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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
タビーと決闘
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 新年を迎える前に懐が温かくなったタビーは、機嫌が良い。

 途中、フリッツからの鬼の様な依頼があったが、受けたものは全て作り上げた

し、思ったより早く仕上げたので報酬に色もついた。これで新年度までは大丈夫

だろう。


 今日は、魔術応用課程へ進むための臨時選考がある。


 魔力に乏しい、もしくは全くない者や、素養がない者をふるい落とす選考だと

いう。事前にフリッツから『タビーなら大丈夫』と太鼓判を押されたが、実際に

何をするかは教えて貰えなかった。

 それでも魔術応用課程への第一歩だ。心が沸き立つ。


 指定された大きめの教室には、随分人が集まっていた。同期生と話をしたとき

にはそれ程志望者がいない様だったが、全体で見たら多いのだろう。例年、この

臨時選考で半分は落とされるらしい。二分の一の確立だ。


 教室に入るとき、教官の一人に手を握られた。学院の入学試験時にも行われた

魔力査定だ。実は教官の手首には魔道具が嵌められており、魔力の有無や大まか

な量が判るという。

 席には名札があり、タビーは指定された席に着く。自分の組と同じ、一番後ろ

の窓際の席だった。周囲を見るが、同じ組の者は数名だけだ。話した事もない上

トビアスの取り巻きだった事を思い出して目を逸らす。実習の襲撃時以来、何も

なく過ごせたが、今後も同様かはわからない。


「では、始めましょう」


 席も大半が埋まってきたところで、教官の一人が前に立った。


「教官長のベックです」

 白髪交じりの髪に黒色のローブをまとった教官はそう名乗る。

「本日の選考で、皆さんには杖を作ってもらいます」

 場がざわついた。

「……材料は皆さんの魔力です。残念ながら、杖が作れない者は魔術応用には進

めません。これは魔力の多い少ないではなく、魔術への素養を見ます」

 再び場がざわつく。それが自然に収まるのを待って、ベックは再び口を開いた。

「基礎課程で皆さんが学んだ瞑想。瞑想は魔力の内的循環を効率良く行うために

必須です。瞑想と、自分自身の魔力を練り上げて杖を作ってもらいます」

 魔力を練る、という感覚は分かる。決闘の時に使ったし、瞑想の講義でもそん

な話をされた。

 だが、魔力を練って杖を作るということは、何かしらの形を作るということ。

 そんなことができるのか、タビーは半信半疑である。


「重要なのは、魔力を練り続けられるか、そして集中力が持続するか。魔術師で

あれば、杖は自ら生み出さなければなりません。杖が壊れた、無くなった、そん

な時でも杖を再び作り出すことが出来なければ、魔術師にはなれないのです」

 

 杖は買うのでも、貸し与えられるのでもなかった。自分で作り出すもの、と聞

いてタビーは驚く。前世で見た気がする映画では、杖を売っていた。自分で作る

とは思ってもみなかったのだ。


「私の杖は、これです」

 ベックがローブの下から出したのは、指揮棒より少し長めのものだった。木が

いくつか捻れて絡みついた様なものだ。

「杖の形は人それぞれです。この様な杖もあれば、短い杖も、指輪や腕輪という

形を取ることもあります。私の杖はこれで5本目ですが、作り直すたびに長くな

りました」

 軽く振った杖を、ベックは翳してみせる。

「作り出したその時に応じて、杖は変わります。長くなったり、短くなったり。

作り出されたものが、その時の自分に一番合ったものです。魔力を、魔術を深く

識れば識るほど、皆さんの杖も変わるでしょう。ですが、まずは最初に使う杖を

生み出さなければ、魔術師にはなれません。勿論、魔術応用課程にも、進めませ

ん」

 生徒達は息を呑んだ。

 選ばれるのは、魔術の素養がある者のみ。

 それ以外は進む道すら与えられないのだ。


「……」

 フリッツに太鼓判を押されたが、それが信用できるかどうかはまた別だ。

 実際にこの場で杖を作れなければ、タビーの希望は叶わない。確かに魔術応用

以外に財政や騎士の専攻課程があるが、それは彼女の希望から遠すぎる。

「では、はじめましょう」

 ざわつく教室内で、もう二人の教官が前に進み出てきた。二人とも手元に香炉

の様なものを持っている。

「皆さんの気持ちを落ち着けるものです」

 杖の先で香炉に小さな火を落としたベックが頷くと、二人の教官は教室の前方

左右に香炉を置いた。

「では、瞑想をはじめてください」

 ベックの指示に、生徒達は当惑した様な眼差しを向ける。

「瞑想を行い、魔力の内的循環を経て魔力を練り上げるのです」

 曖昧な指示だ。魔力を練り上げるのは判る。だがその先は?

「杖は、それでできあがります」

 疑問符を浮かべた生徒達の視線をものともせず、ベックは全員に瞑想を促した。

「心を落ち着けて、自分の魔力に集中するのです。どの様な体勢でも構いません

よ」

 目を閉じる者、机に腕を置き寝る様な体勢を取る者もいる。

 タビーはローブの下に着ているブラウスの釦を緩めた。首、腕が楽になる。

 ローブの紐やワンピースのベルトも緩め、行儀が悪いとは思ったがブーツも脱

ぐ。前で焚いている香の匂いは、森の匂いに似ていた。


 ゆっくりと呼吸をし、目を閉じる。

 全身の力を抜き、椅子に体重を預けた。


「どの様な形をしていても、それは杖なのです」


 ベックの静かな声を聞きつつ、瞑想を始める。己の内側を辿る様な感覚も、随

分慣れた。

 胸から腕へ、足へ、腹へ、頭へ――――。

 魔力をゆっくりと巡らせていく。


 魔力を練る、というのは内的循環に等しいもの、とタビーは考えている。

 内的循環、即ち魔力を体に巡らせる事によって魔術を発動できる、逆に言えば

その内的循環を常に巡らせ、咄嗟であっても直ぐに魔術を使える状態にしておく

のが魔術師だと思う。フリッツの言っていた外的循環は、恐らく発声か発音かど

ちらかだ。無意識下で内的循環を制御できてこそ、魔術師なのではないか、タ

ビーはそう考えている。


 指先から、足先から、魔力が流れ出すのを感じた。

 タビーは、その流れに身を任せる。

 ――――自分の魔力だ、何を恐れる必要があるのか。

 その流れはゆったりとしていて、それでいて己の体を貫いている様にも感じた。


 身も心も全て委ねればいい。


 タビーはそうっと息を吐いた。その息すらも魔力になる。

 己が吐息、血、肉、骨まで魔力に流し込む様な、魔力にたゆたう自分の意識す

らも曖昧になっていく。

 熱くもなく、冷たくもなく。

 乾きもせず、潤いもせず。

 澱みのない、ただの流れに身を任せるだけだ。


 ただ心地よさだけがある。このままここにいたい、そう思わせるだけの何か。

 

 指先が、ひんやりした。覚醒を促される。


 ――――嫌だ。


 本能的に感じた。ここにいたい、この中で微睡み続けられたら。

 貴族も庶民も学院もギルドもなにもない。タビーという存在すら曖昧になるこ

こは、だが自分を失う恐怖は訪れず。

 それでも何度も促され、タビーは嫌々ながら瞳を開ける。


 そこは、学院の教室だった。


 教官達がいる、同期生達もいる、どこからか森の香りがする――――。

 タビーの意識が覚醒に向かう。


 ――――嫌だ。


 抗う。このままでいたい。

 そんなタビーのもがきを嘲笑うかの様に、視界が開けてくる。

 明るい。今まで暗いところにいた訳でもないのに。

 ほう、と息を吐いた。微睡みも流れも遠ざかる。


 そして、タビーにとっての現実が戻ってきた。



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