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『決闘ってヤツは、代理を立てられない。代理を認めたらそれこそ血の雨が降る
からな』
カッシラー教官の言葉を、タビーは思い返していた。
『決闘を拒否することも出来ない、ただ一つ。得物は自由だ』
剣や槍でもいいし、魔術でもいい。
とはいえ、タビーは基礎課程で魔術を使えないが。
『ディターレ家のガキは、剣だろうな。これに対抗するには一つしかない』
訓練場は静かな空気に満たされている。
一定の間隔を開けて立っているのは、トビアス・ディターレ。教官の想像通り
剣を持っていた。しかも、刃が潰されていない。決闘では模造刀や訓練用の武器
の使用を禁じている。それに則ったのだろう。
「よく来たな」
トビアスは相変わらず高飛車だ。誤って手袋を投げつけたと思えない程、態度
は堂々としている。そんなことが出来るのは、貴族ならではだろう。
訓練場の見学席には、同じ組のヒューゴ・ギルベルトを始めとした面々が座っ
ている。アロイスを始めとした騎士寮の面々は、訓練場の外壁によりかかってこ
ちらを見ていた。
『いいか、始まったらお前のすべきことは一つだ』
タビーは深呼吸をした。
失敗を恐れてはいけない。
成功を信じなければ、勝てない。
「両者、いいか」
立会人はカッシラーではなく、他の教官だった。決闘では、両者に関わりのな
い者が立会人を務める事になっている。当のカッシラーは、アロイスの隣で相変
わらず飄々としていた。
「いつでも」
「はい」
二人の返事を確認して、立会人が腕を上げる。
「はじめ!」
タビーは息を深く吸い込んだ。
『いいか、最初が肝心だからな』
トビアスはタビーが何の武器も持っていない事を警戒している様だった。
事前に立会人に武器を申請する必要があるが、その内容は当事者達に教えられ
ない。決闘が始まるまで判らないのだ。
「トビアス・ディターレ!!」
タビーは叫んだ。
拳を強く握りしめる。
「決闘相手すら判別できない、無能者め!」
右手で相手を指さす。こちらでも人を指さす事は無礼に当たる。
「な……」
彼女の言葉に、トビアスの動きが止まった。
「そして、ヒューゴ・ギルベルト!」
次いで、見学者席を指さす。
「関係のない者を巻き込むなど、貴様はその性根で騎士を目指すのか!?」
距離があるため、相手がどんな顔をしているかは判らないが、声は届いた筈だ。
思わぬ罵倒に、訓練場は益々静まりかえった。
(いまだ!)
タビーは握りしめたままの拳に集中する。目を閉じ、体内にある魔力の流れを
掴む。
「貴様……言わせておけば!」
正気に戻ったトビアスの怒鳴り声を、彼女は無視した。
握りしめた石が、熱い。
ふわり、と風が吹いた。
「下賤の者め、思い知らせてやる!」
足音が聞こえる。
瞬間、タビーは薄い紅色の光に包まれた。
■
「魔術師は、常に外的循環と内的循環を両立させる必要がある」
フリッツは掌を開いた。
そこにあるのは、透明な石。
「だけど、魔術師でない人間にはそれが難しい。もしくは出来ても効率が最悪。そ
れを擬似的に出来る様にしたのが魔力板」
ランプや厨房の竈、水場などで使われているものだ。
「タビーは魔術は使えない。けど、内的循環は出来る。それで勝てる」
「……」
胡散臭そうな眼差しを向けるタビーとアロイス、ライナーに、だがフリッツは動
じなかった。
「逆を言えば、魔道具を使わなければ、タビーは勝てない」
「その石が、道具なんですか?」
「うん、本来は訓練に使うんだけどね」
ひょい、と石を放り投げられて、タビーは慌ててそれを受け止める。
「カッシラー教官に聞いたよ」
魔術応用専攻の2年目に上がったフリッツは、相変わらずくねくねしつつ首席だ。
「勝ちたいんでしょ?」
「できれば」
タビーの言葉に、彼はにんまりと笑った。
「その石、貸してあげるよ。アホの間抜け面を拝むのも悪くないし」
「はぁ」
同じ貴族でもこうも違うものか、とタビーは思う。
「勝機は、君がどれだけ素早く集中できるかにある」
「集中、ですか?」
「そう」
フリッツは頷く。
「内的循環、つまり体内の魔力を練るということは、魔力を上手く使える事に繋が
る。この理論は三百年程前の……っと」
理論を説明し始めたところで、しかめっ面をしたアロイスとライナーに気づいた
彼は、さっさと話を打ち切った。
「まぁ、要は内的循環しか出来ない君には、これしかないということ」
「……勝てるんですか?」
「君の魔力と集中力次第だね」
彼は笑う。
「もう少しお利口さんな貴族なら、君と決闘しようなんて思わないよ」
決闘は取り消せないが、全く関係のない者を巻き込んだ場合は異議申し立てが出
来る。但し、それは決闘を申し込んだ方にしか適用されない。
「異議申し立てすら出来ないアホが貴族なんだから、世も末だよね」
まぁ僕は決闘後の事が楽しみだけど、と言って締めたフリッツに、タビーとアロ
イス達は顔を見合わせた。
「僕なら君を勝たせる事ができる、教官の判断は正しいよ」
■
カッシラー教官の推薦は的確だった。
タビーはそっと溜息をつく。
彼女の周りを包んでいるのは、薄紅色の膜だ。
緊張のせいか、当初の予定通りとは行かなかったが――――。
「貴様、卑怯だぞ!」
同じ言葉を何回聞いたか、と思い出そうとしてタビーは止めた。内的循環への集
中力を逸らせば、膜は消える。
本来、これは魔術応用課程1年で習う訓練らしい。
瞑想をしたまま体内の魔力に集中し、訓練用の魔道具に魔力を通す。
上手く通せれば、簡単な防御膜ができる。
基礎課程で課せられる瞑想の講義は、主に魔力を感じやすく、操りやすくするた
めの訓練だ。
タビーには少々早いが、魔道具の貸し出しは咎められるものではない。正確に
は、決闘において、と但し書きがつくが。
「くそっ!」
トビアスはタビーの周囲を包んでいる薄紅色の膜に斬りつける。だが、膜はぐ
にゃりとへこむだけで、彼女まで刃は届かない。
「出て来て戦え!卑怯者め!」
卑怯者で結構、と、タビーは内心呟いた。
彼女を包む膜は、前世でいうところの風船の様だ。違うのは、膜の粘度が非常に
高く、刃を通さないことくらいである。
彼女は、その風船状の様なものの中で、体育座りをしていた。
色々な体勢を試してみたが、この座り方が一番集中できる。石を握りしめ、体内
の魔力を練り、魔道具に通す。
慣れればそれ程難しいことではない。
何度も剣を打ち付けられているが、膜はびくともしていなかった。
(結界なのかな)
魔力を練りながら、タビーは考える。
必須講義の瞑想は何に必要か判らなかったが、魔術の内的循環を学ぶ一環だった
のだ。この世には、まだまだ知らない事が多すぎる。
体育座りをしたまま膜の中から動かないタビーに、訓練場がざわつき始めた。
立会人も困った様に二人を見やっている。
決闘はどちらかが動けなくなる、指定されている部分から出る、もしくは降参す
れば終了だ。
トビアスは先程から何十回も剣を打ち付けている。その動きは素人のタビーから
見ても荒いもので、いたずらに体力を消費するだけに思えた。
(でも、結界というよりは、本当に何か守る様な感じだし)
結界というものは、目に見えないもの、という印象を持つタビーは首を傾げる。
(どこまで膨らむのかな)
フリッツから貸し出されたこの魔道具は、内的循環を効率良く行うためのものだ。
訓練用だが、魔力を流す量や質によってできあがるものは変わるらしい。
タビーは、深呼吸をして目を閉じ、石に意識を集中した。
今までよりも、少々多めに魔力を流す。
「タビー!抑えろ!」
慌てた様な声が聞こえる。フリッツだろうか。
目を開ければ、膜は先程より広がっていた。
だが、部分部分にヒビが入っている。トビアスはそこに斬りつけているが、やは
り中にまでは入って来られない。
(もう少し)
タビーは風船の中で立ち上がった。
魔力を手の石に流し込む。
もっと、もっと大きく――――。
細かいヒビが入り始めた。軋む様な音がした様な気がする。
タビーは顔を上げ、斬りつけ続けるトビアスを見た。
「もっと……!」
声が漏れた。魔力が石へ一気に流れ込む。
――――瞬間。
ガラスが割れる様な音がして、膜は弾け飛んだ。




