06
「はい、これ。ギルド長から言付かったから」
小雪の降る日、タビーは商業ギルドの受付にいた。
若い男性が、硬い封筒を手渡してくれる。魔術ギルド謹製の封印が施された封筒だ。
中には羊皮紙で推薦書が入っている。この封印は一度開けたら二度と封じられないものだが、あらかじめ下書きを見せて貰ったから問題はない。
丁寧に礼を言って、ギルドを出た。
王立学院への志願は、年明け早々に受付けられる。
タビーは推薦書を受け取った足で王立学院まで行き、志願書類を提出した。
鷲鼻の事務担当者が書類を全て確認し、掌に載るくらいの羊皮紙を取り出す。これが受験票代わりだ。魔術ギルド謹製で、志願書と重ねると、自動的に名前と年齢が写し取られ、最後に事務員が焼印を押してできあがり。
話には聞いていたが、作業が余りに早く、焼印を押す所は見られなかった。透かしてみるが、よく判らない。そもそも、自分に魔力があるのかも未だ確認できていないのだ。
この世界では、魔力があるかないかの最終判定は10歳で行われる。
王立学院の入学試験にも魔力査定はあるし、学院に行かずとも魔術ギルドで査定することも可能だ。後者は、目の飛び出る様な金額がかかるらしいが。
血筋的に魔術の適性を持つと思われる貴族や騎士の子息達は、魔術理論の英才教育を受けるというが、実技が可能になる年齢は10歳とされている。
それ以下でも使えない訳ではないが、早いうちから魔力の鍛錬を行うと成長が妨げられ、寿命も短くなる弊害があると聞く。
それが真実か否かは、試したことのないタビーには判らない。
「よう、タビー!」
家路を辿っていた彼女に、どこからか声が掛けられる。
「こっちだ、こっち!」
顔を上げれば、宿屋の2階からマックスが手を振っていた。
「学院か?」
「うん」
「どんなとこか、今度教えろよ」
「入れたらね」
手を振ると、彼は満面の笑みをくれた。仕事中だろうから、長話は避ける。この時期の宿屋は閑散期だから、補修でもしているのだろう。金槌が何かを叩く音が聞こえた。
王都から出た事の無いタビーは、この人通りが多いのか少ないのか判らない。
小雪が舞う程度だが、足下は雪が積もりブーツ無しでは歩けないほど。そのブーツも、もうきつくなっている。タビーが成長している証だ。
試験さえ通れば、来年の今頃は寮にいるだろう。
あの家を出られる、それだけで心が躍った。
一人で住むには立派な家だ。住むところがある、というのは恵まれているのだろう。
ただ、彼女の欲しいものがそこにはないだけで。
「……手袋も」
先がすり切れ始めた手袋は、古着屋で買った革製のものだ。これも新しく買えばいい。
少し高い、裏が起毛の手袋もいいだろう。可愛い毛糸のものもいいかもしれない。
「服と、ペンと、メモと……」
新しく買う物を想像すると楽しくなってくる。多分、前世の自分も買い物が好きだったのだろう。コートをひらひらさせながら歩いている、微かにのこる記憶にはそんなものもある。
「もう少しだけ、頑張ろう」
入学が決まれば、支度にお金がかかるだろう。あと少しなのだ、多少きつい仕事でもえり好みはしない方が良い。
「……」
立ち止まって顔をあげれば、小雪は止み始めていた。
少し頷いて、タビーは帰路を変更する。
寒々しい我が家ではなく、ギルドへと。