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ダーフィトには年に何回かの祭りがある。
タビーに取っては稼ぎ時、の祭りだ。この時期になると商業ギルドでは屋台の
売り子や調理補助の募集が多くなる。タビーはよく屋台の売り上げを取りまとめ
て計算する仕事を請け負っていた。
秋の終わりにある豊穣祭は、一年の収穫に感謝をし、厳しい冬を無事に過ごせ
る様に祈る祭りでもある。人々は神殿に詣で、それから街に繰り出して楽しむ。
あちらこちらに芝居小屋や人形劇が出て、吟遊詩人達が競って詩を歌いあげる。
様々な屋台が出るが、タビーが一番好きなのは甘塩っぱいタレのついた鶏肉と
砂糖菓子だ。星や丸という単純な形をしている砂糖菓子は、特に気に入っている。
口の中にいれるとほろほろと溶けるのだ。少々高めなので、祭りの時にしか買
わない。
今年も、きっと砂糖菓子の店は出ているだろう。
人気のある店は、早めに売り切れる事もある。朝早めに学院を出れば、きっと
買える筈だ――――。
「ようこそお越しくださいました」
そんなタビーの空想を破壊する様な忙しさ。
ひっきりなしに参拝者が来て護符を求めていく。特に何年おきに変える、とい
う決まりはないが、熱心な参拝者は毎年護符を求める。
タビーが護符授与所に座り、夜明けの鐘がなったかと思うと、凄い人数の参拝
者が押しかけてきた。昼食どころではない。
ひたすら護符を包み、喜捨を預かり、護符を捧げる様に渡し、の繰り返しだ。
空腹を感じる暇もなかった。
護符そのものは神殿で作られている。神官や司祭、聖女達の手作業だ。午後に
なると在庫が無くなるものもある。夏とは違い、参拝者も気が立っていて、神官
や司祭達が宥めに回ることもあった。
日が暮れ、鐘が鳴ると神殿は閉じられる。そうしてようやくタビーの仕事は終
わった。
「皆さん、お疲れ様でした。お気を付けて帰られる様に」
神官見習いがそう言えば、奉仕作業は終わりだ。着替えを所定の位置に戻し
持ち出しがないか確認を受けて外にでる。
「……お腹空いた」
こればかりは我慢の限界があるお手洗い以外は、ずっと座りっぱなしでひたす
ら護符を授与していた。包み紙のせいで、手の脂も取れてかさかさである。こん
なに疲れて給金無しというのは、本当に納得ができない――――断れないタビー
自身が悪いのだが。
「タビーさん」
神殿を出ようとしたところで、声をかけられた。
振り向けば、夏の休暇で世話になった神官が立っている。頭は丁寧に剃られて
いて、相変わらず伏せがちの眼差しだった。
「本日はお疲れ様でした」
「いえ、こちらこそありがとうございました」
タビーの心情はともかく、神殿としては『奉仕作業をさせてあげている』とい
う姿勢だ。だったら学院に依頼など出さずに信者達でやってくれ、と思わないで
もないが、下手なことは言えない。どこで神殿に世話になるのか判らないし、実
際タビーが大怪我をしたときには、神官が治癒の術を使ってくれたのだ。呼んだ
のはフリッツだが、治療そのものは無償だった。
「祭りが近いので、参拝される方も多いでしょう」
「はい、驚きました」
「祭りの当日になると、もっと忙しいのですよ」
「そうでしたか。私も祭りの日には、ギルドから仕事を請け負います」
先手を打つ。祭りの日は3日ある。その全てを奉仕作業に費やす気はない。
「街中も忙しないのでしょうね」
「はい……神官様は、その、祭りの日には……」
「私たちはここで祈りを捧げていますよ」
穏やかに微笑まれ、タビーは恐縮した。神殿詣でに熱心でない自分が聞くべき
事ではないだろう。
「ああ、そうだ」
神官は思い出した様に、頷く。
「お疲れでしょう。これを、どうぞ」
腰につけた物入れから、小さな布に包まれた塊を2つほど渡される。
「これは?」
「座ったままでしたから、足が疲れているでしょう」
神官はゆったりと笑みを浮かべた。
「桶に熱めの湯を準備して、これを入れてください。膝から下をつけていると、
足の疲れが取れますよ」
「え……」
差し出されたものを受け取ってしまい、タビーは慌てる。
「で、でも私……」
「個人的に作っているものですから。お気になさらず」
「……」
掌に転がった2つの包みからは、森の様な匂いがした。
「いいのでしょうか」
「ええ」
「……ありがとうございます」
金銭や貴金属ではない。手作りのものであれば、大丈夫だろうと判断して、タ
ビーは深く頭を下げた。
「大切に使います」
その言葉に神官は再び微笑んだ。どこか、違和感を感じる様な笑み。だがそれ
が何かを読み取る前に、彼は軽く会釈をした。
「では、失礼します」
「は、はい。失礼いたします」
深く頭を下げてから顔を上げると、既に神官の背は見えない。
掌にある二つの包みをエルトの袋に入れ、タビーは学院へ向けて歩き出した。
■
祭りの日は、タビーにとって稼ぎ時。
だが、騎士寮の最上級生に取っては試練の時だ。
学院は街の中心から離れているが、離れていても祭りの陽気さは伝わるし、何
より学院内全体が浮かれた様な雰囲気になる。
入団試験に向けて、暗記だ座学だ武器演習だと格闘している身には辛い。一日
くらい息抜きをしても、と思わなくもないが、大抵そういう者は入団試験にぎり
ぎりで受かったり、最悪失敗する。昨年も、その前も、さらにその前の最上級生
もそうだった。
だから、彼らはとにかく必死に耐える。窓を閉め切り、必要以上に部屋を一歩
も出ず、我慢できなければ訓練場に行って武器を振り回す。
「……これはきついですよねぇ」
「だねぇ」
タビーとライナー、アロイスは訓練場にいた。
耐えきれず訓練場にやってくる最上級生の相手をするのだ。タビーはそれ以外、
例えば錘を背負って走る寮生の為の準備や片付けをする。祭りは稼ぎ時だが、結
局タビーはギルドへ行かなかった。懐が暖かいのもあるし、何より寮生達に申し
訳ない気がしたのだ。
ただ、砂糖菓子だけはどうしても欲しくて、朝一番に買いに行ったが。
「タビーは?お祭り、いいの?」
「学院に入る前も仕事でしたし」
何よりあの人混みに入るのは躊躇う。同年代の平均より少し高めではあるが、
タビーはまだ成人していない。押しつぶされそうになりながら祭りを見る気はな
かった。
「あー、でも買い食いとかいいんだよね。うちは祭りの時に小遣いもらって。何
を食べようか、何をしようかとか凄く悩んだな」
「なんだか美味しいんですよね、祭りの屋台って。いつもより高いんですけど」
会話をしている目の前で、アロイスが寮生の首元に木剣を当てた。ライナーが
手を叩き『そこまで!』と言う。
寮生は一礼し、木剣を置くとそのまま戻って行った。再び寮で暗記等に励むの
だろう。
タビーは置かれた木剣を軽く拭き、所定の位置に立てかける。
「教官は酒場に入り浸りだしなぁ」
「大丈夫なんですか、それ」
「知り合いの店らしい。祭りの日は3日連続朝から晩までそこ。寮には戻ってこ
ないよ」
「いつ戻るんですか?」
「休み明けの朝一」
まさに酒浸りの三日間だ。それでも講義は問題ないというから凄い。
「アロイス先輩は、お祭りに行かないんですか?」
「混むからな」
どうやら彼もタビーと同じらしい。アロイスなら背は問題ないだろうが、混雑
している所を歩くのは大変なのだろう。
「タビーこそ、行けばいい」
「私も混んでいるのはちょっと。それに、欲しい物はもう買いましたし」
「欲しいもの?」
「砂糖菓子です」
ほろほろと溶けるんですよ、と続けた彼女に、アロイスは難しい顔をする。ど
うやら甘いものはあまり得意ではない様だ。
「砂糖菓子か、人気あるよね。女の子に」
「あの口溶けがいいんです。お祭りの時じゃないと、買えませんし」
「売ってない?」
「いえ、ちょっと高めなんで」
「確かに」
小さい頃に屋台で買い食いをしていたライナーは、相場を知っているのだろう。
三人で会話をしつつ待っているが、誰もこない。
「タビー、稽古するか?」
手持ちぶさたになったアロイスが言う。
「いいんですか?」
「ああ、誰もこないしな」
「僕は見学」
誰か来るかもしれないし、とライナーは笑う。
「お願いします」
杖を持ってアロイスの対面に立った。普段は大剣を使う彼も、今日は練習用の
木剣だ。
「よし、来い」
「はいッ!」
タビーは杖を構える。握った杖から、手袋越しに冷たい感触がしてきた。今日
も杖は変わらない。
タビーは駆け出し、アロイスの木剣に強く打ち付ける。
硬い音が、訓練場に響いた。




