたいと望むが、彼が友人を作る気配はなさそう
だ。貴族であれば人脈の大切さは判っているだろうに、変わり者なのだろうか、
というのが最新の彼の噂。
そんな彼も教室移動なのだろう。教本を持っているのが見えた。
「タビー?どうしたの?」
同期に声を掛けられて、タビーは振り向く。
「ううん、ちょっと考え事を」
「遅れるよ」
「うん、ありがとう」
タビーはザシャから視線を外し、歩みを早める。
最後に振り向いた時、その姿はもう何処にもなかった。
■
ディールから助言を貰ったとおり、今期のタビーは実習を優先している。必修
科目以外は殆ど実習だ。実習といっても、薬術応用の様に室内で薬を作る事が
多いものから、共同実習1の様に他専攻と共同の屋外実習まで幅広い。
基本的に魔術師は後方支援になる。
巨大な魔術を展開し攻撃するときには最前列に出る事もあるが、着弾位置も調
整できるくらいになると、後方からの攻撃の方が安全だ。
魔術師は『騎士が守りやすい行動をとる』必要がある。
騎士は『魔術師の攻撃を阻害せずに守る』事が必須だ。
その為、互いが連携を取らなければならない。騎士専攻との共同屋外実習は、
連携や守備法が重要視される。
「展開が速いぞ!」
タビーは地面に描かれた円の中にいた。前方に騎乗した騎士専攻の生徒が何名
かいる。
「穴が空いてる!魔術師を死なせるつもりか!」
騎士専攻の教官は、怒声を浴びせた。タビーは魔術を使わずに立っているだけ
だが、その真横を敵方と想定された騎馬が駆け抜けていく。
タビーがいるグループの、負けだ。
訓練でなければ、今頃タビーは死んでいる。内戦の可能性は低いと言われてい
るが、いつそういう事が起こってもいい様にしなければならない。
「悪ィ」
馬から降りた騎士専攻の生徒が、タビーに声をかけてくる。
「大丈夫、次は頑張ろう」
「おう」
騎士寮で生活を送っているタビーは、魔術応用の同期生より騎士専攻の生徒達
の方が馴染みがあった。同期は馬や騎士専攻の教官を怖がる者もいるが、その点
は問題ない。唯一、馬が走る時の砂埃だけが大変と言えば大変だったが。
「次っ!」
素早く場所を入れ替わる。見学席はやや高めに位置していて、そこから見ると
馬の流れがよく判った。
「右が強いな」
「そう?左が勝つと思うよ。側面から」
タビー達のグループはタビーの周囲に集まり、訓練用の馬場を見下ろす。
「入った」
大きく方向を変えていた左側のグループが、側面をつく。守備の馬を反転させ
ようとした右側のグループは、だが間に合わない。
「そこまで!」
教官の声が響く。
「側面も後方も守るとなると、手前が薄くならないか?」
「そうだな、さっきみたいに間を抜かれる」
「抜かれない様に馬を合わせるとか?」
「衝突すんだろ」
ああでもない、こうでもないとやっている間に、実習を終えた組が同じく見学
席へと上がってきた。そちらも別の場所で討論を始めている。
この共同実習講義を取っている魔術応用の生徒は少ない。女子はタビーだけだ。
だからといって甘く見て貰える訳もなく、タビーは必死で頭を捻る。
「私は動けないからなぁ」
「うーん、円から出ないってのは難しいな」
守られる側であるタビーは、円の中にいなければならない。危険だからと魔術
師が飛び出せば、騎士達もついていく事になる。飛び出していいのか、悪いのか、
判断が出来ないまま突っ込めば、騎士も魔術師も共倒れだ。
「いっそのこと、円にそってタビーを囲むか」
「輪乗りじゃんか、それ」
「でも、突っ込まれることは避けられるだろ?」
「一点集中で蹴散らされるよ」
全員で唸る。守るのも守られるのもなかなか難しい。
「武器で食い止められれば」
「人間なら大丈夫だけど、魔獣だったら?」
顔を見合わせる。ここにいる者は全員、魔獣討伐に参加していた。ラヴィの早さ
をその目で見ている。
「魔獣相手だったら、真っ正面からぶつかるのはなぁ」
「取りあえず回避しないと」
「でもって、タビーには逃げてもらう」
「魔術師がいる意味がない……」
ぼやいたタビーに、騎士専攻の面々は笑う。
「教官が速い、って言ってたから、多分そこが問題なんだろうな」
「だけどあれより遅かったら展開間に合わなくないか?」
「次は試してみるか」
「そうだな、今より少し遅くして……」
どの位で合わせるかを確認しあう。タビーは今のところ、立っているだけだから
特に合わせる事はないが、馬の動きを見ているだけでも勉強になる。
「実際は魔術師も防御するだろうけどなぁ」
「防御魔術が間に合わなかったらどうするんだ」
「間に合うって。な、タビー」
「さぁ」
どうだろう、とはぐらかす。
騎士が守ってくれるから、魔術師が魔術を展開するから、と油断すれば、どこか
で噛み合わなくなる。その点は実習前から教官に、口を酸っぱくして言われていた。
「とにかく、私はみんなの邪魔にならない様にするから」
「そうだな、俺たちは魔術師を守りきる」
頷いたところで、タビー達に声がかかった。実習の順番が回ってきたのだ。
「よし、もう一度頑張るぞ!」
勇んで駆けていく騎士専攻の皆を覆うとして、タビーは人影に気づく。
馬場の入口にある小柄な人物は――――。
「あれ……」
「おおい、タビー!早くしろ!」
「あ、はい!今いきます!」
もう一度入口の方を見る。だが、その姿はもう見えなかった。
不思議に思いつつも、タビーは足を早める。
(なんだったんだろう)
今の時間、彼がここにいるはずはない。だが、あの印象的な髪や華奢な体を見間
違えるとも思えないのだ。
(気のせい?)
どこかもやもやする気分を抱えたまま、タビーは訓練馬場へ足を踏み入れた。




