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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
襲撃
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58

 男は、顔をあげた。

 遠くに、微かだが王都が見える。ここまでくればあと一息だ。

「おーい、少し休憩しよう」

 連れ立って歩いていた男に声をかける。荷車を引いていた男達は歓声をあげ、

次々にその場へ座り込んだ。

「やれやれ、王都は遠すぎる」

 先導をしていた男も座る。腰につけた水袋から水を飲み、長いため息をつく。

「でも、高く売れるのは王都だ」

「だな。しっかし、コレの何がいいんだか」

 荷車に積んであるのは果物だ。男達の里では何処にでもあるこの実が、王都

では里の10倍近くの値段で売れた。傷みにくく固いそれは運びやすい上、間

に商人を挟むより、直接王都の商業ギルドに持ち込んだ方が高く売れる。その

金を使い冬に必要な物資を買って帰るのが男達の仕事だ。

「まぁ、美味いって言えば美味いけどさ」

「俺はちょっとなぁ。甘すぎる」

「青いうちならいいけどな」

 里では『頭が痺れる様な甘さ』と表現される果物である。農作業の途中で食

べれば、逆に水分が欲しくなるくらいだ。里ではせいぜい酒漬けにする位だが

王都では料理にも使う。しかも王都では高級料理店でのみ提供されるらしい。


 どこをどう使ったら料理になるのかは理解できないが、いずれにしろいい収

入になる。里ではあちらこちらに自生しているし、手入れもいらない。農業が

中心である彼らの里にとって、いい収入源なのだ。


「さて、少し頑張れば今日中に王都に着けるかな」

「途中で一度野宿だろ」

「野宿でも王都に近い方が安全じゃね?」

 そう言いながら、男達は立ち上がる。

「よし、今度は俺が引こう」

 何人かが場所を代わり、先程まで荷車を押していた男が先導に立つ。

 ぎしり、と荷車が軋んだ音をたて、動き出した。男達は一歩一歩大地を踏み

しめ、歩き出す。


 がさり、と背後の茂みが揺れた事にも気づかずに。



 へらが軽くなった。

 にんまりと笑った顔を教官に見られそうになり、慌てて引き締める。

 休暇前にはあれほど苦戦していた薬が、綺麗にできている。へらで何度かかき

混ぜ、完全に空気を抜いた後、指定の金属缶に詰める。へらを使って慣らし、と

んとんと机にあてて余計な空気を抜く。更にへらを使い、きっちりと詰めた。薬

は余らず、きちんと缶の中に全て入る。失敗していれば、余ったり足りなかった

りするのだろう。


 濃い緑色の薬を詰め終え、蓋をした。蓋にはタビーの名前が記入されている。

 この実習で今月の試験は終了だ。

 魔力をそうっと注ぐ、の感触さえ掴めれば案外簡単にできる。教官の言ってい

る事が体感出来るまでに時間がかかってしまった。あとは単純に混ぜすぎていた

だけだ。

 完成するまでに時間がかかってしまったが、試験に間に合ったのだから良しと

する。同じ講義を取っている者でも出来る者と出来ない者とに分かれていた。


 薬と手順や所感を書いた紙を一緒に提出して、タビーは教室を出る。


 今月の試験が終われば、半期に一度の特待生査定だ。

 専門課程に入ってからは、各課程上位3名が特待生になれる。今のところ成績

的に問題ないので、恐らく大丈夫だろう。

 必須講義は全て試験があるが、選択講義は試験の代わりに考察文等を書かせる

ところもある。それも全て提出済みだ。


 専門課程は、とにかくお金がかかる。

 学費、教材費、実習費、教本・道具代。魔術応用は特に教本や道具代が高い。

 特待生であれば全て免除される。ここで頑張らねば意味がない。もし特待生か

ら落ちれば全て自腹だし、例え支払いに猶予を貰ったとしてもタビーには払いき

れない金額だ。

 

「今日はどうしようかなぁ」

 人気の少ない廊下で伸びをしつつ、タビーは呟いた。

「訓練したいし、寝たいし、内職も探したいし……」

 夏の長期休暇を1クプラも稼がず奉仕作業に費やした彼女の懐は、寒い。それ

でも老師と側付きの神官という知己は得られたし、人気のない奉仕作業に一月以

上も通ったお陰で教官達の評判も更に良くなった。結果的にはいい方向へ転んだ

が、懐が冷え込んでいるのは事実だ。


「ギルドに顔をだそうかな」

 相変わらず彼女が通うのは商業ギルド。講義の延長で冒険者ギルドに登録はし

たものの、1回も行った事がない。採取の依頼など、比較的楽なものもあるが、

いずれも王都を出なければならないので気が進まなかった。訓練をしてはいるも

のの、外敵と戦えるほどタビーは強くない。

 採取に行って怪我をする位ならいいが、命の危険もある。誰かと組まないと危

険だ。

 

 今日はギルドに顔を出そう、と決めた時、鐘の音が響いた。

 いつもの低い音ではなく、甲高いそれは聞いた事がない。窓から顔を出すと、

騎士課程の面々が一斉に訓練場に向かっている。


「なんだろう」

 騎士専攻も試験期間中だ。試験で鐘が鳴る、とは聞いたことが無いし、もしも

そうなら事前に通達が出る。

「……」

 タビーは迷わずに窓枠に足をかけた。幸い魔術応用専攻は試験中、廊下には誰

もいない。

「よっ……」

 勢いをつけて窓から飛び出す。その瞬間に呪を発動させた。落下の早さが消さ

れ、ふわりとした空気がタビーの回りを囲む。緑の魔術は、こういう時にも使え

る便利なものだ。元々は、防御の魔術だが。


 地面に足がついた感触を確認するより前に、タビーは走り出す。


 目指すのは、訓練場だ。


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