07
王立学院の入学試験は、久々に晴れた日に行われた。
貴族は既に試験が終わっており、今日の試験を受けるのは庶民や一部の下級
騎士の子達である。
試験は、読み・書き・計算・運動・魔力査定そして口頭試問だ。
漢字や片仮名、平仮名の区別がないこの国で、読み書きの程度をどの様に見
るのか不安だったが、読みは試験官が任意で差し出した文章を読むことで、書
く方は試験官が読み上げる文章を書き写すものだった。
どの試験もうまく出来ていて、最初は簡単なものからどんどん難しいものに
なっていく。専門用語も出て来てひやりとしたが、幸い商売関係の文章だった
からどうにか答えられたというところだ。
運動は指定された場所を5週走るだけ、魔力査定は訳の分からないうちに終
わってしまった。タビーは何もせず、優しげな試験官に両手を握られただけで
ある。
あれで魔力査定が出来るのかよく分からなかったが、その仕組みも入学でき
れば教えて貰えるだろう。魔力の有無は何も言われなかったのが不安だが。
問題は、口頭試問だ。
試験の内容は口外禁止とされており、受験前に漏らさない様に誓う必要があ
る。ギルドには短期で学院生が来ることもあったが、誰に聞いても教えてもら
えなかった。
前世では試験対策で、過去問や出題範囲を何度も解いたりした様な記憶があ
るが、ここではそういうものはないらしい。
試験官に呼ばれ、部屋に入ったタビーはそこでようやく自分が震えていることに
気がついた。
「座りなさい」
男性が3人、女性が2人いる。誰が声をかけたのかにも気づけない。
「はい」
どうにか答えて椅子に座ったが、震えは止まらなかった。
「どうぞ、楽にして」
タビーの震えが判ったのだろう、女性の1人が静かに声をかけてくれる。
「ありがとうございます」
掌をぎゅうっと握りしめた。ここまできて、残念な結果に終わりたくない。
「名前を名乗りなさい」
「タビーです」
家名がないのは珍しい事では無い。中には敢えて隠す者もいるし、他の家
名を使う者もいる。
「タビー君、非常によい成績だね」
中央にいた初老の男性が、手元の紙をめくった。既に筆記の結果が出てい
る事に驚きつつも、内心ほっとする。
「ギルドからの推薦状も、素晴らしいものです」
先程とは別の女性が淡々と告げた。
「ありがとうございます」
「さて」
試験官達はタビーを見やる。
「君の成績は素晴らしい。魔力査定もよい結果がでている。それで……」
初老の男性は紙から視線を上げ、タビーを見つめた。
「君は、何になりたいのかね?」
ここからが試問なのだろう。どの答えも合否に直結する。
「魔力査定がいい結果であるならば、魔術師になりたいと思います」
「何故かね?」
「魔術を使えれば、進む道もいろいろ考えられます」
できるだけ10歳らしい言葉を使おうとするが、緊張のためかうまくいか
ない。
「確かに、魔術師になれば王宮へ出仕もできるし、研究もできる。それ以外
の道もあるだろう」
「ではもし魔力査定の結果が芳しくなかった場合は、どうするつもりだった
のかね?」
今度は中年の男性が口を開く。
「無かった場合は、お金の流れを勉強して、何か商売をしたいと思いました」
「それは商業ギルドでも出来ることだね?」
商業ギルドは学院に行かない子ども達に、見習いという形で勤め先を斡旋
することが出来る。下積みが長くなるが、商人になりたいのであれば学院に
来るよりも効率はいい。
「はい。ただギルドにいるだけでは判らない事もあると思いました。そのた
めに学院で勉強をしたいと考えています」
「ふむ」
果たしてこの答えは、10歳の答えとして相応しいのだろうか。
親しい友人を作らなかったタビーに取って、さじ加減が難しい。
だが経済や政治を学びたい、と言うのも違和感があるだろう。
「まぁ結果的に魔力査定では魔力があることが判ったのだ」
どこか宥める様な言葉を中年の男性が口にした。
「それで……君の目指す魔術師とは、どんな存在か」
「まだ、わかりません」
これは正直に答える。
「なぜ、わからないのか」
「私が知っている魔術は、図書館で読んだ本くらいで、実際に魔術を使った
事がないからです」
ようやく震えが落ち着いてきた。
「では、例えば攻撃魔術を使いこなすのと、それ以外の魔術を使いこなすの
とどちらが希望かな?」
「どちらもです」
これも正直に応じた。
攻撃魔術を使いこなせるかどうか、自分には判らない。適性があったとし
ても、人を攻撃することが出来るのか、使いこなせるのかも判断がつかない。
「それには人の何倍も勉強をする必要がある。楽しい事も我慢しなければな
らないだろう。逆に器用すぎて、中途半端な存在になることもある」
タビーに言い聞かす様に、初老の男性が続けた。
「君は、それでも魔術を学びたいのかね?」
「はい」
間髪入れずに彼女は答えた。
「魔力査定で結果が出ているなら、魔術師を目指したいと思います」
希望であり、決意でもある。
少しの間、部屋を沈黙が満たした。
「結構。では、本日の試験はこれで終わります」
「はい、ありがとうございました」
立ち上がって、彼女は一礼をする。
握りしめたままの掌が痺れていることに、その時ようやく気がついた。