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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
夏期休暇
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 王都の騎士達と同じく、ブッシュバウム侯爵家の私兵達も狼煙を使う。

 紛らわしいため、狼煙に色をつけたり、煙の量を変えたりするが、運用

はほぼ同じだ。


 遠くに狼煙が上がったのを確認したマルクスが振り向く。


「タビー」

「はい」

 彼女は杖を掲げた。

「弾け!」

 鞭で叩いた様な時の音がし、一番手前側の木に火がつく。


「行きます」

 ジルヴェスターが馬を走らせる。少し揺れたが、タビーは気にせず次々

に魔術を放った。


 作戦前に魔術を使い乾燥させた木は、良く燃える。火が消えない様に、

獣脂を木々に塗りつけてあり、小さな魔術でも良く燃えた。


 ザシャはマルクスと共に本部にいる。ディーターは私兵達に混じり、火

に煽られて逃げる魔獣を狩る要員になった。


 そしてタビーとジルヴェスターは、同じ馬に乗っている。


 付け火はフルダ伯爵領側から行い、ブッシュバウム侯爵領側に逃げ口を

作っておく。極力、伯爵領へ魔獣を行かせないための策だ。

 タビーは火をつけて回ると同時に、伯爵領へ魔獣が出ないかの確認を行

う。当初では一人で馬に乗る予定だったが、反対したのはジルヴェスター

だ。


『危険です』


 火攻めには賛成したものの、役割分担にあたって彼はタビーの単独行動

を認めなかった。単独行動とはいうが、私兵達もいる。実際には伯爵領側

で付け火をするだけだ。

 それでもジルヴェスターは納得せず、結局、馬を操るためにもう一人を

同行させることになる。


 指揮権を持つ彼を同行させることは、タビーは無論、マルクスやザシャ

も考えていなかった。当初はディーターが同行する筈だったが、誰かに任

せることを酷く嫌がったジルヴェスターによって、作戦は変更になる。


『冗談じゃねぇぞ』


 私兵の顔をかなぐり捨てて、マルクスはザシャとタビーに詰め寄った。

 彼は魔獣を討伐する以上に、ジルヴェスターを護らなければならない。

 火攻めを始める伯爵領側にいるとはいえ、どこも危険なのだ。マルクス

やザシャと一緒にいるのが一番安全である。


『若様に何かあったら、首が飛ぶのは俺だけじゃない。そこのところを理

解してるのか?』


 正直に言えば、2人もマルクスに同意だ。ジルヴェスターには安全な場

所にいてほしい。騎士専攻所属とはいえ、二年目なのだ。ある程度の形は

出来ているが、実習も演習もそれほど経験がない。

 説得を試みたが、頑として頷かないジルヴェスター。時間だけがいたず

らに過ぎていく。その間にも、魔獣の幼生は成長し続けるのだ。


 結局折れたのは、マルクスだった。


 火付け役のタビーを馬に同乗させ、終わったらまっすぐマルクス達のと

ころへ戻る、それを条件に許可を出したのだ。


「先輩、次へ行きます」


 火がついたのを確認し、ジルヴェスターは馬を走らせる。タビーは後ろ

側にある鞍の端を掴み、平衡を保っていた。


 木や獣脂の焼ける匂いがする。タビー以外にも私兵達があちらこちらか

ら火を放っていた。ダーフィトの夏はさほど暑くはない。しかも既に晩夏

に入っている。騎乗すればさらに肌寒い。

 それでも額に浮かんだ汗を、タビーはそっと拭った。


「弾け!」

 間隔を開けずに魔術を放つ。魔術そのものは、学院で最初に習ううちの

一つで、さほど威力は大きくない。だが、火をつけるだけならこれで充分

だ。

 伯爵領側の森は、火に呑み込まれ始めている。最後の一つを放って、タ

ビーはジルヴェスターの背を叩いた。


「戻ろう」


 ここまで火が付けば、後は森を燃やし尽くすまでだ。魔獣だけを討伐で

きればいいが、幼生の数を考えると時間ばかりがかかる。直接戦えば、怪

我をする者も出てくる筈だ。

 生態系が崩れている森を見捨てるのは、悪ではない。同じ森が出来るま

で年月がかかるだろうが、それでも魔獣を逃すよりましだった。


 ジルヴェスターが躊躇い、そして馬を返す。マルクス達の所へ、戻る

ために。



 森を燃やす炎は、衰えることがない。

 伯爵領側に余計な火種が行かぬよう私兵達が囲んでいるが、そこを出て

くる魔獣はいなかった。


「あと半分だな」

 太陽が南天を通過する。少しだけ暑く感じるのは、目の前の火があるせ

いか。

 ジルヴェスターとタビー達は、火の勢いを見守っている。


「そろそろヤツらが押し出されるな」

 マルクスは呟き、剣を抜く。ジルヴェスターがいるここは、私兵も多い

が護ってもらえるのは彼だけだ。タビーやザシャは自衛が必要である。も

ちろん、最前線に出ているディーターも。


「ザシャ」

「大丈夫です」

 表情を変えずに火を見守っている彼の武器は、短剣ぐらいだ。それも戦

うというよりは護身向きである。

「それより、火の勢いをもう少し強く出来ませんか?」

「風を吹かせる事はできるけど、勢いを強くするなら……」

 強い攻撃魔術を打ち込むしかない。

 魔術を発動させられる範囲は、魔力に依存する。森全体に強い魔術を発

動させることは可能だが、魔獣が反応する可能性もある。その場合、攻撃

したタビーを狙ってくる可能性が高い。また、一気に魔獣が出てくる場合

もある。


「危険ですね」

 ザシャは呟き、森を見た。ジルヴェスターも顔を強ばらせたまま、森を

見続ける。

「来たぞ!」

 私兵達の声が上がった。

「ラーンだ!」

「尾を狙え!」

 幼生とはいえ、魔獣はそれなりの大きさだ。私兵達が斬りかかって行く

のは、蜥蜴の様な魔獣である。


「……でかいな」

 マルクスが呟いた。

「脱皮をさせるな!!タビー、アイツの動きを止められるか?」

「ほんの一瞬なら」

「充分だ、頼む」


 タビーは杖を掲げる。距離はあったが、彼女が目標を誤らなければそれ

が問題になることは殆ど無い。


「疾く!」

 渦をまいた魔術が、ラーンと呼ばれる魔獣の足を直撃する。血はでない

が痛みはあったのだろう。ラーンは叫び、一瞬動きが止まる。


「貰った!」

 私兵の一人が距離を詰め、尾に剣を打ち込む。先程とは比にならない声

があたりに響いた。全身が鎧の様に硬いラーンの弱点は、長い尾だ。ここ

を抑えれば、ほぼ勝ちである。

「仕留めろ!」

 私兵達が群がり、ラーンを追い込んだ。断末魔の叫びを上げ、音を立て

て倒れた魔獣に、私兵達から喚声が上がる。

「次が来るぞ!」


 私兵達が本格的に戦い始めたところで、タビーが前に出た。


「先輩」

 手を掴まれて振り向けば、青ざめたジルヴェスターがそこにいる。

「行かないでください」

「ジル……若様」

 彼女は当惑した。魔獣との戦いにおいて、魔術師は心強い味方になるの

だ。途中から戦闘に参加することは、マルクスもザシャも承知している。

「危険です」

 ジルヴェスターの瞳が揺れていた。

 恐怖だ。

 騎士に憧れ、騎士専攻に進んだ彼は、目の前の戦いを恐れている。

 タビーも、怖い。

 それでも戦わなければならないのだ。恐怖を押しつぶしてでも。


「若様、私は後方支援に行くだけです」

 魔獣を牽制し、私兵達に有利な状況を作り出す。それだけだ。

「行かないでください!」

 強い声に、ザシャがちらりとこちらを見た。

「ここは危険です、先輩が行ってしまったら……」

 揺れる瞳に、一瞬心が動きそうになる。だがタビーはそれを抑えた。


「大丈夫」

 タビーは、彼の良き先輩でありたいと思っている。いずれ道は別たれる

が、それまででいい。


「大丈夫!」

 彼女は、少しだけ力をこめてジルヴェスターの肩を叩いた。


「でます」

「頼む」

 マルクスは戦いから目を離さない。今のところこちらが有利だが、形勢

が変わる事もある。タビーをジルヴェスターの護衛から外してでも戦いに

投入するのは、勝つ可能性を少しでも上げるためだ。


「ザシャ」

「了解です」

 タビーの言いたい事を理解したのだろう。ザシャも頷いた。

「先輩!」

 悲鳴の様な呼び声を振り払って、タビーは走り出した。


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