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祭りが終われば冬が近い。
日々冷え込みが厳しくなる中、騎士寮の最上級生達は最後の追い込みに入って
いる。
そんな中、タビーは講義後に街へ出ていた。外出届も受理されて、出かける先
は――――。
「うん、だからおまけして」
「嬢ちゃん、ここは遊び場じゃないんだ」
渋い顔をした店主は、じろりとタビーを見やる。
「知ってます。私も持ってるし」
商業ギルドの登録証を見せるが、店主は渋い反応のままだ。
「道具なんざ、学院で貸して貰えるだろ?」
「自分のが欲しいの……あ、これいくらですか?」
カウンターに新しく置かれた道具を見て、店主は溜息をつく。
魔道具の店は、魔術ギルドから卸される品や、個人的に売り込みにくる魔術師の
道具を買い取ったりする店だ。その他、魔術に関係する道具等も売っている。
魔術を学べるのは12歳から、とされているため、魔道具の店は12歳以下入店
禁止の決まりがあった。
その年齢制限をぎりぎりでクリアしている学院生に、店主は溜息しかでない。
「嬢ちゃん、こっちも仕事なんでな。まからんモンはまからん」
カウンターにあるのは、細長い器具だ。タビーの前世ではピンセットと言われて
いた。ここでの名前はピンツェ。作りは同じだ。タビーが買おうとしているのは、
竹の様な弾力のある素材で出来ているもの。薬草を扱うときには必須だ。
「これとこっちと……これも買うから」
「あのなぁ」
「ピンツェ1本で100クプラは高いよ。こっちは値札で買うから」
「……おいおい」
ここまで堂々と値切られるとは思わなかった。店に入ってきた時には、学院生が
冷やかしに来たな、と感じた位だったが。
「嬢ちゃん、ピンツェは簡単な作りだが、特殊なんだ」
「知ってます」
「だよな。だからまからないんだって」
「え、でも先端にちょっと特殊加工してるだけですよね」
「おいおいおい」
これがちょっとかよ、とぼやきながら、店主は腕を組む。ピンツェの先には素材
を痛めない為の加工が施されている。これは魔術ギルド特製で、普通の魔術師では
再現できないものだ。誰でも作れそうな道具に高い値段がついているのは、それな
りの訳がある。
「お前さん、予算はいくらなんだ」
「100クプラ」
「そんだけあんなら、値切らなくても買えるだろ?」
「え、ピンツェだけしか買えないでしょ」
これとこれは絶対欲しい、と指さしたのは、乳鉢と乳棒だ。すり潰したり混ぜた
りしても、摩擦熱が発生しにくい素材で出来ている。
「ピンツェと乳鉢に乳棒で100クプラ?嬢ちゃん、出直してくるか金を貯めてこ
いよ」
「乳鉢はもう少し小さいのでもいいけど、ピンツェは妥協したくないの」
「気が合うな、俺も商売には妥協しないんだ」
さ、帰った帰った、と言えば、頬を膨らませる。
そもそも、学院生は魔道具の店になんかこない。
普通は薬師が開いている店で私用のピンツェ等を買うのだ。そちらの方がずっと
安い。
魔道具の店で売っている器材は総じて高めだ。その分品質はいいが、学院生なら
卒業してから買っても遅くない。
学院生は、せいぜい流行の魔道具を見に来るだけだ。魔道具の店で買い物はしな
いだろう。
自分の店で扱うものを買いたい、という彼女は将来有望かもしれないが、だから
といって店主は妥協しない。そもそも、おまけという感覚は持ち合わせていないの
だ。
「……わかりました」
「おう、大きくなったらまた来いよ」
「いえ、買います。こっちのピンツェと乳鉢と乳棒で」
彼女が指さしたのは、もう1ランク高いピンツェだ。当然値段も跳ね上がる。
「は?予算は100……」
「このピンツェなら100では高いと思ったんです」
こっちなら150クプラでもいいし、と続けた少女に、店主は呆れた様な眼差し
を向けた。
「お前さん、結局どっちが欲しいんだ」
「両方ですけど、予算がないんで」
「……おい、また値切るんじゃねぇだろうな」
「このピンツェなら出します」
彼女が指さしたものは、少々長めのものだ。少女が使うには、手に余りそうな気
もするが、本人が欲しいというならいいのだろう。
値引き交渉をしていたピンツェをしまい、新しいピンツェを取り出す。
「こいつと乳鉢、乳棒で175クプラだ」
「まけ……」
「絶対まけないからな!」
破れかぶれで店主は声を張り上げた。このまま行くと、まだ学院生のこの少女に
手玉に取られそうな気がする。
「175クプラって、ちょっと半端ですよね。170……」
「ひゃく!ななじゅう!ご!クプラだ」
譲らない店主にタビーは溜息をついた。
「わかりました」
渋々という態でエルトの袋から金を出す。
銀貨1枚に銅棒貨7枚と銅貨5枚。
カウンターに置かれたそれを確認した店主は、やれやれという様に品物を包みだ
した。
「あ、そうだ」
「なんだ」
「ギルドで聞いたんですけど、この店で買い物をすると、何かくれるんですよね?」
「はぁ?誰だ、そんなアホな事言ってるのは」
期待の眼差しを向けるタビーに、店主は訝しげな顔をする。
「冒険者ギルドで聞きました」
「?」
「こう、栗色の巻き毛で胸がバーンと大……」
「!!」
店主は目を丸くし、慌ててタビー品物を押しつけた。
「そういうのは常連になってからだ!」
特定の客にこっそりとしている特典を指摘されるのは、気まずい。
「ほら帰った帰った!じゃあな!もう来んなよ!」
店から追い立てられたタビーの前で、店の扉は閉まる。直ぐにもう一度開き、
取っ手に『閉店』の札が掛けられた。
「栗色巻き毛で胸筋がバーンとした……中年の魔術師なんですけど」
呟きつつ、タビーはにんまりと笑う。
――――良い店を見つけた。
ざっと眺めただけでも、質のいい器材が多い。いい道具を使えば、材料を無駄に
することもないのだ。使いこなすのに少々時間がかかっても、長く使える方がいい。
予算オーバーはしたが、自分が気に入ったピンツェを買えたのも大きかった。こ
れからの作業を考えると、気に入った道具を使えるのはありがたい。
閉店の札を下げた店をしばし眺めてから、タビーは学院へ戻る道を辿る。
店の窓から店主がこっそり覗いているのには気づかずに。




