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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
襲撃
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 魔獣には様々な種類がある。

 『獣』とつくが、蛇や魚系のものも含め総じて『魔獣』と呼ぶ。大抵が北の谷

から結界をかいくぐって現れ、人や家畜、農作物に被害を及ぼすものだ。

「……酷いな」

 タビーは『本物の』騎士の後ろに付きながら、視線を空に飛ばした。

「何人だ」

「12人です」

 魔獣探索中に見つかった死体である。早馬で知らせが届き、騎士団の控え部隊

が回収しにいった。死体を放置すると、より魔獣を引き寄せる可能性が高い。

 危険を冒して回収された死体は、だが損傷が酷すぎた。最初に荷馬車から降ろ

された遺体の手を見てしまったタビーは、吐き気をこらえて立ち続けている。


「旅人か?」

「行商に来たものと思われます。現場には荷である果実が散らばっていました」

 騎士達の会話は聞こえてるが、口を出す事は無い。タビーはあくまで後方支援

担当で、予備騎士団扱いだ。

「神殿へ運べ」

 魔獣に襲われた場合、その遺体を清める儀式が必要である。神官や司祭達は

遺体を見分し、身元や体の特徴を確認してから、清めの儀式を行うのが常だ。

「はっ!」

 ばさり、と布の音がして、幾人もの足音が遠ざかっていく。タビーはようやく

視線を戻した。


「タビー」

「はいッ!」

 騎士に呼ばれて姿勢を正す。

「君は後方支援になる。怪我人の手当、薬や食事の手配を頼む」

「はい!」

 南門は王都の正門でもある。フリッツに連れてこられた彼女はここに配属され

た。ラーラは北門で防御壁上からの監視担当、フリッツは北門の後方支援となっ

た――――最初北門担当に任命されていたタビーと、強制的に持ち場を交換して。

 そんな些末事に構っている時間のない騎士団は何も言わなかったが、魔術を学

びだして半年強の彼女にしてみれば緊張することこの上ない。しかもここは本部

が置かれていて、騎士だけではなく神官や司祭の行き来も激しい場所だ。


 現在、王都にある東西南北の四門は全て閉じられており、王都内では不要不急

な外出を禁じる触れが出されている。足止めされた旅人や商人で宿屋は満員、急

遽いくつかの広場に仮設宿が作られた。王都へ入るのも制限があり、閉門に間に

合わなかった者達は防御壁に沿って待機している状態だ。


 タビーは本部の後ろに用意された空き屋を使い、騎士団付薬師の元で応急処置

を行ったり、雑用をこなしたりする。空き屋の扉は外され、窓は全て開放された。


 予備騎士団扱いになる学院生は、皆左腕に緑の布を巻いている。王都内の巡回

警備は騎士団1人と学院生2人、防御壁上からの監視は騎士団1人につき学院生

5人の体制で組み込まれた。寮長でもあるアロイスは、タビーと同じく南門への

配属だ。先程ちらりと防御壁の上にいる姿が見えた。


「タビー」

 薬師に呼ばれ、タビーは駆け寄る。

「魔獣はベアルとラヴィ。僅かだが毒を持つから、今のうちに水を運んでくれ。

井戸は外だ」

 基礎課程で教わった魔獣だ。前世の熊に似たベアルと兎の様なラヴィ。教本の

絵だけ見れば可愛くなくもないが、実物は人の3倍程の体長を持つ熊と、牛の大

きさ程もある兎だ。

「はい、わかりました」

 桶を持ってタビーは空き屋を出た。辺りを見回すと、井戸は直ぐに見つかる。

 魔道具がついており、取っ手を押し込むと水が出た。釣瓶で引き上げるのは大

変だから、魔道具があるのは助かる。

 桶に八分目程水を入れ、空き屋にある大きな瓶に入れた。何往復かしているう

ちに、門の方が騒がしくなり、担架が運ばれてくる。

「怪我人だ!」

 呻いている騎士の足は剥き出しになっていて、そこから大量に出血していた。

「神官を!」

 薬師は運んで来た騎士に頼むと、怪我人を担架から下ろそうとする。タビーも

駆け寄り、体を支えた。

「横たえるぞ」

 薬師の指示に従い、静かに体を床に寝かせる。

「水!」

「はいっ!」

 丁度運んでいる途中だった桶をそのまま渡す。薬師は騎士の傷を水で洗い流し

た。むっとした血の匂いが辺りに立ちこめる。

「足をあげて!」

 側に積んであった毛布の様な布きれを取り、あらかじめ丸められているそれを

怪我人の太腿下に置いた。その間に薬師は太腿を布で縛る。

「3番と8番!」

「はいッ!」

 騎士団では薬を番号で呼ぶ。これは聞き慣れない名前で薬を探すより、番号付

けし、探す方が早い為だ。薬師以外でも薬を探すことが出来るし、薬の名を覚え

ていないタビーの様な予備騎士団でも数字なら判る。


 薬師が持ち込んだ、大きな薬箱。それの3と8の引き出しを開け、中の缶を取

り出した。8の引き出しには湿布用の布もあったので、併せて持って行く。

「布が透けるか透けないか位の厚さで塗って」

 3番の缶を受け取った薬師は8番の薬と布をタビーに返す。

「は、はい」

 へらは薬箱の横にあった。8番の缶をあけ、水色の固い軟膏を布に伸ばす。昨

年、薬術基礎で学んだ薬の塗り方だ。固い軟膏に手こずりながらも布を準備し、

薬師に渡した。その間に神官が空き屋へと入ってくる。

「如何ですか?」

「出血が多い。血止めを」

「わかりました」

 聖術を間近に見るのは初めてだ。手を翳し、神官が何事かを呟くと、血が止ま

る。

(……信じられない)

 溢れる様に流れていた血が瞬く間に止まった。神官は血が止まった事を確認す

ると、また外に出ていく。他に呼ばれているのだろうか。

「すみません!毒消しを……」

 治療をしている間に、また別の騎士がやってきた。

「タビー、4番3つで湿布し包帯で固定。出来るな?」

「は、はい」

 4番の引き出しから缶を取り出す。中は粒状の薬だ。3粒を取り出し、中にあ

る布に挟んで割る。布にある程度広がったところで、腕を押さえている騎士に湿

布し、包帯を巻いた。

「すまん、もう少しここを緩く」

「すみません」

 肘の部分を指さされ、タビーは包帯を巻き直す。武器を振るうのに関節を固定

していては動きが鈍くなる。考えればすぐ判ることで、タビーは猛省した。

「どうでしょうか」

「大丈夫だ」

「おい、最低半刻休んでから出ろよ!」

 すぐに戻ろうとした騎士に、薬師が声をかける。

「大丈夫です」

「馬鹿、毒が回った騎士なんざ足手まといだ」

 重傷の騎士に包帯を巻き終えた薬師が立ち上がり、空き屋のすぐ外を指さす。

「座ってろ」

「……わかりました」

 不服そうな騎士は、だが薬師の指示に従った。

「タビー、4番を使ったら半刻休む様に言ってくれ」

「はいッ」

「あと、血を流して」

 治療を終えた騎士は何処かへ運ばれるらしい。床に流れた血を指さした薬師に

タビーは頷く。空になった桶をかかえ、井戸に向かった。


 桶で水を貯めるより早く怪我人がやってくる。漏れ聞こえる話では、かなり大

きめの集団らしい。大半が毒消しの治療で済んだが、中には大きな傷を負った者

もいる。神官や司祭が行き来し、薬箱の薬はみるみるうちに減っていった。


「日が沈むな……」

 薬師がぽつりと呟く。

「今のうちに補充してくるか」

 疲れた面差しの薬師は立ち上がると、思い出した様にタビーを振り向く。

「お前が使って良いのは、毒消しの4番だけだ。酷い怪我だったら神官を呼べ」

「は、はい」

「あと適当に休憩を取れよ。俺は薬の補充に行ってくる」

「わかりました」

 薬師は足早に出て行く。使ってしまった分の水を補給するために外へ出ると、

騎士達が集まって何かを話している。

「……危険だ」

「しかし、このままでは……」

「王都の守備は……」

 全員が厳しい表情をしていた。魔獣討伐は上手くいってないのだろうか。

 井戸と空き屋を何度か往復している間に、方針が決まったらしい。

「香木を焚け!」

「香木を焚け!」

 指揮を執っている騎士の言葉を、側付きの騎士が復唱する。それは瞬く間に

防御壁上まで届き、暫くすると消毒薬の様な、どこかつんとした匂いが漂って

来た。

「開門!」

 門が開かれる。だがそれは外周に待機している民のものではない。騎士団の

騎馬隊を迎え入れる為だ。騎馬隊が通った後は、また閉められる。待機してい

る民はそのままだ。民が一気に王都へ逃げ込むと混乱が生じる。そのため、常

時閉門の指示が出ている間、民は出入りができない。


 それに抗議が出来る程、タビーは強くなかった。

 もしかしたら、外にいることで被害にあう民もいるかもしれない。強盗や他

の脅威にさらされているかもしれない――――が、この世界はそれが普通なの

だ。


 ――――そしてタビーに、彼らを守るだけの力は無い。


 魔獣は、夜になると更に活発な行動をする。今の時点で、どこまで追い込ん

だのかタビーには判らない。王都に接近しているのであれば、被害が増える可

能性もあるだろう。魔獣避けの香木を焚いているが、万能ではない。


 水を汲み終え、タビーは空き屋の中で座り込んだ。

 外にいる騎士達は徹夜だろう。治療の済んだ騎士達とて、精神的にはきつい

筈だ。

 だが、彼女は雨露をしのげる屋内にいさせてもらえる。

 休憩も彼らより多く貰えている筈だ。何より命の危険で考えれば、騎士達は

いつもそれにさらされている。肉体的にも精神的にも強くなければ騎士ではい

 られない。


 タビーは、左腕に巻き付いた緑の布をそっと撫でる。

 その感触が、いつまでも指に残った。


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