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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
薬草
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 薬草畑の管理をする教官、マルタ・アンデは、荒らされた畑を見てふら

りと倒れそうになった。

 側にいたカッシラーが慌てて受け止める。

「なんということ……!」

 我が子の様に手がけていた薬草畑は滅茶苦茶だ。幸い、ヨハンたち3人

が判る薬草がリタだけだったから、それ以外の畑は荒らされていない。


 カッシラーの手を借りてどうにか立っているマルタ教官に、タビーはた

だただ『申し訳ありません』と頭を下げるしかなかった。


「タビー、リタは何処だ?」

「騎士寮にあります」

 カッシラーも眉を顰める。経緯は説明したが、情けなさが先立つのだろ

う。寮監を務めて長い彼も、こんなことは今までになかったと呟く。


 そもそも近衛と騎士団の差はあれ、騎士になろうと志す者が窃盗を犯す

事はない。魔が差したとしても、その気持ちをきちんと抑え込む事ができ

なければ、騎士にはなれないのだ。


「酷いこと。葉だけならまだしも……」

 見つからない様に、と急いだのだろう。強引に引っこ抜いたであろう場

所には、細い根が残されている。


「カッシラー教官。貴方は何を教えているのですか?貴方は寮監でしょう」

「返す言葉もない。申し訳ありません」

 カッシラーは深く頭を下げた。

 それでも腹立たしさは収まらないのだろう。マルタ教官は無表情のまま

薬草畑を立ち去っていく。


「すまんな、タビー」

「いえ、私こそ……気づかずに申し訳ありません」

 市場で買い食いをしたり、賭博をする様な行動をしていれば、どこかで

その片鱗を見せていた筈なのだ。それを見逃していたのは、タビーである。


「しかし……」

 カッシラーは周囲を見回した。リタの畑は全滅だ。ここの畑はマルタ教

官をはじめとした薬術担当の教官が整備していた。薬草が育ちやすい土の

配合をし、品質を高めるための肥料を与え、野生のものよりも高品質のも

のを作っている。

 薬草畑には、教官の許可が無ければ立ち入れない。スケッチをとったり

するだけでも許可が必要である。だが、柵以外特に防犯用の対策はしてい

なかった。その様な狼藉者はいない、と、思いこんでいたのかもしれない。

 それを今、論じるつもりはないが。


「こいつを元に戻すのは大変だな」

 騎士寮は元々血気盛んな院生達が集まる。殆どは男の院生で、いざこざ

も少なくない。それでも今まではこんな事をした輩はいなかった。


「仕方ない。まずは畑の整備と……リタの仕分けをしよう」

 薬草は抜いてしまえば、すぐに劣化が始まる。その速度は遅いが、新鮮

な材料を使った方が効能は高い。

「その前に、ベック教官長に話を通してくる」

 できる限りの事はするが、それにも限界がある。教官長である彼が間に

入った方が、話が進むのは早い。最も、彼もまたこの惨状に呆然とするだ

ろうが。


「タビー、お前は騎士寮に戻ってリタを確保しろ」

「ヨハン達はどうしますか?」

「取りあえず、今のままだ」

 謹慎させているならば、逃げる事はないだろう。処分は後回しでいい。

 まずは自分たちができることを、素早くこなしていくだけだ。

「寮はヒューゴに任せて、何人か手伝いを連れて来い。お前が信用できる

者でいい。騎士寮でも、それ以外でも」

「……はい」


 タビーは返事をし、一礼して走り出す。一刻でも早く、解決への糸口を

掴まなければならない。

 幾人かの名前を脳裏に思い浮かべながら、彼女は寮を目指した。



 リタの葉には棘がある。手袋をすれば問題はないが、素手で触るのは出

来るだけ避けた方がいい。茎や根は染料として使える。そのままでは保管

できないが、染料に加工すれば長期保存も可能だ。学院の講義で使うかは

判らないけれど。


「ほ、本当?いいの?」

「ええ」


 そんなリタの仕分けを、同期であるリリーが引き受けてくれた。リタは

誰でも採取方法を知っている薬草だが、丁寧かつ手早く仕分けをするには

魔術応用の者に頼むのが一番いい。

 駄目元で頼んでみたところ、彼女は快く引き受けてくれた。同期の友人

にも声をかけてくれるという。


「あ、ありがとう」

 タビーは深く頭を下げた。同期で同じ組とはいえ、貴族の彼女が引き受

けてくれるとは思ってもみなかったのだ。

 タビーの周りには、女友達という存在がない。せいぜい同期が声をかけ

てくれる位だ。それなのに、彼女は嫌な顔一つせず、仕分けを受けてくれ

た。ただただありがたい。


「仕分けの場所は、どこなのかしら?」

「あ、ええと……」

 慌てていて、まだ仕分けをする場所を決めていない事を思い出した。

「ごめんなさい、今、カッシラー教官がベック教官長に話に行ってるか

ら……」

「そう」

 リリーは少し首を傾げて、それから頷く。

「わかりました。私、友人に声をかけて、図書室で待っています」

「いいの?」

「はい」

 彼女は微笑んだ。タビーもほっとして肩の力を抜く。

「す、直ぐに知らせる様にするから」

「ええ。でも、気をつけて。急ぐのは、あまりよくないわ」

「あ、ありがとう」

 もう一度深く頭を下げてから、タビーは早足で教官室のある棟へ向かう。


 ここに来る前、訓練場にいた騎士寮の面々に声をかけた。カッシラー教

官が住んでいる、教官室前で落ち合うことになっている。


「あ、きた!」

 階段を登り切り、廊下に入ると馴染みの声がした。クヌートだ。

「タビー、こっち!」

 あの実習を共にした面々がいる。レオポルト、ディーター、ハインツ。

「先輩!」

 クヌートの隣で負けずに手を振っているのはジルヴェスター。その側に

は、相変わらず硬質な表情をしたままのザシャ。


「ご、ごめんね。ちょっとあっちこち回っていたから」

「いいよ、気にしないで。それに、丁度訓練にも飽きた……じゃなく、訓

練も一段落ついたところだったしね!」

「お前、本当に訓練嫌いだな」

 呆れた様なレオポルトの言葉に、タビーは苦笑した。

「本当に、ありがとう」

 頭を下げてから、彼女は全員の顔を見回す。

「それで、どんな用事なの?」

「うん、色々あるんだけど……」

「おい、タビー」

 説明しようとしたところで、教官の声がした。振り向けば、廊下の端で

カッシラーが手招いてる。


「仕分け場所は、薬術講義室の2番だ」

「はい!」

「あと、お前らは俺と一緒に来い」

「え?」

 カッシラーの指示に、クヌートは目をぱちぱちとさせた。

「えっと、教官の、仕事……なの?」

「……」

 タビーは目を逸らす。正確には彼女と教官の手伝い、なのだが、それを

そのまま伝えるのはなんとなく申し訳ない気がした。

「どっちだって同じだろ。ほら、いくぞ」

 レオポルトに首ねっこを掴まれ、クヌートはずるずると引きずられてい

く。他の者も後に続いた。


「ええと、薬術講義室の2番、か」

 まずは図書室に行き、リリーとその友人達に仕分けを頼む必要がある。

 リタの葉は、劣化を少しでも遅くするために、エルトの袋に放り込んで

あった。

 日はまだ沈んではいないが、門限までそれほど時間はない。


 タビーは図書室に向かって走り出した。


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