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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
襲撃
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52


「あ」

 ぺたり、ぺたりとしていた感触が突然柔らかくなった。

「あ、ああ……」

 手に持っていた筒の中を覗き込み、タビーは溜息をつく。先程までねっとりと

していた表面が、緩くなっていた。試しにへらで持ち上げると、さらりと流れる。


 失敗だ。


 タビーは溜息をついた。これで5回目である。中身を所定の場所に捨て、もう

一度薬草を準備した。


 薬術基礎は、薬の説明、用法、作り方、保存方法等が中心の講義だ。今日は初

めての実習だが、先程から失敗してばかりである。周囲にいる同期生も同じ様で

中には完全な液体になってしまった者もいた。


「少しずつ、そうっとそうっと注ぐのですよ」

 薬術基礎のボーメ教官は中年の頃をやや過ぎた位だろうか。穏やかな口調だが

視線は厳しい。

「タビー、油断しましたね」

 先程捨てた中身を見たのか、足音も立てずに教官が近づいてくる。

「は、はい」

「魔力をそうっと注ぐのです。少しずつ練らないと、傷薬になりません」

「はい」

 

 人の魔力は死ぬその時まで増え続けるという。その幅が多いか少ないかは人に

よって違うらしいが、多ければ大量に物を作ったり、連続の攻撃が出来たりと便

利だ。だが、その魔力の使い方はそれぞれ違う。


 魔術を使うときは、ある程度の塊を。

 薬を作り出す時は、細かい微調整を。


 大まかな塊でもある程度は発動する魔術に比べて、薬は繊細な調整が必要だ。

 『大さじ1』とか『1ml』とか決まっているものではなく、薬草によっては

魔力を多くしたり少なくしたりする。どんな薬草を使っても、同じ品質のものを

生み出す必要があった。


 今回作る傷薬は基本中の基本、擦り傷や切り傷に、水仕事の後に使って手荒れ

防止、という、良く出回っているものだ。

 薬草と漉した水を使い、魔力を注ぎながら混ぜ続ける。安価でよく出回ってい

る割りに、魔力の微調整が必要な薬だ。


 魔力を注ぐ、練る、塊を使う等、基礎の基礎は必須講義で既に教えられている。

 専門課程に進む前に杖を生み出した事もあり、この程度は誰でも問題なくこな

したが、いざ実習となるとなかなか上手くいかない。


「今手がけているもので最後にしてください。終わった方は片付けと日報を」

 日報は、一日の講義について所感を書く物だ。上手くできた、できなかった、

その理由等の推察や感想を書いていく。大抵が講義の最後に書く時間を貰える。

 これも評価の対象らしいので、皆がきっちりと書いていた。疑問点等は場合に

よって教官から助言を貰える。


 タビーは時計をちらりと見た。少し余裕がある、焦りは禁物だ。

 魔力をそうっと注いでいく。針に通す糸の様に、細く細く。混ぜていくうちに

薬草と水はねっとりとした塊になった。これをもう少し柔らかくする必要がある。

 今度は、ちいさな水滴を落とす様に魔力を入れていく。魔力を落としたら手早

く攪拌し、常に同じ濃さになる様に調節するのだ。

 少し柔らかくなったところで、魔力を止める。さっきはここで魔力を足し、失

敗した。今度は魔力を注ぐのを止め、とにかく練り続ける。

 へらが重くなってきた。魔力を、ほんの一滴。それでも重い。

 もう少し、と追加した所で、へらが急に軽くなる。

「あ、あーあ……」

 時既に遅し。中身はまた柔らかい液状になってしまった。

 溜息をつくと筒の中身を捨て、道具を洗う。最後の『もう少し』がいけなかっ

たのだろうか、だが、あのまま混ぜたら今度は固形になってしまう。満遍なく混

ぜているつもりだが、混ざっていなかったのだろうか。教官が見本で作って見せ

た時と混ぜる早さは変わらない。となると、混ぜ方に何かコツがあるのだろうか。

 道具を洗い終えて、日報を書く。今日の講義はこれで終わりだ。

 どこか重さを感じさせる鐘の音がする。

「はい、では終わった方は解散してください」

 水を切ったへらを道具箱に入れ、日報を提出する。

「ありがとうございました」

 タビーは教官に一礼すると、肩を落としたまま実習室を出た。



 講義後の自主練は、憂さ晴らしに丁度良かった。

 と言っても、魔術師志望のタビーが誰かと戦う訳ではない。素振りや走り込み、

打ち込み程度だ。それでも打ち込み用の丸太を、失敗しか出来ない薬草に置き換

えて叩き続けると幾分すっきりとする。

 昨年から習っている短剣術に加えて、今は杖術も学んでいた。杖が長いのは、

武器代わりになる。それに長ければ取り回しも考えなければならない。杖の長さ

に戸惑って、魔術の発動が遅れる事はあってはならない事だ。

「せいっ!」

 両手で杖を持ち、左右交互に打ち込む。練習用の杖は軽いので、それに錘をつ

けて使っていた。まずは、あの杖を軽々と扱える様になるのが最優先だ。

 短剣術では至近距離まで詰める必要があるが、杖術だとその点は問題ない。逆

に長い分、取り回しが難しかった。せめてこの杖よりも身長が高くなれば、と思

うが、ヒジャの乳も今のところ効果がない。同期に比べれば少し高いが、騎士寮

では小さい方だし、杖も身長より少し長めである。

「タビー」

 声を掛けられて顔をあげれば、アロイスがいた。

「おかえりなさい」

「ああ」

 最終学年のアロイス達は、実習が主となる。ここ数日は不在だった。遠征の様

な形の実習である。

「少し見てやろう」

 アロイスの武器は大剣だ。

「いいんですか?」

「ああ、体が鈍ってる」

 ということは、実習はそれほど厳しくなかったのだろう。タビーは頷いて、丸

太から離れた。アロイスはその丸太を少し眺めてから、練習用の剣を用意する。

「タビー、打ち込みの精度は左がいい」

「はい」

「右側にも同じ位注意を」

「はいっ!」

 構えたアロイスに打ち込んでいく。それは、難なく受け止められる。

「力が弱い」

「はいっ!」

 ただ力を込めればいい、というものではない。左右どちらの打ち込みでも同じ

位の威力になる様にすることが大事だ。

「右ッ!」

 何回か打ち込みを受けた後で、今度はアロイスが打ち込んできた。タビーは足

に力を込め、杖で受け止める。

「左ッ!」

 素早く杖を動かす。短剣と比べて打ち込みを受けやすいが、競り合いは不利だ。

 杖の持ち方一つで、すぐに押されてしまう。

「タビー、背中を曲げるな!」

「は、はいッ!」

 アロイスをはじめとする騎士寮の面々と打ち合うのは、タビーにとっていい訓

練になる。素振りや打ち込みだけでは判らない事を、彼らは何も言わずに教えて

くれるのだ。

「くっ!」

 正面から剣を叩きつけられる。それを受け流す。

「今のはいいぞ」

 褒められたが、最低限の力で受け流しても相手の体勢すら崩せないのだ。

「次は、突いてみろ」

「はい!」

 腰よりやや上に構え、握った手の中を滑らせる様にアロイスを突く。剣の腹で

受け止められるが、気にせず力を込めた。

「もっとだ」

「はい!」

 ぐっと押し込むが、相手は微動だにしない。杖を素早く戻し、再度突く。それ

も易々と受け止められた。


 それを何度か繰り返しているうちに、タビーの練習着は汗でじっとり濡れてく

る。流れる汗を拭う暇がないから、頬から首を伝ってそれが落ちていく。

「このくらいにしておくか」

「ありがとう、ございました」

 息が上がってるタビーと比べて、アロイスは汗すら浮かんでいない。あの大剣

を難なく振り回しているのだから、練習用の剣など玩具の様なものなのだろう。

「タビー、肩に変な癖がついている。直した方がいい」

「え?どうなってますか?構えでですか?」

「払いの時だな。構えてみろ」

 言われて杖を構える。

「ゆっくり払ってみろ」

「はい」

 少しずつ払いの体勢へ移行していく。払いの動作に移った瞬間、練習用の剣で

止められた。

「ここだな」

「ええと……」

 鏡があればいいのだろうが、生憎訓練場にはない。

「利き手の分、こっちの方が振りが大きすぎる」

 剣先で肩と腕を指された。

「脇をしめて、もっと早く」

「はい」

 もう一度構えの体勢から、払いの動作へつなげていく。アロイスが頷いた。

「いいぞ。これを忘れるな」

「こう……ですね?」

 何回か目の前で繰り返し、指導を受ける。騎士専攻課程で首席のアロイスは、

大剣以外の武器もある程度扱えた。杖術や槍術も得意らしい。そんな彼の指導を

受けられるのは幸運だ。

「そうだ……今日はその辺にしておけ。癖を抜くには時間がかかる」

「はい、ありがとうございました」

 タビーが頭を下げると、彼は頷き、練習用の剣を置いて訓練場を出て行く。

「脇をしめる……」

 その場で何回か動作を確認すると、タビーは息をついた。

 日が傾き始めている。アロイスの言う様に、そろそろ終えた方がいいだろう。

 練習用の杖から錘を取り外し、タビーはようやく汗を拭った。


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