04
「タビー!タビー、追加だよ!」
本日の仕事は染色だ。代筆や計算の仕事よりやや安いが、あまり人前に出たくない彼女には裏方の仕事が合っている。
「はい、ただいま!」
「もうすこし濃くして欲しいってさ」
糸問屋の女主人は溜息をつきながら毛糸の束を渡してきた。
「濃く、ですか」
「そ。まったく、うるさいお客だよ」
ぶつぶつ言いながら女主人は表へと戻っていく。
渡されたのは前回の仕事でタビーが染めたものだ。その時の指示は『濃いめの緑』ということだったが、これ以上濃くすると今度は黒っぽくなってしまう。薄いものを濃くする分には構わないが、その逆は難しい。
今度は濃すぎる、となると脱色をしなければならないし、そうすると羊毛は酷く痛んでしまうのだ。
店に備え付けられている色見本は、染料を直接白っぽい紙に塗りつけたものである。
紙といっても、植物の繊維が多く残っているから色味が違って見えるのだろう。客が指定した色と手元にある毛糸はほぼ近い色だが、羊毛と紙では風合いも違う。
「困ったなぁ」
大鍋にお湯を沸かしながら、糸を何度も眺める。むら無く染まっているが、これより濃くするのはなかなか難しい。なにより顧客と直接話していないタビーには、感覚でやるしかないのだ。
緑以外に僅かではあるが黒の染料を足して混ぜる。
羊毛は特にデリケートで扱いに注意が必要だ。沸騰した湯を使うから、危険でもある。
タビーは慎重に染料を溶かすと、染め湯がぐらぐらと煮立つまで待った。
「そういやタビーは、やっぱり学院に行くのかい?」
染色を終えたタビーに、同じく働いている女性が声をかける。
「そのつもりです」
やや濃いめに染め直した毛糸を干しながら、タビーは応じた。
「まぁ、確かに女の子なら学院だろ?」
「そりゃそうだけど」
染物屋に雇われている女性達は、家族持ちが多い。いつもそこそこ仕事があり、季節によってはたまに忙しく、祭事がある日は休み、という職はあまりないのだ。
タビーの様なギルドから斡旋された者はそんな彼女達の手伝いもする。
「神殿ってのもあるじゃないか」
「タビーが聖女ねぇ……」
皆が目を合わせ、首を横に振った。
「無理か」
「無理でしょ」
「それこそ店を開く、って言われた方が現実的よ」
「あはは……」
苦笑しながら、タビーは毛糸を干し終えた。このまま自然に冷めるまで待つのだ。
年齢的なものもあるだろうが、実年齢より大人びた言動をするタビーは中年以上の女性に良く構われる。やや薄くなっているものの、前世の記憶を持つ故にどこか普通とは違うのだろう。
愛でられる、というよりは、放っておけずに構われる、というのが正解か。
「でもタビーなら大丈夫だよ、働き者だし」
大きな刷毛で布地を染めている一人が、笑いながら言う。
「そうだねぇ、頭もいいし、結構いいとこまでいくかもよ」
「偉くなったら、ごちそうしてもらおうか」
けらけら笑う彼女達に、タビーも笑った。
何の思惑もなく交わされる言葉が、殊の外優しく感じられる。
毛糸を干し終えた彼女は、女性達の作業を手伝うべく刷毛を手にした。