48
ひんやりとした感触と、重み。
タビーは視線をゆっくりと右手へ向けた。
鈍い銀色。
何だか判らない模様が入っている。模様なのか、それとも不規則な記号なのか
魔術的な意味があるのか。
まったく判らないその模様を視線で辿る――――長い。
タビーは目を見開いた。意識が一気に覚醒する。手から滑り落ちそうなそれを
慌てて掴んだ。荒い息が漏れる。
「……」
掴んだそれは、鋭い冷たさを伝えて来た。冬の空気の様だ。痛みさえ感じさせ
るそれは、タビーの手にしっくりと収まる太さだ。冷たさに耐えかねて、手を持
ちかえる。開いた掌は、だが凍傷やしもやけの様にはなっておらず、ただほんの
りとした赤みが浮かんでいるだけだ。
肩にそうっと手を当てられる。振り向けば、教官の一人が頷いていた。身振り
手振りで支度を調える様に指図され、従う。ブーツを履くときに少し物音を立て
てしまったが、周囲の同期生は気にしていない様だった。
静かに立ち上がり、教官に導かれるまま出口に向かう。薄ぼんやりとした光を
出していた生徒が、その手に杖を顕現させたのを見て息を呑んだ。自分もあんな
風だったのだろうか、今更ながら目を閉じたままだったのが悔やまれる。
教室を出ると、隣の小さな部屋に案内された。
そこには教官長のベックと、数人の教官がいる。皆、入って来たタビーに優し
い眼差しを向けていた。
「ようこそ、兄弟よ。新に深淵の縁に集う者よ」
ベックが厳かにそう告げ、回りにいた教官達も恭しく礼をする。彼女も慌てて
それに倣った。
「流石だね、タビー。君が一番に杖を生むと思ってはいたが」
ベックの言葉に、タビーは左手に握っていた杖を見た。
鈍い銀色、艶のない色と複雑に模様がはいった杖。だが長さはタビーの身長を
ほんの少しだけ超えた位もある。
「あまり見ないね。とても長い。それに金属質の杖はあまりないのだよ」
「そうなんですか」
「金属質の杖を持つ者は、魔術師的に不出来な事が多いのだ」
「……」
教官の指摘に思わず息を呑む。
「私が今まで見てきた生徒でも、やはり金属質の杖を持つ者はあまり素養がない
様に思う」
別の教官が更に続け、タビーは切なくなってくる。不出来だとしたら、独り立
ちもできないのだろうか。
「だが、奇才が多いのもまた事実」
慰める様なベックの言葉に、彼女は顔を上げた。
「杖がどんな風に君と生きていくのか、興味深いよ」
宥める様な口調にほっとする。そうだ、諦めてはいけない。イルマも言ってい
た。諦めない、最後まで足掻くことが大事だと。
「あ、あの」
タビーは口を開いた。
「あの、杖が……杖が、冷たいんです」
「冷たい?」
教官達は顔を見合わせる。
「金属だから、ではないのかね?」
「そうではなく、こう、長い間持っていられないので……」
「少し触れさせてもらうよ」
ベックが歩み寄り、指先を伸ばした。触れるか触れないかのところでパシンと
いう音がする。
「教官長!」
「大丈夫だ」
慌てる教官達を、ベックは手で制した。
「タビー」
あの厳かな口調で彼は続ける。
「杖は魔術師から生み出される。壊れる事もあり、無くなることもある。だが、
魔術師は新しい杖を生み出すことができる」
「はい」
「杖は不思議なもので、例えば私の杖を君は使えない。でも触れる事くらいは出
来る」
ベックはもう一度指先を伸ばす。だが先程と同じ乾いた音がして、それは弾か
れた。
「だけど、君の杖は、君以外を拒絶する様だね」
「……」
「決して悪い事ではない。誰かに杖を隠されたり、壊されたりする可能性はない
ということだから」
彼の指先はやや赤くなっている。だが、その表情は穏やかだ。
「私には感じられないその冷たさが、君を守るかもしれない。君を害するかもし
れない。だが、私にはそれを予測する能力はないのだよ」
肩に手を置かれる。ベックの眼差しは穏やかに見えて、だが厳しい。
「タビー、君の思う道を進みなさい」
手に力が入った。
「君が奇才なのか、そうでないのか。暴虐や破壊を行うのか、平らな大地の砂と
なるのか。それは、君の思う道に繋がって、広がる」
「……はい」
先程『不出来の可能性』を示唆されて萎えていた気持ちが、再び力を持つ。
諦めないこと。
諦めたくないのだ、魔術師の道を。自分が望む未来を。
自分の居場所を見つけ、そして魔術師として生きていく。そんな未来を。
「来年度から、共に魔術を学ぶ兄弟になる。今まで以上に励む様に」
「はい!」
タビーはひんやりとした感触を伝える杖を握りしめる。
ようやく、魔術師になるための一歩を踏み出したのだ。これを逃す訳にはいか
ない。
「さぁ、寮に戻りたまえ。ああ、杖に触りたがる者がいると思うが、その時は気
をつける様に」
「はい、ありがとうございます」
タビーは、深く頭をさげた。
■
今年は、思ったより杖を持つ者が多そうだ。
教室の様子を見に行った教官からそう告げられ、ベックは微笑む。
「兄弟が増えるのは、いいことだ」
「しかし、タビーのあの杖……」
一人の教官が当惑した様に呟く。
「部分部分が金属のものは見たことがありますが、全て金属とは」
「銀でも何でもない、不思議なものだったな」
「冷たいと言っていたが、何か特別なものなのだろうか」
「杖に彼女以外触れないというのがまたなんとも……」
教官達は顔を見合わせる。
「やれ、長く教官なんぞをしてると珍しいものを見る事もあるだろう」
ベックが教官達の当惑を宥める。
「それに、タビーは成績もいい特待生だ。もしも魔術師として大成出来なくても
研究は出来るだろう。道は色々ある」
「そうですね……」
「未知の可能性を持つ兄弟が出来たと思えばいい……おお、次の者が来たな」
廊下の気配を悟って、彼は話を終えた。教官達も再び扉を見る。
扉が開き、緊張した面持ちの生徒が中に入ってきた。
「ようこそ、兄弟よ」




