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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
襲撃
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「は?護符?」

 出来れば避けたいが、魔術の相談が出来るのは教官か彼くらいしかいない。

 そしてどちらにするかを考えたとき、こちらを選んだ自分が間違っていないと

信じたいところだ。

「護符って、神殿のアレでしょ?」

「聖術と魔術は、同じ魔力を使っているんじゃないんですか?」

「うーん」

 フリッツは珍しく言葉を濁した。

「同じかどうかは判らないな。検証した人がいるわけではないし」

「例えば、魔術で使う防御術を何か……たとえば、ローブに込めたら」

「魔術は基本的に魔力を長くは留めておけない。せいぜい1日だ」

「では聖術は留められる?」

「まぁ、そう仮定できる……かな」

 歯切れの悪い回答だ。

「魔力を持つ人が魔術師への道を選ぶのは判るんです。では、神官や司祭、聖女

は何を基本にしているんですか?」

「そりゃ信じる心ってやつでしょ」

 フリッツは皮肉たっぷりの口調でせせら笑う。

「司祭はともかく、神官や聖女は神殿に繋がれるんだから。余程の決意がないと

無理だね」

「……」

「だからこそ、小さいうちから奉仕の名目で仕えさせるんだけど」

「洗脳は、早い内にということですか?」

「わかってるじゃない、タビー」

 苦々しげなタビーの口調に彼は頷く。

「話を戻そうか。タビーは、聖術と魔術の力……魔力は、両方とも共通だと思っ

ているんだね?」

「仮定ですけど」

「であれば、魔術でも護符は作れる。理屈は確かにそうだ」

「はい」

「でも、現実にはできない。何故だろう」

 フリッツは腕を組む。

「前にさ」

「はい?」

「前に、ラーラの髪飾り、編んでくれたの覚えてる?」

「え?ええ、はい」

「あの編み図はね、ウチに伝わる編み図なんだけど」

 にんまりと彼は笑う。

「あれが護符だ、って言ったら、きみ、信じる?」

「はぁぁ?」

 魔力は長く留められたとしても1日、そんな事を言っていた彼が告げた言葉に、

タビーは胡乱な眼差しを向ける。

「矛盾してます」

「だよね」

 けらけらと笑って、フリッツは壁に寄りかかった。

「あの編み図が我が家に伝わってる、ってのはホント。代々嫡子が受け継ぐ。こ

の前のは髪飾りが作れる様に、手をいれたけどさ」

「はぁ」

「うちは男爵だけど、その前は魔術師の家系でね。編み図は、英雄の配偶者たる

アーヴァインから授けられた家宝なんだ」

「……」

 どこまでが本当でどこまでが嘘なのか。見極めがつかない。

「うちに伝わってるのは、あれがお守り、ってことだけだよ。でも、護符とお守

りって殆ど同じだよね」

「はぁ……」

 段々訳が分からなくなってきた。

「あの、話を戻して」

 タビーは深呼吸をする。

「魔術にも護符の様な、お守りがあるんですね」

「効果の程はわからないよ」

「わからないんですか?」

「僕も持ってるけどね」

 フリッツはそう告げると、ローブの裏をちらりと見せた。そこには不思議な形

の模様が縫い付けられている。あの編み図に似てるかと言えば、似ている様にも

思えた。

「実習で何かから守ってくれた事もないし、肉体的な補助も感じられないよ」

「そもそも、神殿の護符って何なんでしょう」

「身につけていると、厄や災害から身を守ってくれる、っていうね」

「効果はあるんでしょうか」

「護符を持っていたって盗賊に襲われる時は襲われるし、ダメな時はダメ」

 だとしたら、護符はやはり気休めなのだろうか。護符が持つあの独特の『空気』

は老師が言う様に『祈り』という漠然としたものなのだろうか。

「……わからなくなってきました」

「単純に考えたら?」

 フリッツはやや呆れた様に告げる。

「宗教と魔術は相容れない。神への奉仕と禁忌すら越えて魔術を学ぶという者は

どこまでいっても交われないんだ」

「はい」

「神殿は聖術を使い、祈り、護符を作って売る。それで人は安心して満足する」

「……」

「魔術は己や仲間の身を守る。護符の様な曖昧さはなく、当人の絶対的な力で生

死まで決まる」

「……」

「聖術は治癒が出来、人を助けられる。魔術は敵を倒す事で人を助けられるが、

人を癒やすことは出来ない」

 だから戦いに勝利しても、死者がでる。

「聖術と魔術の成り立ちは根本的に違う」

 フリッツは少し考え、頷いた。

「魔力を使うのは同じなんだろうね。その使い方っていえばいいかな、そういう

部分で違うんじゃないかな」

「……じゃ、やっぱり魔術で護符って考え方は」

「可能性は低いんじゃない?」

 その言葉にタビーは肩を落とす。

「そもそも、なんで聖術の事なんか聞くの?」

「……治癒の術が使えれば、旅をするのに安心かと思って」

「一人旅なら、薬を大量に持ち歩くんだね」

 軽い怪我ならそれで充分、酷い怪我なら治癒の術を知っていても、自分で使え

ないだろう、と続けたフリッツは、ふと顔をあげた。

「ね、もういいかな」

「え?」

「ラーラが起きたみたいなんだよね。他に聞きたいこと、ないでしょ?」

「あ、はい。ありがとうございま……」

 す、を言う前にフリッツは身を翻した。走ってる様に見えないが、同じ位の速

度だ。

「……なんで、起きたって判るんだろう」

 呟いて、タビーは身を震わせた。

 

 世の中には、考えてはいけないことがある。



 護符の浄化は、ここ数日のうちに行われるらしい。

 崩れない様に積み上げていくタビーの傍らで、老師は相変わらず護符を弄び、

積み、崩していく。

 授与所は暇なため、少しでも体を動かすこちらの仕事がいい、と言えばいいが

老師の行動はつかみ所が無い。その点が不安だ。

「『祈り』って、なんでしょう」

 黙ったままだと気が塞ぐので、たまにタビーは口を開く。

「神への奉仕じゃな」

「祈りは聖術なのかと思っていました」

「そうさな」

 老師の眼差しは穏やかで優しげだ。だが、どこか遠くを見ている様でもある。

「癒しの術は、祈れば使えるというものではないよ」

「使えない人もいらっしゃるのでしょうか」

「おるな。だが、使える、使えないは、神殿の中であまり重要だと思われん」

「……魔術は、使える方がいい魔術師です」

「聖術を誰もが使えれば、骸になる者はいなくなる」

 骸は、死ということだろうか。

「それでは神の創った世界が歪になるだろう。生死があるから神は忘れられない

のだよ」

「……」

 その考えは、神殿内で口にしていいものなのだろうか。部外者のタビーですら

不遜に聞こえる物言いだ。

「私は……骸になるのが、怖いです」

 いつかその日が来るのは判る。前世のタビーもその日を迎え、そして今、ここ

にいるのだ。

「人の魂は巡るのでしょうか」

「いずれそなたと儂とは、何処かで会うかもしれんな」

 返事になっていない様な言葉を、だがタビーは記憶に留める。何故か老師の話

は聞き逃したくなかった。

「私は、聖術も魔術も使いたい。生きていくために」

 ぽつりと呟いたタビーに、老師は笑い出した。

「さてもさても、若さとは傲慢だの」

「はぁ」

 気恥ずかしさに顔を赤くし、彼女は俯く。

「祈りあっての聖術、祈りを満たさなければ聖術は使えんよ」

「聖術を使える方は、祈りを満たしている。であれば、その方が重要なのでは?」

「聖術を使う時に祈りを捧げ、満たす。そして初めて癒しの術が使える」

「……そうですか」

 癒やしの術を使う時には祈りが必要なのだろう。魔術で言うところの発声と発

音、呪だ。

 その時その時で祈りが必要なのであれば、確かに重要視されないものなのかも

しれない。

 タビーは護符を手に取る。護符に残った『空気』は祈りなのだろう。そうとし

か考えられない。だとすれば、タビーには無理だ。

 扉が静かに開いた。

「老師、タビー。お昼の時間です」

 神官が顔を出す。

「おお、もうそんな時間かの」

「はい」

 よろけつつ立ち上がった老師に、神官が手を差し出した。

 タビーもその後に続く。ゆっくりと歩くのは何時もと変わらないが、今日は老

師がいるせいか、更に遅かった。

(祈りを満たして使えるのが聖術)

 それは神へ捧げる祈りなのだろう。祈りの文言を覚えて言うだけで発動するも

のではなさそうだ。

(だけど、何かが……)

 どこか納得できない自分がいる。

 フリッツが言った『禁忌すら越えて魔術を学ぶ者』とは、まさにタビーそのも

のだ。奉仕作業とはいえ授与所で護符を渡し、戻ってきた護符を積み上げながら

考える事は真逆のこと。

 タビーは頭を振った。考えるのを押しとどめる。今は何もわからない。だが、

このまま考えても良いことは一つもないと思った。

「タビー」

 咎められる様な声にはっと顔を上げる。いつの間にか、神官と老師を抜いてい

た。

「も、申し訳ございません」

「いいえ」

 首を横にふった神官は静かに微笑んだ。


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