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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
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 どうやら相手は、食事への異物混入を止めた様だった。

 今朝の朝食は何も入っていなかったし、変な味もしない。食後に用意された果物も新鮮で、何も言うことはないほど満足した。

 だとしても、油断は禁物だ。

 タビーに危害を加えたがっているのが誰なのか判らない今、警戒するにこしたことはない。

 積んだままだった寝具一式は、砦内の様々な用事をする担当に言って交換してもらった。よく考えたら黙っている必要はないのだ。物事を荒立てるのを避ければいい。

『窓が開いていて濡れてしまった様です』

 と伝えれば、担当は驚いて直ぐに交換してくれた。気づかなくて申し訳ない、という言葉まで貰ってしまい、タビーの方がいたたまれない。

  自分の身を守るのは自分、出所の判らない悪意を恐れていても無駄だ、と割り切った彼女は積極的に表に出る様になった。といっても、騎士団の手伝いをする程度で、あとは自分の乗っている軍馬とブレドの手入れをする位だ。

 軍馬の中に放り込まれても、ブレドは変わらない。ドリー種は体が大きく足が太い。走る速度は軍馬よりもかなり劣るが、荷馬車を曳いたりするのは得意だ。気性はさほど激しくないし、なによりタビーによく懐いている。

「ごめん、ブレド。遅くなって」

 出かけに色々片付けていたら、予想より遅くなってしまった。今日はブレドの好きな砂浴びをさせようと思っていたので、外には出さず厩舎に残してもらう様に頼んでいた。全ての馬は外に出てしまったから、さぞ退屈だっただろう、と思う。

 馬房の柵をあげ、中に入った。手綱をつけてゆっくりと外にひく。

 のんびりと出て来たブレドは、いつもの様にタビーの頬に自分の頬をすりつけてくる。彼女と彼の挨拶だ。

「ちょっとまってて。今、馬房を……」

 汚れた藁は手前にまとめておくと、当番が入れ替えてくれる。タビーはいつもの様に立てかけてある道具に手をかけようとして、身を硬くした。

 藁の上に、灰色の何かが落ちている。

 そっとそれに近寄った。

 寝藁の上に落ちたそれを、タビーは持ち上げる。

 振り向くのが怖い。

 それでも彼女はようやく振り向いた。

 いつもと変わらないブレド。

 その尾は、半分以上が切られていた。



 砂浴びを満喫したブレドは、機嫌が良い。

 この後はブラシ掛けをし、体を洗って手入れをする。ブレドはブラシ掛けも大好きだ。砂浴びをした日には必ず体を洗い、いつも以上に丁寧にブラシ掛けをする。それを知っているからかもしれない。

 厩舎に行く前、馬の洗い場へ立ち寄る。何人かの騎士が同じく馬を洗っていた。

「いつ見てもデカイなぁ」

「あっちの広いとこ、空いてるぞ」

 大抵の騎士は馬が好きだ。馬と共に戦う事も少なくないから、誰の馬でも、どんな馬でも大切にする。

「ありがとうございます」

 軽く頭を下げて、タビーは勧められた場所へブレドをつなぐ。ドリー種は大きい。普通の馬の洗い場でも入れなくはないが、タビーの動きに制限がかかる。そのため空いていれば端にある、少し広めの洗い場を借りていた。

 満足そうな顔をしたブレドが、爪で軽く地面をかく。『たっぷりとした』尾を揺らし、タビーを急かしている様だ。

「はいはい、ちょっと待って」

 ブラシや桶は、あちらこちらに置かれている。必要なものを取りまとめ、ブレドの所へ戻った。

 まずは足の裏のゴミを取り除く。ドリー種の足は太い。軍馬の様に軽くはないから、自分の膝で支えて作業をする。

 馬の扱いには慣れているから、足下の汚れ落としと全身の汚れを落とすためのブラシ掛けにさほど時間はかからない。

「お湯、お湯っと……」

 ここの洗い場も温泉が使える。浴場に通している配管を分岐させ、ある程度水で薄めたものが出てくるのだ。それが丁度良いぬるま湯で、馬には気持ちいいらしい。足を痛めた馬がつかる専用の温泉もあるという。

 前世の水道は蛇口を捻って出すものだったが、この洗い場にあるのは紐を引くと少しの間、お湯が出続けるというものだ。お湯が体にきちんとかかる様に位置を直してから紐を引く。一度引いてしまえば、しばらくは出続けるので、タビーは手早くブレドの体を洗っていく。数回それをくりかえしてから、大きな布で体を拭いた。足下まできっちり拭い、またブラシをかける。

 『ふさふさの』尾とたてがみには、丁寧に、何度も櫛を通した。

 最後に爪に油を塗る。これはタビーのこだわりという訳ではないが、馬喰から勧められた特別な油を使っていた。ブレドは満足した様だ。顔は洗えないので固く絞った布で拭く。舌を出して甘えるブレドに、タビーは笑った。

 借りた道具をすべて片付け、洗い場から出る。


 太陽が傾いてきたが、夕暮れまではまだ時間があった。タビーはブレドをひいて、遠回りをして厩舎へ向かう。

 軍馬もそうだが、軽い放牧程度ではブレドの運動不足を解消できない。時間があるなら、一緒に散歩をするのだ。たまにその背に乗せてもらうこともある。

 ブレドの足音は、軍馬ほど高くない。どこか鈍い音に聞こえるが、それもタビーは好きだ。


 厩舎に着き、馬房へブレドを入れる。たっぷりの水と飼い葉を置けば、一心不乱に食べ始めた。

 他の馬も戻って来始める。道具を片付けたりしつつ、タビーはブレドが食事を終えるまでそこにいた。

 食べ終えたブレドが再び彼女に甘えてくるのにも付き合う。

 のんびりしていたら、厩舎には誰もいなくなった。

 ブレドを休ませる時間、それにもう少しすればタビー達も夕食の時間だ。

「ブレド、おやすみ」

 最後に鼻面を軽く撫でて、彼女は厩舎を出て行く。


 厩舎に人はいなくなり、時折馬の鼻息や蹄の音だけが響いている。

 夕日が完全に落ちる少し前、厩舎に数人の騎士達が入って来た。

 馬をひいている訳でもない。彼らは周囲を伺いながら、目指す馬房へと近づいた。

「おい、本当なんだろうな」

「俺だけじゃない、コイツも見たんだよ!なぁ?」

「ああ、あの馬、尻尾があったぞ!」

「魔術師だからな、変なまじないでもしたんだろ?」

「そんなこと、できんのか?」

「知らねぇよ!」

「おい、うるさいぞ!」

 先頭を歩く騎士が振り返り、抑えた声で注意をする。全員が黙り、彼らは再び歩き出した。

「いたぞ」

 鹿毛や黒鹿毛が中心の軍馬の中で、芦毛の馬体は酷く目立つ。それは馬房に入っても変わらない。顔を忘れても色は判るのだ。もっとも、軍馬とドリー種という体格差があるから、判らない訳がなかった。

 馬房の柵を開ける。

 うとうとしていたブレドは半目状態だ。馬房に入ってきた侵入者にも特に反応はしない。それに気をよくした侵入者達は、馬房奥、即ちブレドの尻尾を見た。

「嘘だろ…」

 切った筈の尾が、元に戻っている。侵入者達は当惑した様に視線をかわした。

「これって……」

 一人が尾に手を伸ばし、触ろうとする。

「そこで、何を、しているのかな?」


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