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演習の日の朝早く。
訓練場には2つの箱が置かれていた。それぞれに北と南の意匠が描いて
ある。思い出した様に院生がやってきては、名札を入れていく。
今日までどちらの軍につくか決めかねていた院生達が、ようやく最後の
決断をしたのだ。
昨日までにどちらに属するか決めていた院生達は、草原に向かっている。
陣立てを見て、必要であれば修正し、地形を頭に入れておく。演習は乱
戦になりやすい。集団での戦いを目標としているが、突出した者がいれば、
それにつられる事もある。地形と配置を頭に叩き込まなければ、結果に繋
がらない。
〆切近くなると、訓練場の人気は無くなる。参加者は草原へ向かい、そ
うでないものは自習になるのだ。
そんな訓練場を、ひょいと覗き込んだ影がある。
周囲を見回した影は箱に近寄り、名札を放り込んだ。
■
ラーズとヒューゴ、そして北軍の主な参加者は、本陣から敵方を見る。
と言っても、間に衝立があるからその先は見えない。取り払われるのは
開戦直後だ。
「……思った以上に、邪魔だな」
ぼそり、と呟いたヒューゴに、ラーズは頷く。
北軍の左側には、貴族の見学席がせり出していた。大工達が総出で作っ
た見学席は、最前列に余裕を持たせてある。急造りの見学席とは思えない
程、立派なものだ。
侍従や私兵が来る見学席に、なぜか円卓と椅子が設置されている。その
理由は、誰にでも予想できた。口にするだけ無駄である。
「動きが制限される。側面からの急襲は無理だ」
急襲をしかける前に両軍がぶつかるだろう。一方しか使えないのだ。
「正面突破か」
北軍大将であるラーズは、嬉しそうな表情を浮かべた。
「お前……大将が最前線出てどうすんだよ」
3年の参加者が呆れた様に口にする。
「お前は本陣で、どーんと!座ってるのが仕事だ」
あからさまにがっかりしたラーズに、ヒューゴも苦笑した。騎士専攻の
面々は、正面突破や混戦、乱戦も好物だ。特にその傾向が強いラーズには
座って待つのが苦痛なのだろう。
「でも、塹壕があるからな。相手がどうでるか」
南軍は、魔術応用の院生が揃っている。側面が使えないのなら、まずは
魔術で攻撃してくるだろう。同時詠唱が出来るというのだから、まずは北
軍の先陣をつぶしにかかる。見学席が無ければ、混乱している北軍の側面
から急襲をかけた筈だ。
見学席ができた今、相手も作戦を練っている。正面突破は単純だが、犠
牲も多い。ただでさえ南軍優勢なのだ。
「魔術は塹壕で避けるとして……」
「後方から弓兵で支援します」
北軍は騎士専攻が多く、弓に造詣がある者もいる。魔術発動の後に先陣
を切ってくる南軍を威嚇することが可能だ。
「距離は?」
「ここらあたりの塹壕なら、届きます」
指でいくつかの塹壕を指定され、ラーズは頷いた。
「よし、弓兵を配置する。下級生でも構わん。弓の得意なヤツで迎撃させ
ろ」
「はい!」
「南軍は塹壕を回避してくるか?」
「わからん。そもそも、あっちはどうなってるのか」
ここ数日、演習に関する真新しい噂は出ていない。演習の規模から考え
ると、嘘も真実も織り交ぜて当日まで噂という名の情報が出て当たり前だ。
噂に敏感なクヌートですら、情報を持っていないという。
「そういえば、クヌートはどっちについたんだ?」
「さぁな。今朝決めると言っていたが」
ヒューゴの予想としては南軍である。成績が振るわないクヌートとして
は、勝って点数を稼ぎたい。演習で活躍すれば、追加点ももらえる。
そして勝つ可能性が高いのは南軍だ。
北軍でも参加点はつくが、やはり勝った方が点数も気分もいい。クヌー
トの性格から言うと南軍以外の選択肢はないだろう。
「南軍の応用は、下級生が多いらしいが……タビーが指揮を?」
「自分たちで訓練したらしい」
場がざわついた。演習に参加するのであれば、タビーが応用の下級生を
仕込むと考えるのが普通だ。だが、南軍はそうではないと言う。
「魔術を同時発動させるのは、難しいと聞いたんだが」
ラーズが同期である魔術応用の院生を見る。
「たぶんだけど、魔術的な知識がまだそこまでないから、合わせることに
苦労しないんだと思う」
魔術を学べば学ぶほど、術を合わせるのは難しくなっていく。各々の個
性や得意な分野が突出し、逆に単純作業である魔術の同時発動ができなく
なっていくのだ。
「となると、あっちの上級生達はどうでる?」
「塹壕の破壊を支援。それと、注意力を散漫にさせるための陽動」
まだ見えない敵陣を指で押さえる。
「基礎魔術しか使えないから、威力はそこまで出ないと思うけど」
「急に大きな音がしたら、驚くよな」
「音に反応しない様に言うか?」
「無理だろ。殆ど反射だぞ」
地図を見ていた3年生達が次々に口を開く。
「魔術応用には魔術応用の連中を当てるか」
最上級生でも演習に参加する者はいる。彼らがどこまで前線に出られる
かが問題だ。
「それとタビーの動きだな」
「アイツも読めないからなぁ」
最上級生たちは、やれやれと肩を落とす。
「そ、そんなに凄いのか?」
「応用で4年間も首席にいるんだから、凄いだろ?」
「というより、こえぇよ」
下級生達もぼやいた。騎士寮のタビーは寮長だが、演習に出てくる彼女
は悪夢だ。威力が最低の基礎魔術で吹き飛ばされる、という想像しかでき
ない。
「ヒューゴ、お前、大将守ってろよ」
「勘弁してくれ。これ以上黒星増やしたくない」
「魔術と杖術か……相性最高そうだなぁ」
憂鬱そうな顔をする味方の肩を、ラーズが軽く叩いた。
「あとは、今朝でどれくらいウチに加勢があるか、だ」
「南軍優勢だったら、そっちに行くだろうな」
ヒューゴ達の様に、最初に参加する軍を決めて名札を箱に入れた者達は
思うより少ない。大体は1ヶ月の訓練や揃っている面子を見てどちらにす
るか決める。
迷った上に参加しない者もいた。特に応用の院生に多い。
最後の最後まで参加を迷うことは問題ではないのだ。集計の途中、何度
か発表される面々を見て決めるのも、生き残る方法の一つである。
演習ならまだいいが、本当の戦争や内乱だったら生き延びるために考え
ることが必要だ。
「今日、ウチに入ってくれた連中がどれだけいるかわからん。が、俺は負
けるつもりはない」
ラーズが低い声で、だがきっぱりと告げると、全員が頷いた。
「不利な方が燃えるな!」
「だからって勝手に走っていくなよ」
まずラーズが腕を前に出す。その上にヒューゴが、そして次々と腕が重
ねられていく。
全員の顔を見回し、ラーズはしっかりと頷いた。




