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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
タビーと決闘
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 実習から数週間が過ぎたある日、タビーは訓練場にいた。

「力は、このくらい」

 対面にいるのは、イルマだ。

「握るのは二通り、順手と逆手」

 イルマが目の前で見せた握り方を、タビーも繰り返す。

「順手は握りやすいけど、躱されやすい。逆手は後ろから襲われても対応ができ

るけど、持ち慣れるまで時間がかかるね」

「ということは、逆手を練習した方がいいんですか?」

「両方。至近距離なら順手で力を込めて一撃を与えられる」

 タビーの手には訓練用の短剣が握られている。その手首を掴み、自分の腹部に

当ててみせながらイルマは続けた。

「女だからね。抱きつくふりをして、とかありそうだけど、実際には難しい」

 イルマがタビーを抱きしめる。頭一つ分高い彼女の背に手を回す様に言われて

タビーは腕を伸ばした。

「この体勢で、刺せそう?」

「け、結構難しいかも……」

「抱きつく前に短剣を抜いてなきゃダメだし、それを悟られずに逆手で握ったま

ま男を刺す、ってのは現実的じゃないよね」

 男は筋肉もあるし、と続けてイルマは体を離した。

「色気で落とす、って方法もなくはないけど」

 そう言って、彼女はちらりとタビーを見る。

「……将来に期待か」

「先輩!」

 それはあんまりだ、と言いたげな彼女にイルマはからからと笑った。

「ま、正直な所、騎士とか冒険者だと護身用程度だね」

 訓練用の短剣を指先でくるりと回す。

「武器としても使えるけど、例えば鎧の間を突くとか、急所を狙う、って感じだ

から、なかなか」

「投げたりはしないんですか?」

「ああ、出来なくはないけど。投げたら、武器がなくなるよ」

「うーん、数本持つとか?」

「投擲用の短剣があるんだけど」

 イルマはしゃがみ込み、訓練場の地面に図を書く。

「このくらい細くて、ここを指先で挟む」

 訓練用の短剣で描かれた図は棒状で、先だけが尖っている。

「でも、これだったら複数持っていないと。それに投げた後に回収できるか微妙

だから、ちょっとどうかなぁ」

「そうですか」

「そもそも、ある程度の距離が無いと意味ないし。それだったら、タビーは魔術

を使う方がいいんじゃない?」

「うーん……」

 タビーもしゃがみ込み、首を傾げる。

「あらかじめこの人が敵!って判っていれば使えますけど」

「そういうことだね」

「変に考えるより、普通に扱い方を覚える方がよさそうかな」

「だと思う」

 イルマは短剣術が得意だ。通常は長剣を使っているが、体術と組み合わせた短

剣術ではライナーと同じ位の強さだという。

「あとは、どうしても体捌きの問題だね」

「避けるのも必要ですよね?」

「それもそうだけど、場合によっては踏み込んで行くかな」

「……危険じゃないですか?」

「懐に入った方が効果的だから」

 短剣はその短さがマイナスになることも多い。至近距離であればまだしも、間

合いが大きければ長剣や他の武器に対するのは難しいだろう。だからといって無

闇に間合いを詰められない。それをどうにかするのであれば、別の方法を考える

方が理想だ。

「取りあえず、基礎は少しずつ教えるから」

「すみません、ありがとうございます」


 実習の後、タビーの組は特に何も無かった。トビアスは相変わらず平然として

いたし、ヒューゴも必要以上にタビーを気にしない。ただ、今までと違って何処

にいても、誰かが見ている様な気配は感じていた。それがアロイスの根回しか、

ヒューゴの気遣いかは判らなかったが。


 いずれにしても、自分の身を守らなければならない。


 魔術応用専攻に進めば、魔術で対応出来る様になるだろう。だが、それまでに

半年近くある。実習も数え切れないほど。

 ――――それであれば、まずは何らかの武器を使える様になった方が良い。

 そう判断したタビーは、短剣術が得意というイルマに教えを乞う事にしたのだ。


「まず、足捌きから」

 前後左右の摺り足を見せられ、タビーも真似てみる。見てる分には簡単そうだ

がなかなか上手く出来ない。ゆっくりと前に進むが、踵が浮いてしまった。

「体の重さを均等にする、重心を偏らせない」

 イルマがゆっくりと動いて見せる。手招かれ、その横に立って並んだ。

「右足をこのくらい出して」

 同じ様に足の位置を置く。

「両足を動かす」

 ゆっくり動いたイルマの真似をしてみたが、どうも不格好だった。

「うん、さっきよりはいいよ」

「そうですか?」

「足捌きは基本だから、日課の様に練習するといい」

「体捌きとかも?」

「どうだろう。魔術師は魔術師の避け方ってあるんじゃないかな?」

 二人で顔を見合わせ、首を傾げる。

「まずは足捌き。これは覚えて損はないから。あとは……体力と、諦めないこと

だね」

「諦めない……」

「最後まであがくって事だよ」

 イルマは重心がぶれたタビーを支えながら笑う。

「これがダメなら、これはどうか。あれは?まだ試していないものはないか?」

 それでもどうしても手がないのであれば。

「最後には逃げる、ってのも選択肢の一つだね」

「逃げる……」

「生き残れば、また機会はある。だから」

「はい」

 実習時の襲撃時、タビーは、まさにその選択をした。

「さて、じゃ、もう一度やってみようか」

 摺り足を促されて、タビーは教えられた通りに足を動かす。

 今はままならない、この訓練が生き残るためのものならば。

(できるまで、やるだけだ)



 休暇を全て訓練に費やしたタビーの懐は、少々寂しい事になっている。

 成長期だから衣服の買い換えも頻繁だし、不要になった服を売ってもたいした

金額にならない。好物の干した果物や菓子も買い控えている。

「……うーん」

 短剣術の訓練を始めた今、安物でもいいから短剣が欲しかった。

 普段はベルトに挟んでおける。騎士志望の貴族には剣を下げている者もいるか

ら、短剣程度なら何も言われないだろう。

「何か、内職できればいいんだけどな……」

 今のところ、講義後は短剣術もしくは自主訓練に当てている。それに講義後だ

と仕事に出られる時間は短い。長いものだと深夜までになるし、流石に酒場勤務

は避けたかった。いろいろな意味で危険だ。

 訓練から戻り、夕食後の風呂や自習時間が終われば後は寝るだけである。でき

ればその自習時間に出来そうな内職があればいい。

「繕い物とかだったら出来るかな……」

 商業ギルドが斡旋する内職で一番多いのが、繕い物や刺繍だ。基本的な刺繍は

ギルドで教えて貰ったが、内職に求められるのは高度な柄や色あわせである。と

なると繕い物位しか仕事が無い。

「うーん」

 自分の服を繕う位は出来る。ワンピースの裾がほつれたり、袖の釦を付けたり

するのは問題ない。かぎ裂きも繕える。

「紹介してもらうしかないか」

 エルトの袋から全財産を取り出す。銅棒貨が10枚――――10本と言うべき

か。銀貨にすると丁度1枚だ。

 特待生は新年度になるたび、支度金が出る。それまであと半年程度、慎ましく

過ごしてもぎりぎりだ。

「来年は、採取とかで少し余裕がでるかなぁ」

 魔術が使えれば王都の外にも行けるだろう。流石に一人では無理だが、騎士寮

の面々についていくか、防御の魔術をかけながら採取をするか。どちらにしても

今よりは楽になる筈だ。

「……あとは、石鹸とか少し安いのにしよう」

 今使っているのは、洗い上がりが突っ張らないもので、普通の石鹸より少し高

い。これから寒くなる。石鹸を変えたくはないが、背に腹はかえられない。幸い

学用品類は学院から補助も出ているからけちらなくて済む。自分の生活を少し見

直すだけだ。

「あと、何かあるかなぁ」

 まずは切り詰めるだけ切り詰め、内職を手がけようと決意をし、タビーは銅棒

貨を丁寧に仕舞いこんだ。


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