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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
タビーと決闘
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「構え!」

 教官の声が響く。痺れてきた手に、タビーは力を込めた。

「打て!」

「やぁッ!」

 あちらこちらから声があがり、木剣のぶつかる音がする。


 カッシラー教官からの助言は、ライナー達寮生の想像を超えていた。


「タビー、腰が入っていない!全身で打ち込め!」

「はいッ!」

 間隔を取ってから、もう一度。

 相手は全く動かない丸太だが、樹皮には傷がついていない。

「たぁッ!」

 もう一打。今度は左から打ち込む。

 丸太は少し揺れるが、やはり傷すらついていない。逆に衝撃がタビーの腕に

響く。


 カッシラー教官の助言は『やってみればいい』だった。

 タビーの希望する補講は恐らく付いていけないだろうから、基礎課程1年向

きの補講を勧められたのだ。


 体をほぐす柔軟運動の様なものから始まり、走り込み、素振り、打ち込み、

各種武器の取扱い等、基本的なものを教え込まれる。

 初日は練習着のみで行われた走り込みも、3日目からは革鎧と木剣を装備し

て走らされ、素振りの回数も日々50回単位で増えていく。素振りを続けて手

は肉刺だらけ、皮が剥けるから包帯を巻いて訓練に参加する。

 当初は後輩に混じって補講を受けるのが気恥ずかしかったが、そんな感情は

初日で吹き飛んだ。

 騎士専攻課程を希望する基礎課程1年生向けの補講だから、これでも基礎の

基礎しかやっていないという。

 

 とにかくやり通す事を目標としているため、走り込みに時間がかかっても怒

られたりはしない。その点だけは助かった。最も、遅ければ終了時間も遅くな

るが。


 走り込みが終わった段階で、タビーの体力はほぼ限界になっている。

 その後ふらふらになりながらも訓練を受け、吐き気と戦いながら昼食を摂り、

日暮れまでかかって訓練を終えるのが最近の日課だ。


 タビーには甘いカッシラー教官が、騎士専攻希望者向けの補講を勧めるとは

誰も想像していなかった。せいぜい難易度を下げた座学系の補講になるだろう

と思っていたのだ。

 日々、よれよれになって帰寮するタビーに、周囲の者達ははらはらし通しで

ある。


 それでも、タビーは補講に出続けた。


 自分で起きて支度をし、食事をして補講へ向かう。誰の手助けも受けず、黙

々と補講に出続けるタビーを、寮生達は何度止めたいと思っただろう。

 それに反対したのは、寮長であるアロイスだ。


『タビーが自分で決めたことだ、見守ってやってくれ』


 わざわざ寮生達にそう告げたアロイスが、恐らく一番心配しているだろう。

 それでも彼はタビーに何も言わず、手助けもしなかった。見ている方がずっ

と辛いということを、ライナー達は初めて実感したのである。


「いたた……」


 帰寮して包帯をはずしたタビーは、皮の剥けた掌を洗う。包帯も1日でぼろ

ぼろになるから毎日交換しなければならない。再利用もできないので、普段は

小さくなった服から布を取り、包帯代わりに巻き付けている。寝る前に薬草を

挟んで巻き付けるだけで、随分楽になった。


「タビー、いる?ライナーだけど」


 ノックの音に顔を上げる。


「います、ちょっと待ってください」


 入寮時、アロイスに言われた通りに鎖と鍵を巻き付けていた。来客がある場

合は少々煩わしいが、ここは前世の日本ではない。寮内でも安全とは言い切れ

ないのだ。


「すみません、お待たせしました」

「ごめんね、遅くに」


 ライナーは一人だった。手には布の袋を持っている。

「これね、差し入れ。みんなから」

「え……?」

 差し出された袋を反射的に受け取ってしまい、タビーは目を丸くした。

「余ってるものだから、気にしないでいいよ。おやすみ」

「え?あの、ライナー先輩」

 呼びかけたが、彼は振り向かずに手をひらひらと振っただけだ。

 その背を見送ってから、タビーは扉を閉め、鎖と鍵を巻き付ける。


 布袋をそっとあけると、封の切られていない包帯や薬が入っていた。

「……」

 中身を丁寧に机の上に出す。幅広の包帯と、細めの包帯。金属の平たい缶に

入った塗り薬。缶の蓋には学院の紋章が入っている。魔術応用専攻で、実習を

兼ねて作られる薬だ。良く効くと評判で、騎士寮の面々は作成主の為に素材を

自主的に取りに行くと聞く。

 蓋を開けると、少し強い草の様な匂いがした。表面は蝋の様に見えるが、指

先で少し取ってみると柔らかい。腕に出来たあざに塗り込むと、じんわりと染

みこむ感触がする。

「……ありがとうございます」

 寮生達が厚意でくれたもの。誰が何をくれたかは判らないが、その厚意に応

えたいと強く思う。

 騎士を目指さない自分は、ここでは異端だ。事情があるとはいえ、それを受

け入れてくれる、気にしてくれることは、今まで独りだったタビーには嬉しい

ことだ。


「頑張ろう」


 基礎課程の1年にすら、適わないけれど、せめてこの夏、補講だけは最後ま

で休まずに続けよう。


 タビーは缶の蓋をきゅっと締める。

 ひんやりとした感触とは逆に、胸は熱いもので満たされていた。



 ダーフィトの夏は、短い。

 休暇も後半になると涼しくなってくる。汗を手で拭いながら、タビーは素振

りを終えた。

 この後は打ち込みだ。以前はこのあたりで倒れそうだったが、慣れてきた今

はそんな事も少なくなってきている。拷問の様な昼食も、今は問題なく口に出

来たし、負荷のかけ過ぎで吐きそうになることも殆どない。


 残念ながら、タビーには剣の才能は無い様だった。

 型はきちんと取ることが出来るが、応用がきかない。木への打ち込みは全力

で出来るが、人が相手になると咄嗟の対応ができなかった。だからたまに行わ

れる打ちあいでは直ぐに負けてしまう。

「構え!」

 いつもの丸太の前に並び、木剣を構える。型だけは素晴らしい、と教官に褒

められるが、現実は非情だ。型だけでは勝てないし、生き残れない。

「打て!」

 丸太に木剣で打ち込む。腕に伝わる衝撃にも慣れた。


 右、左、右、左、と教官のかけ声に従って打ち込んでいく。どんどん早くな

るかけ声に、焦らず確実に木剣を振るう。


「タビー、フォルク、規定回数打ち込んだら上がれ。トーマス、軸がぶれてる

ぞ!」

「はいっ!」

 たった1年しか違わないが、後輩達は皆必死だ。タビーも乞われて型を教え

る事がある。騎士になるため、ありとあらゆる事に貪欲なのだ。


 滝の様に流れ落ちる汗を拭う。

 荒い息をつきながら、タビーは最後の一振りを打ち込んだ。


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