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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
行く道
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 もう一度、最初から練り直しである。


 結局一人旅になったタビーは、エルトの袋の中身を確認していた。


 服や布、着替えなどに使う袋。

 お金や宝石が入っている袋。

 簡易食料や水袋、買い込んだ野菜や調理器具を入れた袋。

 採集物を入れる袋、この中には小分け用の袋等も入っている。

 薬、薬草や薬の原材料、道具をいれてある袋。

 魔石を入れるための袋。

 糸や針、編み棒や素材を入れている袋。


 使っているのはこれだけで、残り2つはほぼ何も入っていない。採取

用の予備と、どこに分けていいか判らない雑貨を入れてはいるが、旅に

行く前に整理した方がいいだろう。教本や講義に使ったメモ、貰った薬

草辞典なども持っていくつもりだ。


 寮の部屋に残していくのは、小さな枝を組合わせて作った輪飾りの様

なものだけである。前世で言うところのリースに近い。だが綺麗な円形

ではないし、飾りも無かった。拾ってきた小枝を良く洗い、神殿の聖水

で清めてから組合わせるだけのもの。窓をあけると風に煽られ、カタカ

タと小さい音を立てる。


 片付かない部屋の様々なものをエルトの袋に突っ込むのは簡単だが、

考え無しにすると後が大変だ。訳の判らないもの、判断がつかない物だ

けを入れる袋を1つにして、あとはもう少し細かく分類すると決める。


「……そうか」

 思いついて、タビーはローブを羽織ると寮を出た。


 旅に出るなら、王都のものは持っていくべきだろう。タビーは個人で

売買可能な許可証をギルドから貰っていた。沢山は持って行けないとし

ても、王都でしか買えない日用品、ちょっとした贅沢品は売れる筈だ。

 貴族ではなく、少し余裕のある普通の家庭。普通の糸ではなく金糸や

銀糸、耐久性の高い針や雑貨、染色用の道具や染料。


 ある程度一括で購入すれば割引もある。そうなれば商業ギルドに行く

しかない。

 半端ものの糸や布、新古品や様々な雑貨。そんな情報はギルドが一番

良く知っている。

 

 風が冷たい。

 最近、大雪は降らなくなった。地面が凍ったり霜柱がおりたりするこ

とはまだあるが、少しずつ暖かくなっているのだ。ダーフィトの冬は長

いから、春が待ち遠しい。

 そんなことを考えながら、タビーは商業ギルドの扉を開ける。


「やぁ、タビー」

 ここ最近は商業ギルドの依頼もこなせていない。それでもギルドの面

々は彼女を暖かく迎えてくれる。

「こんにちは、今日は相談があって」

「どうしたんだい?まぁ、座って」

 受付の男が椅子を勧めた。良く磨かれた丸椅子に腰掛けて、タビーは

早速話を始める。

「ああ、それは確かにいい案だね」

「本当ですか?」

「うん。今、ほら魔獣騒ぎあるから。商隊も安全な所しか行かないしね。

ギルドの支部からも物資を回して欲しいって陳情されているんだけど」

 危険な所へ行く者は少ないのだろう。もっとも、今のダーフィトで安

全な場所、というのは殆ど無い。南の大きな港街あたりは、魔獣が出な

いと聞く程度だ。

「どの位で移動できるか判らないんですけど……」

「それでもいいよ。危ないところに行け、とは言えないし」

「商隊組んでも難しいんですね」

「護衛がね。やっぱり名の知れている人は依頼料も高いし、最近は貴族

の高額な依頼に流れてしまってるから」

 貴族達は多かれ少なかれ私兵を抱えていた。自分たちの護衛以外にも

領地の巡回や揉め事を抑え込む為でもある。騎士団上がりの者、高名な

冒険者達が勧誘される事も多い。

 それでもまだ冒険者を雇うということは、魔獣の被害が相当なものだ

という証左でもある。


「北は随分酷いらしい。まぁ、あそこは自警がいるからまだいいのかな」

 自警はシュタイン公とその傘下の貴族達が抱える私兵だ。騎士団とは

別になっており、領地の若者や引退した冒険者達が中心となっている。

「安全なのは、南ですか」

「うん。まぁ、南にいくなら、そのまま船で他の大陸に行くってのもあ

るよね。そうなると持っていくものはまた変わるかな」

 ギルド員の言葉にタビーは頷く。


「とりあえずはダーフィトを回ってから、ですね。南寄りの東とかなら

まだ大丈夫かも」

「だといいけど。あ、あった」

 タビーと話ながら、ギルド員が探していたのは丸まった羊皮紙だ。と

じ目には紐が巻かれ、札がついている。

「ここはね、裁縫や手仕事関係のものなら大体あるんだ。価格も安いし

物もいい。仕入れてくならここをお勧めするよ」

「ありがとうございます」

 彼女は羊皮紙についていた札を受け取った。これを持っていけば、ギ

ルドから紹介したと判る。正式な紹介状を書くほどでは無いが、ギルド

からの紹介と判るために作られていた。


「あ、そうだ。タビー、馬市が立っているの知ってる?」

「馬市?」

「うん。北からね。こんな状況だから、ちょっと若いけどいい馬を連れ

てきてる。当座のお金が必要なんだろうね。価格はいつもより安い」

「大丈夫なんでしょうか、それ」

「まぁ、もう少し育ててからの方がいいだろうけど……その前に自分達

が離散してしまうなら、ってところかな。いい馬は騎士団や近衛、貴族

が買い上げているから、残っているのは軍馬ではないと思う」

「軍馬……私には縁がないですね」

「でも、荷馬車を引く馬ならどうかな」

 ギルド員がにっこりと笑う。

「荷馬車……」

「エルトの袋でなんでも持って行けるからいいけど、やっぱり徒歩だと

時間かかるよ」

「そう、ですね」

「それに露店開くより、荷馬車で店開いた方が並べるのも見栄えがして

いいしね」

「……ちなみに、荷馬車って幾らですか」

 彼はにんまりと笑っている。道理で急に馬市の話などし始めた訳だ。

「幌つき、収納棚つき、1頭引きの荷馬車がね、余ってるんだよね」

「余るって……」

「こんな状況じゃ誰も旅をしながら売買なんてしないよ。まぁ、仕入れ

が途絶えたら商人は終わりだから、そこだけは必死だけど」

 護衛を雇うにしても金がかかる。少しでも早く行き来が出来る様に、

最近人気があるのは4頭引きの荷馬車らしい。

「4頭引き……」

「たっぷり荷物が詰め込めるから、何人かの商人が寄り集まって買って

いくけど。おかげで1頭引きの荷馬車は売れ残りさ」

 ひらひらと手を動かすギルド員に、タビーは笑う。

「買うのはいいけど、学院に馬を置いておけないし」

「ああ、それならウチの馬房空いてるよ。荷馬車と合わせて……」


 ギルド員はひらひらとさせていた手に、布を一枚かける。ギルド内で

の価格交渉だ。

 タビーは苦笑して布の下に手を突っ込んだ。直ぐにギルド員が価格を

指だけで提示してくる。彼は微笑みを浮かべているが、交渉中の相手を

表情で判断するのは甘い。特に商人連中は。

 彼女は直ぐさま指で価格を返す。彼はまた直ぐに価格を提示し、タビー

はそれに応えた。

「馬の世話も込みですよね」

「当たり前だよ、商業ギルドだから」

 きちんと金を支払う者だけが、ギルドにとっての客である。それ以外

は交渉を持ちかけることすらしない。ギルドの評価が商人の評価に直結

するのは、それが理由だ。

「できれば軽い運動も」

「引き運動でよければ」

「訓練は?」

「ここは商業ギルドだよ」

「知ってます。お金を払えば大抵の事はなんとかなる」

 指先で返した金額は、かなり値切った金額である。あまりにも値切り

すぎれば相手は交渉を断る可能性があるため、どこが落としどころかは

商人の才覚で判断しなければならない。


「うーん、馬の訓練なんて、誰か出来たかな。というか、軍馬じゃない

し荷馬車引きの馬だからさ」

「それでも暴走したら困ります」

「生き物は大変なんだよね。食べるし糞もする」

「人と同じですよ」

「違いない」

 笑ったギルド員が一気に価格を下げた。ここらが潮時だろう。馬を買

う事も考えれば、妥当な金額だ。

「そういえば、見ないで売ってるな、僕」

「あ、私も見ないで買ってる」

 タビーは指先で横線を長く引いた。金額交渉終了の合図である。

「ギルドは変なもの渡さないからいいけど、普段はちゃんと現物確認す

るんだよ」

「そうします」

 布が取り払われた。タビーは代金を準備し、ギルド員はいくつかの書

類を取り出す。

「さ、それじゃ契約をしようか」



 討伐隊の出発は春先らしい。

 人気の少ない広場で、タビーは布告を見上げていた。


 馬市は明後日まで、クヌートの結果発表が明日だから、最終日に見に

いくつもりだ。早い方がいい馬はいるが、どうしても高い。荷馬車を曳

かせるだけの馬に、あまり金は掛けられなかった。最終日なら値下げも

ある。馬商人達は出来るだけ馬を売りさばきたい筈だから、その方がい

いと判断したのだ。


 布告は、フォルカーが教えてくれた通りだった。

 討伐隊を組むこと、人員の募集をしていること、細かいことは騎士団

に置かれている臨時受付まで、と書いてある。

 同時に、国庫の一部開放も告知されていた。特に北は魔獣の被害が大

きい。家畜を放牧するのも難しくなっている。畑も手を付けることが出

来ない、と聞いたから、おそらくその補填をするのだろう。


 布告の最後には女王の名と印。


 おそらく魔術で複製されたものだろうが、どこか硬く、それでいて優

雅な筆跡だった。タビーの記憶に残る女王は、幼さを残したあの時のま

まだが、今はもう違うだろう。


 布告を読み終えたタビーはその場を離れた。


 討伐隊の名を聞いたことは無い。とはいえ、彼女は自分がこの世界に

対して無知であることも理解している。討伐隊、と言えば、恐らく誰も

が知っているのだろう。布告の側で声高に話している老人達は、討伐隊

を作るのが遅すぎる、と女王を批判していた。


 魔獣対策のための討伐隊であれば、ある程度の人数は必要だ。

 騎士団や近衛、冒険者達がどれくらい志願するかにもよるが、小規模

な軍隊くらいの大きさになるのだろうか。

 女王の勅命を受けて動くなら、貴族達は我先にと参加する筈だ。それ

だけの大軍で『最果ての谷』に向かって原因は分かるのだろうか。

 前世でみた映画の様に、魔獣たちと騎士達が戦うのであれば、騎士達

は相当数が加わる。そうなったとき、王都や他の砦は、ダーフィトに住

む人々の守りはどうなるのだろう。


 タビーは立ち止まった。なぜだか不安が収まらない。

 ローブの首元をぎゅっと握る。


 『冷静であれ』

 教官の言葉を思い出すが、どうしても胸騒ぎが止まらなかった。


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