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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
行く道
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 市場に繋がる入口で、タビーは買ったばかりの乾燥果物を口にしていた。

 タビーの好物の一つで、店によって作り方も様々である。乾燥した果物に

薄く砂糖をまぶしているのがお気に入りだ。


 まもなく昼の鐘が鳴る。


 普段なら混み合う市場の入口だが、今日はそうでもなかった。タビーがこ

こに来る途中、大広場に布告があったからそのせいだろう。随分と人だかり

ができていて、彼女は見るのを諦めた。

 重要な内容なら直ぐに噂になるし、布告そのものは10日間ほど掲げられ

る。急がなくてもいい。


 それより、フォルカーを捕まえることが先だ。


 神官の彼は冬には戻る、と言っていたが一向に戻ってきた気配がない。

 今まで何度か昼時の市場に来たが、彼は現れなかった。冬までに近場の貴

族か何かを訪ねると聞いたが、そこかもしくは道中で何かあったか。


 フォルカーは神官にしては随分と気易い。神殿で見た神官や司祭、そして

ヤンと名乗ったあの神官に比べれば、ずいぶんと世俗に近い気がする。王都

には8年ぶりだとその時に聞いたが、何故長い間、旅に出ていたかは知らな

い。そもそも、外回りの神官がいるなど、聞いた事も無かった。

 

 彼の事情を無理に聞き出すつもりはない。

 タビーは約束を守って欲しいだけだ。


 ヘス男爵家に伝わる紋様の一部、それを見せるのと引き替えの条件。

 彼女は約束が守られたら紋様を見せることにしていたため、フォルカーは

ヘス男爵家のそれを見ていない。

 

 もしかしたら、いらなくなったのか。


 そうであれば彼はきっとそう言うだろう。なにより、彼は英雄譚に出てき

た家すべてを当たっていると言っていた。ヘス家のものだけいらなくなった

ということは考えづらい。


 甘酸っぱい果物の味を確かめながら、タビーは溜息をつく。

 卒業まで、一週間と少し。クヌートの合否も気になったが、自分の準備も

しなければならない。それにはフォルカーと話す必要があった。


 入口に設えられた長椅子に座り、足をぶらぶらとさせる。鐘の音がしたが

フォルカーは現れない。

 鐘の余韻が消えるのを待って、タビーは立ち上がる。


 地図は買った。以前に買ったものと合わせれば、旅に支障はない。

 タビーは充分待った。だから、あの約束はなかった事にすればいい。

 落胆する必要はないのだ。タビーはフォルカーの事をよく知らないし、友

人でもない。魔術師になったと浮かれていた自分には、いい薬だ。


 ――――旅にでる日を決めなければ。


 タビー達は卒業式後、月末まで寮にいることを許されていた。といっても

騎士寮の同期達はそのまま騎士団へ出頭するのが通例だ。近衛に進む同期達

も一旦家に帰り、そこから改めて出仕する必要がある。式が終われば誰も残

らない。

 引継ぎを済ませて、のんびりと日を見極めるのもいい。天気で、空の青が

濃く、空気は冷たい、そんな日なら最高だ。

 幾分浮上した気分を抱え、タビーは歩き出そうとして硬直する。


 神官服を着たフォルカーが、そこにいた。



 神殿に部屋を与えられる、というのは、王宮魔術師に部屋が与えられるの

と同義らしい。

 どこかほこりっぽい部屋に通されたタビーは、ほとんど物のない部屋を見

回した。

 フォルカーは無言でタビーを促し、ここへ連れてきたのだ。そして部屋に

彼女を案内すると、忙しなく出て行った。


 再会してから何も話していない。いきなりこんな部屋に連れて来られるの

も困惑する。普段は口調も雰囲気も緩い彼が、無表情だったから思わずつい

てきてしまったが。


 暫くすると、扉が叩かれた。


 振り向いたタビーは、フォルカーが一人の女性を伴っているのを訝しむ。

 その女性は中年くらいだろうか、背から腰はしっかりと伸び、聖女の服を

身に纏っている。何故か鼻から下を白い布で覆っていた。


「タビーさん」

 ようやくフォルカーが口を開く。

「これから、大切な話をします。でも、あなたは女性で、僕は男だ」

 彼が言いたい事を理解し、タビーは頷いた。

「彼女はウータ。僕たちの話の立ち会いをします」

 聖女は促され、一歩前に出る。タビーは一礼した。

「彼女は耳が聞こえず、言葉を発することもできません」

 フォルカーの話に、聖女はびくともしない。耳が聞こえない立会人を準備

するということは、あまりいい話ではなさそうだ。

 フォルカーは部屋の中央におかれた椅子へ、ウータを座らせる。


「タビーさんは、そちらに座って下さい」

 聖女に背を向ける形で彼女は椅子に座った。人一人分隙間のあいた椅子に

フォルカーが座る。聖女から2人の姿は見えるが、顔は見えない。聖女であ

れ、この話を聞かせるつもりはないのだろう。


「今日、布告が出たのは知ってますか?」

 横並びだから、彼の顔は見えない。タビーは前を見たまま『いいえ』と応

える。

「……女王は、討伐隊を派遣します」

「討伐隊?」

 聞いた事は無かった。

「討伐隊の仕事は『魔獣狩り』」

 タビーは杖を強く掴む。魔獣があちらこちらに出現し、村を滅ぼし街の人

々を傷つけていくということは、随分前から噂になっていた。実際、数年前

には王都を魔獣が襲撃している。タビーが応用に上がって4年間、一番守ら

れている筈の王都近辺でも魔獣が出没したのだ。他の地域、特に『最果ての

谷』を抱える北の被害は大きいという。


「討伐隊は、騎士、近衛騎士、王宮魔術師、神官もしくは司祭から募られま

す」

「……」

「今回は特例として、経験のある冒険者や貴族の私兵も対象となりました」

「まさか」

「はい」


 フォルカーは少し笑ったのかもしれない。緊張した空気が緩む。

「僕は、神殿を代表して討伐隊に参加します」

「……」

「貴女との約束、守る事はできない」


 紋様を見せるための交換条件。

 それはフォルカーの旅にタビーが同行することだった。

 魔術師であっても、旅の経験値はまったく無い彼女である。先達がいれば

旅に慣れるのも早いだろう。お互いの利害が一致した結果だ。


「いつ、帰ってくるんですか?」

「二年後です」

「二年……」

 待てない。タビーは即座に判断した。残念ながら、縁がなかったという事

だろう。

「布告前に神殿に打診があったんです。事情は省きますが、最終的に僕が行

くことに」

「そう、ですか」

 タビーは溜息をついた。これで、諦めがつく。元々一人で旅に出ようと思っ

ていたのだ。最初の予定に戻っただけのこと。

「……タビーさん」

「はい」

「二年後、会えたら」

 フォルカーはタビーを見ている様だった。だが、タビーは真っ直ぐ前を見

て反応しない。

「その時には、紋様……見せてくれますか?」

「そうですね」

 彼女は壁の一点をじっと見ながら応える。

「私を見つけられたら、いくらでも」

「はは」

 フォルカーは漸く笑う。

「旅慣れていますから。すぐに見つけますよ」

「……私も逃げるのは得意なんだけど」

「追いかけっこですか、懐かしいな」

 彼の声を聞いて、タビーの気持ちも落ち着いてきた。

 恐らく、彼が討伐隊に参加するのは極秘なのだろう。だからこそ神殿の部

屋に招かれた。タビーは、何を言うつもりもない。恨み言を言えるほど彼と

は深い付き合いをしていないし、上っ面で心配するほど道化にもなれない。


「それだけ?」

「はい」

 約束を破るのは、神の意志に反しますから、と告げたフォルカーは、やは

り神官なのだ。

「討伐隊が出れば、魔獣は倒される?」

「今回は、魔獣が急激に増えた原因追及もありますから。どうでしょう?」

「そこはやっぱり『僕がなんとかします!』って言うところじゃないの?」

「嘘は得意じゃないんですよ」


 二人は笑う。

 約束は流れたが、またどこかで会うかもしれない。会わない可能性の方が

大きいが、そんな偶然を願っても罰は当たらないだろう。


「……タビーさん」

「はい?」

「あなたの旅に、神のご加護があります様に」

 タビーは笑う。前世があるせいか、彼女はあまり宗教というものに熱心で

はない。必要最小限の事をするくらいだ。

「そんなこと言っても、護符は買いませんよ」

「あれ、護符はもってて安心!なものなんですけど。縫い付けたら荷物にも

なりませんし」

「え、ローブに縫い付ける?ありえない。ローブが傷む」

「……タビーさん、それ、僕以外の神官の前で言ったら駄目ですよ、絶対」

「罵られる?」

「教典片手に、諭されます」

 タビーは苦笑する。そんなことに時間を使いたくない。

「じゃ、またね」

 立ち上がった彼女は振り向く。聖女は静かにそこに座っていた。

 その近くまで歩み寄り、深く礼をする。聖女が胸元で何かの仕草をしたの

に気づく。そう言えば神殿の奉仕作業の時、聖女達は何かあればそんな真似

をしていた。恐らく知っていて当たり前の事を知らなかった自分に、タビー

は苦笑する。


 約束は果たされずに消えた。

 それでも、どこか満たされた気持ちでタビーは静かにその部屋を出る。


「計画、練り直そう」

 ぽつりと呟く。少し気が楽になった。フォルカーには、縁があればまた会

える筈だ。そんな風に信じるのもたまにはいいだろう。


 足取りも軽く、タビーは神殿を出た。



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