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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
タビーと決闘
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32

 新学期が始まった。

 新しい組は、特待生と試験の上位生が揃う。同期の特待生は、タビー以外全員

貴族だ。

 

 当初から居心地は悪いだろう、と思っていたが、予想以上である。


 まず、誰もタビーを相手にしない。無視というよりは、その場にいないものと

して扱われている。

 学院の講義は誰かと組んで行うものが殆ど無いため助かっているが、気持ちの

いいものではない。


 更に、その貴族達も対立している気配がある。

 むしろ、対立があるからこそタビーが無事だとも言えよう。

 貴族らしくいえば、下賤の者に構っている暇などない、というところか。


 驚いた事に貴族ではない者達もその対立に加わっている。大抵が裕福な商人や

官吏の子息・子女で、商人の方はギルドでも聞いた事がある、大店の名だった。


 貴族故か、殴り合いや罵り合いという事にはならないが、その静かな対立はタ

ビーの神経を苛む。


 特待生首席の指定席は、窓際一番後ろ、風通しもよい最高の席。

 そんな席の後ろで、今日も対立が繰り広げられ始めている。


「さがれ」

 一方はディターレ伯爵子息トビアス。


「そちらこそ」

 一方はギルベルト伯爵子息ヒューゴ。


 それぞれの後ろに集うのは、取り巻き達だ。


 タビーにはよく判らないが、同じ伯爵子息というものが余計に敵愾心を煽って

いるのかもしれない。


 いずれも少年を少し脱した位の風貌だが、睨みあう雰囲気は大人顔負けだ。


「この私が通る道を、遮るのか」

「無能に垂れる頭は持たない」


 確かに成績順では次席であるヒューゴの方が上だ。


「成り上がり者が、吹いているわ」


 トビアスの言葉に、取り巻き達が一斉に笑う。


「その成り上がり者にすら勝てないのは、どこの誰か」


 やや冷静なのはヒューゴだ。


「成り上がりや下賤の者に譲ってやっているだけよ」


 恐らくその下賤の者、というのはタビーの事だろう。


「一年以上も譲り続けるとは、伯爵家の誇りとやらはどうした?」


 揶揄する様な物言いに、トビアス達は色めき立った。


「貴様……!成り上がりが、ディターレに刃向かうか!」

「腐り続ける家にしがみつくほど、無様なものはないな」


 返した言葉は、紛れもなく挑発だ。席を外す機会を失ったタビーは、背後で繰り

広げられる舌戦を無視するしかない。


「言わせておけば……!」


 布の擦れる様な音がした。ここで殴り合いになったら、巻き込まれる。

 教本を見るふりをしながら、どうやって逃げようかと真剣に考え出したタビーの

後ろで激しい声が上がった。


「許さん、決闘だ!」


 トビアスが何かを投げつけた気配がする。


 パシン、という音がして、その場は沈黙に包まれた。


「……」


 決闘の際に手袋を投げつける風習は、前世でも聞いた事がある。

 

 聞いたことがある、が――――。


「……」


 ずるり、と手袋が落ちた――――タビーの教本の上に。

 投げつけられた感触は、まだ髪の毛に残っている。


「……」


 落ちてきた手袋は、一目でわかる上質な白いものだ。

 不気味な沈黙の中、タビーは手袋をじっと見つめ、その後、静かに立ち上がり後

ろを振り向く。


 顔を強ばらせているヒューゴと、やや青ざめて見えるトビアス。

 そしてその取り巻き達。


 耳が痛いほどの沈黙がその場を満たす。


「わ、わかったな!決闘だ!」


 動いたのは、トビアスが早かった。それだけ吐き捨てる様に告げると、彼らは教

室を出て行ってしまう。


「待て!」


 ヒューゴがその後を追っていく。取り巻き達も同様に。


 タビーは、ぽつんと教室に残された――――白手袋とともに。





 カッシラー教官は隻眼だが、その腕は衰えていない。

 片眼を失うということは、特に戦いに於いて相当不利な筈だが、アロイスですら

教官に一撃を与える事は難しいという。


 そのカッシラー教官が独占している騎士専攻課程の教官室は、独特の匂いが漂っ

ていた。


「面倒は、さっさと相談しろって言っただろうが」

「はぁ……」


 投げつけられた白手袋を持ってやってきたタビーに、カッシラーは深々と溜息を

つく。


「ガキの決闘に巻き込まれてどうする」

「あの、彼らと私は同い年で……」

「お前のその微妙に悟った様な性分とガキを一緒にするな」


 褒められてるのかけなされているのか良くわからない。

 取りあえず決闘がどんなものかを知る為に、タビーはカッシラーを訪問したのだ。


「で、相手はディターレ家か」

「はい」

「めんどくさい連中に捕まったな、おい」


 カッシラーは側にあった木のコップを傾ける。独特の匂いがするが、酒ではない

筈だ、そう信じたい。


「しかも、手袋を投げつける相手を間違えたとか。ディターレ伯爵が聞いたら卒倒

もんだな」

「そうですか?」

「あれだ、お貴族様のあれ。『下賤の者に関わるな』って奴だ」

「ああ……」


 貴族の中にはトビアス・ディターレの様に庶民を『下賤の者』として扱う者が多い。

 フリッツの様な存在の方が少ないのだ。


「あの、決闘って断れないのでしょうか」

「無理」

 予想通りの答えに、タビーは溜息をつく。


「そもそも、お貴族様の誇りをかけた戦いだからな。『手が滑って違う人に手袋を

叩きつけました』とは言えんだろ」

「ええと、私が決闘を受けなかったら」

「ありえんな。貴族からの申し入れを断ったら、お前の将来真っ暗だ」

「……負けたら?」

「決闘して負ける事は恥ではない。いや、家があれば恥になるのか?まぁ、お前さ

んは負けてもいいんだろう?」


 その言葉に即答出来なかったタビーに、教官は目を眇めた。


「負けるのは、嫌か」

「はぁ、訳の分からない決闘に勝手に巻き込まれて、はい負けました、ってのは何

となく、こう……」


 もやもやする。

 幼い頃から剣を習っているであろう貴族の子息と彼女とでは、そもそも腕が違い

すぎだ。決闘に勝てる可能性は砂粒くらいしかない。


 それでも、ただ一方的に負けたくはなかった。


「お前も寮で磨かれたな」

 ニヤニヤと笑うカッシラー教官に、タビーも苦笑する。

 貴族に関わりたくないと思うが、戦わずに負けるというのは嫌だ。諦めがつかない。


 前世の自分はそんなに負けず嫌いだったか、と思いつつ、タビーは溜息をついた。


「まぁ、どうにか一矢報いる位はしたいです」

「なるほどなぁ」


 ニヤニヤしたまま、教官は頷く。


「お前の気持ちを汲んでやろう」

「え?」


「簡単に勝てる方法、ってヤツを教えてやる」


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