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訓練場は、騎士専攻課程の者達でごった返していた。
騎士専攻を卒業して就ける騎士は近衛騎士隊と騎士団。前者は余程優秀でない
限り貴族しか就けず、出世も家格で決まる。通常の騎士団は能力主義で、騎士専
攻に進む大半の学院生は、こちらに進む。
だが、学院にいる間は出自や家の事は評価に反映されない。故に、訓練場には
貴族らしい子息達とそうでない者達が入り混じっている。
(……なんだろう)
タビーは入口のすぐ横に立った。騎士専攻課程の中にローブ姿は目立つが、皆
ざわざわしており、あまり気にされていない。
暫くすると、訓練場に設えてある指揮台にカッシラー教官が立つ。ざわついて
いた学院生達は一斉に背を正し、指揮台に視線を向けた。
「王都近郊で、魔獣が発見された」
低いがよく響く声で、カッシラーは続ける。
「討伐には騎士団が出ているが、未だ魔獣を討伐できていない」
(魔獣!?)
タビーは目を丸くした。だが、騎士専攻課程の面々は顔色一つ変えない。
「そのため、我々騎士専攻課程は、予備騎士団として王都の守備及び監視を担う
事になった」
(予備騎士団?)
「これは訓練ではない。命令違反や規律違反については、例えその結果がどうで
あろうとも騎士団の罰則の対象となる。繰り返す、これは訓練ではない」
背筋が冷える。訓練ではないということは、命の危険もあるという事だ。
カッシラーの言葉を震えながら聞いていると、肩を軽く叩かれた。思わず声を
出しそうになり、慌てて口を手で押さえる。ちらりと横を見ると、フリッツがい
た。視線で促され、外に出る。
訓練場から少し離れた所で、彼は漸く足を止めた。
「驚いた」
あの鐘は、騎士専攻課程の臨時招集だという。聞こえたら、試験だろうが何だ
ろうが全て放りだして、訓練場に集まるのだ。緊急性が高いため、訓練で鳴らさ
れる事はなく、この鐘の音を聞かずに卒業する者も多いという。
「アロイス達はわかるけど……タビーがいるなんて」
「わ、私だって驚きました」
「そう?」
フリッツは飄々としている。今日はくねくねとしていない。
「あ、あの、予備騎士団って」
「ああ、騎士団の指示に従って現場に出るから。学院生だし、騎士の称号は持っ
てないでしょ?だから予備」
「魔獣が出たって……」
「まさか、魔獣が何か知らないとか言わないよね?」
フリッツの目が細くなる。タビーは慌てて首を横に振った。
「ま、魔獣は……北にある谷から出て来て、人や家畜を襲ったりします」
小さなものから大きなものまで、種類は様々。だが、その力は人間を圧倒する。
騎士達ですら複数人で掛からないと、命の危険があるのだ。
「結構」
大きく頷き、フリッツは訓練場に視線を向ける。
「王都近辺に魔獣が出る事は滅多にない。それが見つかった、って言うんだから
騎士団としても血眼で探してるだろうね」
「はい」
「で、王都内の警備が手薄になる。それを予備騎士団……まぁ、騎士専攻の連中
で固めよう、ってこと」
「冒険者ギルドは?」
冒険者達は旅をすることが多い。であれば、魔獣と相対した事もあるだろう。
「どうだろう。魔獣の種類によるかな」
「……」
「多分、学院も数日は休みになるよ」
「え?そうなんですか?」
「教官達も駆り出されるからね」
魔術応用の面々も駆り出されるのか、と思ったが、それは無いらしい。連携を
必須とする魔獣退治では、正確性に難がある学院生を使うと危険だという。また
意図しない魔術が発動した場合でも、止める者がいないという理由もあった。
「騎士専攻が総出だから、余程手こずる魔獣か、数が多いか」
「王都内の守備と監視って、学院生でも出来るんですか?」
「騎士としては基礎の基礎。1年目に必ず習うよ。まぁ経験値が少ないから、必
ず上級生と組まされるけどね」
そこまで言ってから、フリッツはにんまりと笑った。この笑みはまずい。
「僕は行くけど、タビーは?」
「はぁ!?」
「え、だってラーラ行くし。ラーラが行くなら僕も行く」
フリッツがくねくねしだした。何時もの彼だ。
「あ、その、先輩が行くのは判りますけど、私が行ったところで……」
「薬術基礎、とったでしょうが。去年」
「はぁ、でも去年と今年じゃ内容が違うって聞いたので、今年も」
「そうじゃなくて。去年の薬術基礎で何やった?」
「え?」
タビーは思わず一歩下がった。言ってはいけない気がする。
「ね?何を習った?」
「あ、あははは、ちょっと覚えてないな……って」
「座学は薬術理論と基礎だよね。実習は応急手当の方法やら包帯の巻き方やら」
フリッツは口角を上げた。
「教官に頼まれてるんだ、応急手当とか知ってる学院生を連れてこいって」
「いやいやいや、ちょっと待って」
「ノルマは1人だから、タビーだけでいいし」
咄嗟に逃げようとした所を、拘束される。青魔法だ。
「せせせ先輩!こういうのは、本人の同意が!」
「なにそれおいしいの」
棒読みで告げたフリッツは、いつの間にか取り出した杖をひらりと回し、引く。
その動きにそってタビーの体が引っ張られた。
「ちょ、ちょっと!」
「大丈夫、どうせ後方支援だからさ。あ、僕はラーラと一緒だけど」
「そうじゃなくて!」
残念だが、フリッツにはタビーの抗議を聞き入れる様な人物ではない。
「さ、行こうか」
「え、ええええええええええ!?」
杖を翳した彼は、タビーを魔術で連行しつつ、鼻歌を歌っている。
(先輩が、歌ってる……)
冷や汗が浮かぶ。
(……もう、おしまいだ)
魔術で強引に引きずられながら、タビーは絶望に顔を引きつらせた。




