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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
踏み出した一歩
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28

 小雪のちらつく日に、タビーの包帯は外れた。


「凄い……」


 毎日薬を塗るたびに傷を見ていたが、火傷がここまで残らないとは驚きだ。

 以前とほぼ同じ状態、よく見ると火傷があった部分が判るが、これも成長して

いくに従い、消えるだろうとの事だった。


「額は、ちょっと残ったね」


 救護室付きの教官は申し訳なさそうな顔をする。体の治療に使った薬は顔への

使用が出来ず、また別の薬を塗っていたが、ややひきつれ気味に見えた。


「この位なら、大丈夫です」


 久々に両目で見る世界は眩しい。煩わしい包帯がなくなっただけで充分だ。


「この薬は、引き続き顔に使う様に。時間があったら、経過を見せて」


 教官から小さな器を受け取る。


「長い間、ありがとうございました」


 深々と礼をするタビーの心は浮ついていた。


 寮に、帰れるのだ。


 ヒジャはどうなっただろう、馬は、部屋は?

 腐るものや洗濯物はなかった筈だが、大丈夫だろうか。

 授業は、実習は、試験は――――。


 つらつらと考え始めたタビーの耳に、扉が開く音がした。


「君は……」


 教官の強ばった声に彼女は振り向く。扉の前に立っていたのは、見た事のない

上級生だった。貴族なのだろう、その後ろに取り巻きを2人ほど連れている。


「お前がタビーか」


 後ろに立っていた取り巻きが一歩前に出て問いかける。


「教官、お世話になりました」


 その言葉を、タビーは無視した。知らない相手に呼び捨てにされる謂われはな

い。ついでに言えば、ここを出て寮に戻るまでタビーの面会は制限されている。


「え?ああ、気にしない様に。薬はこまめに塗るんだよ。無くなりそうになった

ら、早めに来てね」

「はい。そうします」

「おい!聞いてるのか」


 タビーは全く反応しない。相手が何者か、何となく予想はついている。だが、

相手が名乗らない限り、彼女にとって彼らは単なる闖入者だ。


「おい!」


 もう一人の取り巻きが、がなる。

 タビーは、無視した。


「迎えが来ないね」

「もうそろそろでしたよね」


 教官もタビーの意図を察したのか、声に反応しない方向を選んだ様だ。

 本来であれば無断でここまでやってきた者達を諫める立場だが、それが出来な

い――――つまり、それなりの貴族なのだろう、相手は。


「下賤の者が」


 ようやく後ろにいた男が口を開く。タビーの予想以上に貴族らしかった。


「わざわざ来てやったのだ。頭を下げる知恵もないのか」


「誰かもわからない相手に、何をしろと?」


 タビーが口にすると、取り巻き達が目をつり上げる。


「貴様!この方を誰と心得る!」


 前世であった時代劇の様だ、とタビーは苦笑した。その表情に、取り巻き達が

さらに一歩、足を踏み出した。


「ブルーム伯爵家、コルネリウス様であるぞ!」


 残念ながら、好々爺風な正義の味方ではなさそうだ。文言はそのままだが。


 タビーは相手の出方を見る為、口を閉ざす。だが、闖入者達はそれを別の意味

に捉えた様だった。


「わざわざコルネリウス様がお越しになったのだ、膝をつけ!」

「お前の様な下賤の者に、お言葉をかけて下さるのをありがたく思え!」


 下賤、下賤と何度も言われずとも判る。

 今のタビーは、ただのタビーだ。それ以外の何者でもない。


 長い療養で筋肉が落ち、骨も目立つ貧相な下級生でしかないのだ。


 だが、タビーにはタビーの矜恃がある。


「嘘をつかれても困ります」


 タビーは淡々と告げた。


「何だと!?」

「貴様!」


 取り巻きの一人が剣を抜いた。思った以上に、血の巡りが早いらしい。


「仮にも伯爵家の方が、教官の言いつけを守れずに押しかけてくるとは考えられ

ません」


 教官がやや引いている。年齢らしからぬタビーの言葉のせいだろうか。


「それに、私は伯爵家の方にお言葉をかけて頂くだけの理由がありません」

「何だと!?」


「私は、仰るとおり下賤の身です」


 ただのタビー。骨と皮になって、額に傷を残したタビー。


「その私にお言葉などと……どなたか存じませんが、伯爵家の名を騙るのはおや

めになった方がよろしいのではないでしょうか」


 にっこりと微笑んでみせた。恐らく、傍目から見たら骸骨の笑みだっただろう

が。


「黙っておれば……」


 取り巻きが剣を翳そうとしたところで、背後から大剣が突き出された。取り巻

きの動きが止まる。


「面会の制限は、寮に戻るまで有効だ」


 低い声は、アロイスだ。鞘に入ったままの剣先で、取り巻きの長剣に軽く触れ

ている。


「遅くなった、すまん」


 剣はそのまま、アロイスはタビーに声をかけた。


「いえ、わざわざすみません」

「荷物は後で取りにこさせる。必要なものだけ持ってこい」

「はい」

「アロイス、貴様!」


 もう一人の取り巻きが剣を抜こうとした瞬間、アロイスが動く。


「ここは、救護室だが?」


 剣を持たない左手の人差し指で、彼は取り巻きの手を突いていた。

 たったそれだけなのに、相手は剣を抜くことが出来ない。力を込めているのだ

ろう、相手の顔が赤くなってきた。


「待て、アロイス」


 黙っていたコルネリウスが口を開く。


「私が、わざわざ来てやったのだぞ」

「……俺は魔術にそれ程詳しくないが」


 アロイスが大剣を引き、指を外す。取り巻きの一人はもんどり打って倒れた。


「魔術の制御を誤る、迂闊なお貴族様がいるとは思えないな」


 やはり、そうだったか、とタビーは内心で溜息をつく。

 あの時、炎の竜巻を作ったのはこの男なのだ。


「貴様……私にたてつく気か」

「ここは学院だ」


 彼は教官に軽く会釈をすると、タビーを招いた。

 彼女も教官に再度礼をしてから、取り巻きとコルネリウスの間をすり抜ける。


「ここで貴族の特権を振りかざすのは、利口ではない」


 アロイスとコルネリウスはしばしの間、視線を合わせた。


「今日のところは退こう」


 視線を外したコルネリウスが身を翻す。アロイスはその言葉に応えなかった。


 タビーの、謝罪を受け入れないという気持ちを汲み取ったのだろう。

 

 実習を見学していただけで、これだけの怪我をさせられたのだ。貴族からの謝

罪など受け入れたくもなかった。

 そもそも、あれが謝罪に来た態度かと思う。貴族なのだから仕方ないのかもし

れないが。


「タビー」


 アロイスがそっと頭に手を置いた。


「帰るぞ」


 ――――皆がいる、あの寮へ。


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