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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
幕間 その1
64/1043

64


 半月の待機期間を経て、学院の講義が再開された。

 同じような事で学院が閉鎖されることは稀にあるらしく、教官達も慣れたもの

だ。遅れを取り戻す分、やや講義が早く進む様になったが仕方ない。生徒が戻っ

た学院は、ようやく普段通りになってきている。


「え?」


 講義を終えて訓練場に行こうとしたタビーは、カッシラー教官に声をかけられ

た。

「おう、金一封だ」

 差し出された皮の小袋と、教官の顔を交互に見る。

「え、ええっと、何の」

「この前の魔獣退治の分」

「え?でもあれはアロイス先輩が……」

「お前さんも手伝ったろ。気にすんな、参加した騎士専攻課程の全員にも出てい

るからよ」

「は、はぁ」

 見た目より重い小袋に、タビーは戸惑う。お咎めなし、となったが、命令違反

もしているのだ。それを考えたら、貰っていいものか迷う。

「あと、こっちは騎士団付きの薬師から」

 古びた本だ。

「ジーモンさんから……?」

「古いけど、使えるから、だと。わざわざ本人が学院まで届けに来たぞ」

「……」

 古びた本を開く。中身は薬草辞典に良く似ていた。違うのは、見た事のない薬

草がいくつも載っている事と、空白部分に手書きで注釈の様なものが書いてある

ところだ。細かいが見やすい字は、失礼だがジーモンが書いたとは思えない。

「なんか……いいんでしょうか。貰ってばかりで」

「いいだろ。子持ちのラヴィを仕留めたんだし」

「あれは」

「アロイスの剣に付与魔術?とかかけたのはお前さんだろうが」

「はぁ」

 カッシラーは笑ってタビーの肩を軽く叩いた。

「いい経験だったろ?」

「……怖かったですけど」

「怖かったから、いいんだよ」

 生き残れるからな、と続けて、カッシラーはひらりと手を振った。

 タビーの手には、小袋と古びた本が残される。

「……いいのかな」

 臨時収入は嬉しい。辞典もだ。見たことの無い薬草やその採取方法、使い方ま

で網羅されている。昔の本だから、今とは違う作り方をしているかもしれない。

 このまま使うのではなく、見比べたりする必要はあるだろうが、同じ薬を違う

方法で作れるというのはタビーの強みになる。

 小袋をそうっと開けてみた。銀貨数枚に銅棒貨と銅貨が少しずつ。

 タビーの予想以上に多い。

「……」

 通常、魔獣退治は騎士団によって行われる。だが、冒険者等が旅の途中で遭遇

し倒した場合、報奨金が出ると聞いた事があった。騎士団の駐屯地や砦から離れ

ている場合は、騎士団から冒険者ギルドへ報酬付きの依頼を出す事もあるという。

(一人では無理だけど、後衛ならなんとかいけるかもしれない)

 卒業後、旅をする時は何処かの冒険者と組むのも一つの選択肢だ。タビー自身

が前衛に立つのは難しいが、魔術を正確に当てる事が出来れば重宝されるだろう。

 それに、今回の作戦では魔術師達が一糸乱れず魔術を放っていた。ああやって

足並みを揃える事も必要なのだ。

 タビーは革袋と本をエルトの袋に入れる。

「まだまだ、だなぁ……」

 そっと呟き、彼女は訓練場に向かい歩きだした。



 付与魔術の講義を、タビーは最前列で受けている。

 言うまでも無くフリッツ対策だが、彼はそんなことを気にしないらしい。彼女

が座っているのは最前列のやや左側だが、フリッツは最前列ど真ん中の隣に座っ

ている。


 そして、いつもと変わらず手紙を書いていた。


 堂々と内職をしているフリッツは、当てられれば完璧な回答を返す。教官も苦

笑いを浮かべてそのまま放置していた。試験でも結果を出している。内職しつつ

講義も聴けるというのは羨ましい。勉強というものについて、前世の習慣等から

多少は有利であろうタビーも、講義を聴いていないと判らない所がある。それす

らないというのは、本当の意味で天才なのだろう。


「あ」


 そのフリッツが声を上げる。金属片に付与魔術を施そうとしていたタビーは顔

を上げた。

「おや」

 教壇で皆の様子を見ていた教官も目を丸くした。

 

 フリッツの杖が、崩れている。


 先端から少しずつ、まるで岩が砂になるかの様に崩れ、端から消えて行った。

「せ、先輩……杖……」

「ああ、うん」

 根元の金属が混じった部分まで完全に消えてから、フリッツは頷く。

「よくあるから」

「よくある!?」

 確かに杖は折れたり壊れたりする事がある。それでもそう簡単に折れるもので

はない。杖が気に入らなくて、わざと紛失してみても後でどこからか出てくるも

のなのだ。意図しない紛失や破損をした場合、杖を作る事が出来るが、その現場

を見たのは初めてだった。

「ああ、もう何本目だか数えるのも飽きた」

 杖の残骸すら無くなっている。目を丸くしたタビーの目の前で、フリッツは目

を閉じた。教室中の視線が集まっている事を、彼は全く気にしていない様だ。

 小さな光が集まっていく。

 机の上で広げたフリッツの掌に、光が形を成していった。


『杖を生み出せない者は、魔術師になれない』


 魔術応用に進む前、教官長であるベックが言った言葉を思い出す。

 いつ、どんなときでも杖を生み出せなければ、魔術師としてやっていけないと

いう。その言葉から考えると、フリッツは魔術師になる『べき』者なのだ。


「よし」

 いつの間にか、彼の掌の上には杖があった。以前より少し長めだろうか。前と

同じく根元に金属片が入っている。心なしか、前のものより大きくなっている気

がした。

 ざわつく教室内を気にせず、フリッツは金属片に付与魔術を施す。驚いた様な

教官にそれを提出すると、彼は再び席に戻り、一心不乱に手紙を書き出した。


「あ、ええと……失礼」

 生徒と同じ様に見入ってしまった事を隠すかの様に、教官は軽く咳払いをした。

「では、皆さん。金属片に付与魔術をかけてください」

 タビーも自分の手元に視線を戻す。


(杖は、壊れるんだ)


 そう聞いただけで、実際壊れる所を見た事がない。だから余計に驚いたのだ。

(私のも、壊れるのかな)

 先日の魔獣退治でも、タビーの杖は破損しなかった。魔獣の口に入れた方は噛

まれたせいか少し溝の様な痕が残ったが、以前と変わらずに使えている。

 鈍い銀色の杖は、今日も変わらずひんやりとした冷たさを手袋越しに伝えてき

た。


 形あるものはいつか壊れる。

 それは知っているが、できれば壊れて欲しくない。少々扱いづらいが、最近で

は随分慣れてきた。もし壊れて、次の杖が短いと感覚が違ってしまうだろう。


 杖と呪、内的循環の全てをうまく調和させ、金属片に魔術を付与する。

 魔術が発動し、金属片がうっすらと光った。頷き、タビーは金属片を持ち上げ

る。付与はうまくいった、成功だ。

 金属片を教官に提出し、席に戻る。

 

 フリッツの手紙は、3枚目に突入していた。


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