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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
幕間 その1
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71


 学院の卒業式は、厳かな雰囲気で行われる。

 父兄参列は基本的にないが、講堂の観覧席はこの日と入学式のみ、誰でも座る

事ができる。最前列中央には、着飾った婦人や立派な服装を身に纏った紳士がい

た。恐らく貴族なのだろう。


 タビーは観覧席の端にいた。こちら側からは騎士寮の面々がよく見える。

 隣にはフリッツ。ちなみに、おそらく最後になるであろう伝書鳩の様なおつか

いは朝の内にすませた。結局最後まで、ごみ箱直行は変わらなかったが。


 前世の様に卒業証書を全員に手渡す、ということはない。各専攻の首席と次席

が表彰されるだけだ。騎士専攻ではアロイスとライナー。見慣れた姿なのに、ど

こか眩しく見える。フリッツはラーラを見つめたままだ。


「ちょっと遅かったかなぁ」

「何が」

 タビーの呟きを、フリッツは目を逸らさずに聞く。

「もう少し生まれるのが早かったら」

「建設的ではないね」

 彼女は唇を尖らせた。アロイスやライナー達と同期だったら、今よりももっと

楽しかった気がする。


 式典は粛々と進んだ。在校生代表の送辞を受け、全専攻を代表したアロイスが

答辞を述べる。低くしっかりとした声は、静かな講堂に深く響いた。


 卒業生達は、これから各々の道へと進む。

 騎士専攻課程は全員が騎士団へ入団、魔術応用は王宮へ出仕する者、研究者に

なる者、店を開く者と様々、財政専攻は大抵が官吏になる。貴族の嫡子であれば

官吏として経験を積んだ後結婚、爵位継承となるのだろう。教養専攻は大抵が結

婚する。


 タビーも早く卒業したかった。必要な知識を得て、旅にでる。そうして自分の

居場所を見つけたい。

 卒業まであと3年ある。3年後、自分が卒業生としてあの中にいることを、ま

だ想像できなかった。


 式後、騎士寮の面々は即騎士団へ入団となる。明日からは騎士として働くのだ。

 式が終わり、退場する卒業生達が立ち上がった。タビーも慌てて立ち上がる。

 訝しげに見ている父兄や下級生を尻目に、観覧席の重い扉を開け外へ駆け出す。

 

 別れの言葉は、朝かわした。

 だが、心の整理はまだついていない。


 階段を飛び降り、見送る人々の後ろを駆け抜ける。息を切らしながら、ようや

く学院の入口まで辿り着いた。騎士寮の面々はここから騎士団へ直行する。流石

にここまで来る者は少ない。遠くから、ざわめきが聞こえた。騎士寮の面々が出

てきたのだろう。

「まったく、そんなに急がなくても」

 走りはしないが、だが早足で辿り着いたフリッツは、わざとらしく溜息をつい

た。

「別に、一緒に来て欲しいなんて言ってませんよ」

「確かに」

 くつくつ、とフリッツは笑う。悲しくないのだろうか、ラーラも出ていってし

まうのに。

 怖い応えが出て来そうだから、聞こうとは思わないが。


 卒業生の先頭が見えた。アロイスだ。


 初めて学院に来た時、アロイスに担ぎ上げられて寮へ運ばれた。

 ヒジャの仔が生まれたときは、朝から大騒ぎをして迷惑をかけて。

 ラヴィに襲われた時は、助けに来てくれた。

 それだけではない、稽古もつけてくれたし、不便がないか随分気にかけて貰っ

てもいたのだ。

 

 胸が一杯になる。


 アロイスの姿が近づいてきた。近くなった筈なのに、何故かぼやけて見える。

 門の所に佇むタビーとフリッツに気づいたのだろう、アロイスが軽く手を上げ

た。無表情とまでは行かないが、あまり大きく表情を動かさない彼が、少し優し

そうに見える。卒業が嬉しいのだろう。明日、否、今日この門を出て騎士団の門

をくぐれば、彼らは騎士となる。


 卒業生達は、式典修了後速やかに騎士団へ出頭する様命ぜられていた。

 だから、タビーの前で止まる事は無い。


「先輩!」


 だが、声をかけることは自由だ。


「おめでとうございます」


 震える声に、アロイスは頷き、ライナーは笑った。見慣れた騎士寮の面々も、

照れくさそうに、だがどこか誇らしげに。


 目の前を彼らが通り過ぎていく。


「ありがとう……ありがとうございました!」


 声をあげる。アロイスもライナーも振り向かない。他の皆も。

 ラーラとイルマがいた。二人ともフリッツに頼まれてタビーが作った髪飾りを

つけている。タビーの姿をみて、彼女達は微笑んだ。きれいだと、思う。

 騎士寮の卒業生全員が、門を出る。たまらずに駆け出しそうになって、フリッ

ツに引き留められた。外出許可証がない者が、門の外に出ることは許されていな

い。


 そして、今日だけは在校生の外出が許可されないのだ。


「先輩……先輩!」


 声をあげる。


「アロイス先輩!ライナー先輩……イルマ先輩、ラーラ先輩ッ!」

 名を叫ぶ。

 彼らだけではない、卒業していく騎士寮の面々の名を。


「いつか、いつか……」


 また会えるだろうか。

 そうではない、会いに行くのだ。

 ――――アロイス達が驚く位、立派な魔術師になって。

「先輩……」


 ぼたぼたと涙が零れた。嗚咽を上げるタビーの横で、フリッツはただ彼らを見送

る。

 その姿は、まもなく見えなくなった。

 掌で涙を拭う。手袋に涙の染みがついた。


「先輩……」

 許されるなら、追いたかった。騎士団の門まで見送りたいとさえ。

 だが、以前それが過熱し、騎士団の業務に支障が出る様になってから、在校生の

見送りは学院内のみとされている。

 他の課程は今日はのんびりと最後の日を過ごし、明日からそれぞれの道を進むと

いう。せめて騎士団もそうであればよかったのに。


「どうしよう……」

「何が」

「乗馬も全部教えて貰ってないし、お礼も言えてないし、稽古もまだまだだったの

に」

 震える声で茶化す様に呟く。

「自習だな」

「ですよね」

 判っている、あの短い時間でタビーが馬を乗りこなせる様になる訳がないし、杖

の扱いだってまだまだだ。そんなことは判っている、だが言ってみたかった。

「君は」

 フリッツは笑う。

「君は、子どもの様だな」

「はァ?」

 揶揄する様な言葉に、タビーは思わず素っ頓狂な声を上げた。

「置いていかれる子どもの様だ」

「……馬鹿にしています?」

「素直にそう思った」

 膨れたタビーの肩をフリッツは軽く叩く。

「先輩は」

 彼女は歩き掛けた彼の背に呼びかける。

「ラーラ先輩がいなくなって、寂しくないんですか?」

「さてね」

 思った以上にあっさりとした応え。聞いたタビーが逆に怯む。

「でも、僕に笑いかけてくれたし」

「え?」

 それはフリッツではなく、自分に微笑んでくれたのではないか、と言いそうにな

る。

「それに、騎士団に手紙を送るのは別に規制されていないから」

「……」

 タビーの伝書鳩役は無くなったが、手段が変わっただけの様だ。

「一生の長さと、数年の差。考えるまでもないでしょ?」

 相変わらず我が道を進むフリッツの言葉に、タビーは涙の後が残る顔で笑う。


 アロイス達が卒業するのと同じく、タビーも魔術応用課程の2年になる。

 時は、等しく流れるのだ。


 タビーは、もう姿も見えない卒業生が出て行った門を見上げる。

 あと数年。その間に学べる事はすべて学んでおくのがタビー自身のためにもなる

のだ。

「頑張ろう」

 呟いて、タビーは掌をぐっと握りしめた。



 寮長であるアロイス、副寮長であるライナーが卒業し、騎士寮は新しい体制へと

移行していく。

「タビー、教官呼んでる。談話室な」

「ありがとうございます」

 寮で声を掛けられた。礼を言って談話室へ向かう。


 卒業にあたって、ライナーは副寮長の仕事をタビーへ引き継いだ。騎士専攻では

ない者が副寮長になるのは初めてだという。


『タビーなら、大丈夫だから』


 そう言われて引き継いだが、実際は緊張しっぱなしだ。


「タビー、部屋割りこれでいいぞ」

 談話室に行けば、カッシラー教官が中央の席を占めている。めんどくさそうに目

の前の書類を見ている彼は、今年もまた騎士寮の寮監だ。


「ありがとうございます」

「というか、お前達の考えでやっていいんだぞ」

「そういう訳にはいきません」

 横から声が掛けられた。

「お前もクソ真面目だな。アロイスのヤツが選んだだけあるわ」

 そこに立っているのはヒューゴ・ギルベルト。タビーの同期で、今度騎士専攻課

程2年に進級する。

 貴族の彼は、ついこの前まで貴族寮にいた。だが随分前から騎士寮への転寮を希

望していたらしく、今回ようやく部屋の調整がついたので移動してきたのだ。

 貴族寮では1年の監督生を勤めていたという彼を寮長に決めたのは、アロイスで

ある。

 騎士寮の慣例も何も知らないヒューゴが寮長になったのは、騎士寮の面々がアロ

イスの後釜に入る事を尻込みしたせいだ。ここ数年、騎士寮はアロイスの下でまと

まり、問題を起こすこともなかった。血の気が多く、言い争う位なら殴り合う方が

早いという者も少なくない。アロイスという絶対者がいるから、抑えられていたの

だ。その後釜はなかなか厳しい。

 

 最初に話が来た時ヒューゴも辞退したそうだが、となるとタビーが寮長に、とい

う案が現実的になる。細かいことに拘らない騎士寮だが、流石に寮の代表が騎士専

攻課程の者ではない、というのは情けない。

 周囲の説得を受け、どうにかヒューゴが寮長についたのだ。騎士寮の慣例等はタ

ビーもフォローができる。基礎課程の頃には色々あったが、タビーも協力するつも

りだ。


「あとは何だ?あ、これはお前の判断でやっていいわ」

 数枚の書類をヒューゴに押しつけ、カッシラーは次の書類を手に取る。

「は?ヒジャの種付け?おいタビー、コレはお前な」

「教官……お金がかかるんですよ、それ」

「はぁ?ヒジャの一発に金払うのか?俺だって貰ってないぞ」

 下品な物言いもタビーは受け流す。騎士寮にいればこの程度の物言いは良くある。

 タビー自身に対する発言で無い限り、彼女は気にしない。

「しょうがねぇな、取りあえず1頭にしとけ。若い方な」

「はい」

 書類を貰う。教官が許可すれば、寮の予算から費用を払う事ができるのだ。

「ベッドの修復に屋根の補修に廊下の穴あき……って、あの連中、寮を出て行く置

き土産にしたんじゃないだろうな」

 カッシラーが毒づくが、本音でないのは皆が知っている。元々騎士寮は古い。学

院が貴族以外の子女を受け入れた時に作られたものだ。以降、代々の寮生達が自力

で、時には外部の手を借りつつ修復し、使ってきた。

「屋根はそろそろ、自力では難しそうですよ」

「見たのか?」

「頑張りました」

 タビーがそう言うと、カッシラーは溜息をつく。

「そういうのはヒューゴにやらせとけ。落ちたら死ぬぞ」

「次回からはそうします」

 いい加減補修が追いつかなくなった屋根を、タビーは震える足で見てきた。命綱

はついていたが、あの高さは流石に怖い。へっぴり腰どころか、四つん這いでどう

にか確認したのだ。

「まぁ、寮全体が古いしなぁ。これはちょいと学長と話し合うわ」

 補修の案件はひとまとめにされ、カッシラーの手元に残される。


「さて、こんなもんか」

「そうですね」

「じゃ、受け入れ準備だけ頼むわ」

 来月頭には、基礎課程から騎士専攻に進んだ生徒達が移動してくる。既に部屋割

りは済ませているが、それ以外の受け入れ準備もあった。短い休暇だが、忙しい時

期でもある。

「明日は何時頃に来られますか?」

「はァ?お前、俺に明日も来いっていうのか!?」

 ヒューゴの言葉に、カッシラーは心底驚いた様に見えた。

「はい」

「ないな。それはない。次に俺が来るのは三日後。緊急なら教官室に来い」

「しかし」

 言いかけたヒューゴの腕に、タビーが手を添える。それに気づいた彼は口を噤ん

だ。

「おお、さすが女房役だな。副寮長」

「教官、二日後にお待ちしていますね」

 タビーが淡々と告げる。

「……お前、そんな性格だったか」

「三年間も騎士寮にいれば、磨かれます」

 カッシラーは苦笑した。とりあえず二日後には来てくれる様だ。

「ありがとう、タビー」

 教官を見送ったヒューゴが告げるのに、彼女は慌てて首を横に振った。

「気にしないで、私の方がここに慣れてるってだけだから」

「そうか。だが屋根を見に行くのは危ない。次からは俺が行く」

「そうだね、お願いします」

 応えつつ、タビーは内心驚いている。ヒューゴが『俺』というのを初めて聞いた

様な気がした。以前も聞いたかもしれないが、その時と随分違うのだ。以前よりも

声は低くなっているし、落ち着いている様に聞こえる。


(みんな、変わっていくんだ)


 時は等しく流れるが、それをどう生かすかは個人個人で違うのだ。

 基礎課程のことが、今では懐かしい。貴族だ派閥だで揉めていたのが、随分前の

様にも思える。

 タビーの時も、そうやって過ぎているのだ。


(もっと、頑張ろう)


 自分が目指す魔術師になるために。

 タビーは、己への誓いを新たにした。



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