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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
幕間 その1
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 タビーは薬を練っていた。

 教官の許可を貰い、実習室の一つを貸して貰っている。

 大きめの鍋には薬草と、水。一番最初に教えて貰った簡単な傷薬だ。


 薬草と濾過した水を混ぜ、魔力を注いで練っていく。最初、あれほど苦戦して

いたのに、今は簡単にできる。これがコツを掴むという事なのだろう。


 神官から貰った袋の仕分けは遅々として進まない。思った以上の薬草が混ぜら

れていた。色と形で分類はできたが、その先が行き詰まっている。

 そうこうしているうちに今年度の騎士団入団試験の合格発表があった。


 全員合格。


 成績の出来不出来はあるが、合格は合格である。

 そして、合格の知らせは別れの知らせだ。


 タビーは残り、彼らは新たな舞台へと旅立っていく。取り残される気持ちはあ

るが、皆が目標である騎士団入団が出来たのだ。ここは寂しいと嘆くより祝福す

べきだろう。

 自分に何が出来るか考えて、辿り着いたのが傷薬だった。騎士団に入っても使

えるし、使えば無くなる。合格のお祝い代わりに相応しいかは判らなかったが、

自分が手作りで用意できるのはこれくらいしか無かった。レース編みや手芸もで

きるが、流石に男性陣に贈るものではない。


 タビーはいくつかの薬を作る事が出来るが、材料を揃えやすいこと、汎用性が

あることからこの傷薬を選んだ。傷薬だが、前世のハンドクリームと同じ様にひ

び割れの予防にも使える。


 材料である薬草は、学院内に自生していた。だが講義で使うため、勝手に採取

は出来ない。幸いそれほど高い薬草ではないので、市場で購入した。迷ったが、

傷薬特有の匂いは、やはり市場で買った香草で消すことにする。

 

 外は大雪だ。


 この世界に生まれてから何度も経験しているから、タビーも慣れた。

 革製のブーツに雪が染みこまない様にしたり、保存食を作ったり、外に出られ

ない時には教えて貰った編み物をしてみたり。

 テレビもスマホもネットもない、新聞すらないこの世界の時間はゆったりとし

ている。実習室の周りも静かで、薬を作るのに集中できた。


 練っていた薬が少しだけ軽くなる。頃合いだ。

 大きな攪拌用のへらを取り出し、薬を詰める小さなへらでついた薬を刮げ落と

す。


 基本的に学院の器材を使って作ったものを売ることはできない。売りたければ

自分で道具や材料を揃える必要がある。

 例外は、学院内で消費するために作る薬だ。

 あらかじめ薬術教官への申請が必要で、これがとても面倒くさい。薬術の教官

全員のサインが必要だし、どんな薬をいくつ作ってどうするか、を文章でまとめ

て添付する。教官同士の間で書類が回るのは時間がかかる、と聞いて、全教官に

直接サインを貰いにいったくらいだ。


 騎士寮の中では材料調達を自分たちで行い、魔術応用にいる知り合いに希望の

薬を作って貰う、という者もいる。材料を買わないなら王都外に採取にいかなけ

れば手に入らない。これが騎士寮の面々にはいい訓練になるという。


「よし、と」

 隣の大鍋の中には、金属缶と蓋が水につけられて入っている。薬草を練る前に

煮沸消毒をしたものだ。通常の工程では消毒は特に義務づけられていないが、タ

ビーは何となく消毒をした方がいい気がした。


 大鍋から水を取り除き、残った水分は青魔術を使って乾燥させる。魔術は案外

応用がきくものが多い。自動的に薬を練る事ができる魔術は威力を弱めにして洗

濯に使えるし、蓋をした鍋や入れ物の中を熱して蒸し焼きや前世のオーブンの様

に使うこともできる。元々の威力が大きいので、最初の加減だけは注意が必要だ。


 缶をとり、薬をへらで詰めていく。ある程度まで詰めたら机で軽く叩き、空気

を抜いた。缶一杯にきっちりと詰め、蓋をする。蓋に何か印を入れたかったが断

念した。前世も今世も、タビーに絵心は備わっていない。


 できあがった傷薬をひたすら缶に詰めていく。この薬にある独特の匂いはない。

 あの匂いがいい、という者もいるが、匂いそのものが服に移るのを嫌う者も多

かった。これなら大丈夫だろう。匂い消しである香草を入れても効果が変わらな

いのは、薬術教官と二人で検証済みである。


「あ、やっぱ余ったか」

 ある程度余裕を持たせていたため、鍋にはまだ薬が残っていた。エルトの袋か

ら小さな缶をいくつか取り出し、それに詰めていく。4つと半分に入ったそれを

エルトの袋に戻し、綺麗に詰めた缶をまとめた。


「タビー?」

 ひょい、とフリッツが顔を出す。

「ああ、先輩。今日の分はもう渡してますよ」

 実習室の借り方や教官へ提出する書類の書き方まで、フリッツに教えて貰った。

 だから、今日だけは進んで伝書鳩もしたのだ。

「知ってる。見てた」

 どこで、と追及してはいけない。例え手渡した所が、訓練所にある女性用更衣

室だったとしても。タビーは着替えていないし、ラーラやイルマも荷物を置いて

いるだけだった。セーフだ、たぶん。


「出来たか見に来ただけ」

「わざわざ?」

「そう、わざわざ」

 フリッツは実習室の中に入ると、傷薬を作っていた鍋を覗き込んだ。

「匂いは消せるんだね」

「ええ、教官と一緒に検証しました」

「しかも」

 彼は鍋にほんの少しこびりついた傷薬を指に取り、手の甲に伸ばす。

「いつもの傷薬より使いやすそうだ」

「そうですか?」

「ああ、この薬もそうだけど、傷薬ってどれも固めなんだよね。血止めの効果を

持つ薬草を使うから、仕方ないといえば仕方ないんだけど」

 手の甲に置いた薬はすっと伸び、肌に吸収される。傷はないが、がさついてい

る手の甲の一部がなめらかになった様に見えた。

「これは、魔術ギルドに報告しておくべきだよ」

「報告?」

「自分で開発したものを、登録するのさ」

 登録料は取られない。そして情報は魔術師のみが有料で閲覧できる。その一部

が報酬として、登録者に還元されるのだ。

 前世の特許に似ている、と思いつつ、タビーは口を開く。


「でも、教官も一緒に検証してくれたんで……」

 タビー個人のものとして登録するのは少々気が咎める。確かに、教官は検証だ

け立ち会ってくれたのだが、その前から助言はしてもらっていたのだ。

「教官はいいって言うと思うよ」

「そうですか?」

「だって、小銭稼ぎより自分の教え子が有名になる方が嬉しいから」

「小銭って」

「一か作り出したものだと、閲覧料も高いけど。これって既存のものに工夫した

程度だから、そんなに高くは取らないし、そんな小銭、教官はいらないと思う」

「お金は大事ですよ、小銭でも」

「それは同意するよ」

 フリッツは中指と親指で丸い形を作る。ダーフィトではこれがお金を意味して

いた。

「これがなきゃ、なんもできないし」

「ですよね」

 へらを洗い場に出しつつ、タビーは頷く。

「教官がいい、って言ったら登録します」

「そうだね。あ、その前にギルドに登録しなきゃ駄目か」

「……もう2つばかし、入ってるんですけど」

「1つ増えるくらい変わらないよ」

 あまり手広くやると、逆に動きが取れなくなる気がする。タビーは溜息をつい

た。

「いくら位かかるんですか、魔術ギルド」

「何が?」

「え、ギルドの登録費用ですけど」

「え?そんなのあるの?」

「え?」


 珍しくフリッツとタビーは顔を見合わせる。

「商業ギルドは登録に1クプラかかりますよ。ちなみに売買もしたいなら10ク

プラ」

「うわ、面倒」

 彼は嫌そうな顔をした。タビーにしてみれば、1クプラも持てない人間が商売

に携わることが出来るとは思えない。商業ギルドの名前の割りに安いと思った位

なのだが。

「魔術ギルドは無料だよ。その代わり、何がしかの依頼を年に一回受ける必要が

あるね」

「学院生でもですか?」

「基本的には全員」

「うーん……」

 依頼の内容にもよるが、タビーは王都外への採取へ行った事が無い。何かを作

るにしても、作り方が判らなければ依頼も受けられないだろう。

「なんか、登録しなくてもいい気がしてきました」

「しておいた方がいいよ。コネと金はあるにこしたことはない」

「そうですか?」

 基本的にあまり人の事に口出しをしないフリッツが、ここまで勧めるのだから

それなりにメリットはあるのだろう。依頼がこなせるかは不安だが――――。


「先輩」

「ん?」

「私を紹介すると、いくら貰えるんですか?」

 タビーの質問にフリッツは目を丸くし、そしてにんまりと笑った。


「……教えない」


 この人には関わるべきでは無い、タビーはどこか諦めつつも自分に言い聞かせ

る。


(――――最後まで、諦めたら駄目だ)


 少々、方向が違う気がしたけれども。



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