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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
踏み出した一歩
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26



 初めての夏期休暇を終え、半年毎の特待生査定に合格したタビーは、ヒジャを

見ていた。


 裏庭の柵は丁寧に仕上げられ、ヒジャ達が寝るための小屋も作られている。さ

らに冬場の餌を備蓄するための小屋も作られ、事の発端となった寮生達と有志が

交代しながら世話をしていた。


 そのヒジャの中に、馬がいる。


 鹿毛の馬は去勢された牡馬だったが、気性が激しく、世話をしようとした騎士

専攻の面々が何人も蹴られ、噛みつかれた曰く付きの馬だ。

 気性を落ちつかせる為の去勢だったが、余計に気難しくなったのか、人を乗せ

ようとしない。どころか、餌も人がいると食べなかった。


 手を焼いたカッシラー教官が、ヒジャと同じ柵の中に放したのは、最後の手だ

という。

 猫や犬、羊やヒジャを馬小屋に同居させると、気性が落ち着くという説があり

試してみる事になったのだ。


 効果はあった。

 今はタビーが見てる位なら警戒はしない。アロイスやライナー等、男性が近づ

くと神経質そうに嘶いたりするが、彼女くらいの身長で女性だと問題はなかった。


「タビー、交代」


 馬が人に馴れるため、という名目で、授業が終わったタビーは裏庭に通ってい

る。柵の側に立ってぼんやりしたり、本を読んだりするのが日課だ。

 たまに、ラーラやイルマも来る――――今日の様に。


「お疲れ様です」

 イルマは柵越しに馬を見た。ヒジャの仔が母親に頭をすりつけてる横で、馬は

地面に横になり背を大地にこすりつけている。


「……随分おとなしくなったみたいだね」

「そうですか?」


 ついこの前、柵の側で本を読んでいたら噛まれそうになったタビーは首を傾げ

た。


「最初なんか、凄かったからね。可愛くなった様に見える」

「はぁ」


 イルマが柵に寄りかかると、馬は起き上がってこちらをちらちらと見ていた。

 人が増えたのが気になるのだろう。


「じゃ、後は引き受けたよ」

「はい、すみません」


 頭を下げてタビーは柵から離れた。

 

 今日は上級生の訓練を見せて貰える事になっている。

 魔術応用専攻でも実習が組まれているが、タビーの様な基礎課程の生徒が見ら

れる機会は少ない。今日はその数少ない機会のある日なのだ。


 校舎に隣接した訓練場に行けば、既にいい場所は取られてしまっていた。顔見

知りはその中にいなかったので、適当な場所を探す。

 どうにか見やすそうな位置を探して、その場に座った。


 詠唱は聞こえない。実際は口にしているのだが、その詠唱を記憶して勝手に使

われない様に音が消されている。


 「――――!」

 指揮棒の様な杖を持った生徒が手を上げた。その体を包む様に炎が立ち上がり

攻撃対象である丸太を直撃する。


 丸太は、瞬く間に燃え尽きた。


 タビーは、目を丸くする。初めて見た攻撃魔法は、衝撃的だった。


(人に使ったら……)


 背筋を悪寒が走る。間違いなく死んでしまうだろうし、運良く生き残ったとし

ても、大火傷だ。


 今度は他の上級生が杖を翳す。前の生徒より少し長めの杖は、消し炭になった

丸太の周りで渦を巻き、残骸を消し去った。

 次の生徒は水で訓練場に穴を開け、更にその次の生徒がそれを元に戻す。


(水の魔術と土の魔術なのかな)


 前世でも四大元素から成り立つ魔法というものがあった――――本や漫画の中

でだが。


(だとすると、最初のは火で、次は風か)


 タビー達は魔術の基礎を学び始めているが、それはあくまで理論的なものが中

心であり、どの様な魔術があるかまでは教えられていない。教本を見る限り、分

類等は無かったから、来年以降に学ぶのだろう。


(杖がなくても、魔術は使えるのかな)


 彼女達にも少しだけある実習は、体の中の魔力を感じる為の瞑想が中心だ。


(杖の長さの違いは何だろう)


 杖は木製に見える。金属製の杖を使っている者はいなさそうだ。


(そもそも、杖は作るのかな、買うのかな?)


 王都の中には魔術を組み込んだ道具を売る店や、魔術そのものに関連した店も

あったが、12歳以下の立ち入りは出来なかった。だから、杖をどうやって求め

るのか判らない。


 タビーの髪の毛がふわりと揺らいだ。


 上を見ると、花びらの様な塊が舞っている。手に触れたそれは、儚く消えた。

 上級生達の一人が、杖をくるくると回している。


「きれいだな……」


 風の魔術だろうか。匂いはしないが、ひらりひらりと舞う花びらは美しい。

 タビーから離れた所で見ている同級生達も目をきらきらとさせている。


(こういう魔術がいいな)


 胸を穏やかにさせてくれる様な、そんな魔術。

 攻撃魔術も必要なのだろうが、対人であれを使えるかというと自信がない。

 どうしても苦手意識が出てしまいそうだ。


(でも、どうにかやらなきゃ)


 魔術を学ぶのであれば、避けては通れないもの。今のうちから心がける様にし

ておいた方がいいだろう。


 花びらの魔術が消えた後、今までいた生徒達を押しのける様にして一人の生徒

が出て来た。

 大げさに杖を振ってみせる。


「わ……」


 杖を何度か振ったところで、その先に炎が灯った。

 それはみるみるうちに大きくなり、渦を巻く。他の生徒が何事か言っている様

だったが、それに耳を貸す様子ではない。


 炎は竜巻の様に巻き上がった。耳にその音は届かないが、視覚には強烈に印象

づけられる。訓練場の上部には安全の為に結界があると聞いた。上に巻き起こす

分には問題ないのだろう。


 得意げな生徒は、杖を大きく振った。竜巻が舞い上がり、結界に接触する。

 竜巻は勢いよく結界にぶつかり、炎が四散した。


「!」


 タビーは慌てて立ち上がろうとする。四散した炎の塊が、彼女の方へ飛んでき

たのだ。


「!!」

「~~~~!」


 上級生達が何事か叫んでいる。音が消されているから、何を言っているかは聞

こえない。だが、内容は分かる。


(逃げなきゃ!)


 震える足で立ち上がった。


 だが、遅い。


「きゃ……」


 叫ぶ間も無く、タビーの視界は炎に埋め尽くされた。


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