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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
夏期休暇
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「ここがバノ」

 侯爵領の地図を前に、ザシャが指をさした。

「どのくらい?」

「馬なら3日くらい」

「3日……」

 ジルヴェスターは溜息をつく。侯爵の言いつけで、5日以上の外出は許

されていない。

「バノには行けないか」

「道を検討することはできる」

 ザシャの言葉に、咳払いが聞こえた。少し離れた所に控えているのはバ

スラー、そしてその隣には無精髭を生やした男が立っている。咳払いは男

がした様だ。

「そうなると、近い所から行こうか」

「その前に……マルクス殿。地図をお持ちでは?」

 無精髭の男にザシャが問いかける。男は面倒そうに地図を取り出した。

 侯爵領の地図と同じものだ。違うのは、書き込みがあるくらいか。

「黄は目撃情報、赤は死者」

 書き込まれている印の意味をマルクスが端的に説明する。

「青は見回りで安全が確認された場所」

「青は外しますか?」

「とても全部は回りきれない。仕方ないけど、青は外そう」

 ジルヴェスターの決定に全員が頷く。

「他に何か、お持ちですか?」

 ザシャの言葉に、マルクスは首を竦めた。侯爵家が抱える私兵の中でも

抜きん出た腕を持つと言われる男だ。形にしていなくても、いくつかの情

報はもっているだろう。

「特には」

 問いにマルクスは答える。直感的に嘘だ、と思うが、タビーは口を噤ん

だ。ザシャも追及しない。


「領民は魔獣退治もそうですが、侯爵家が領民を見捨てていない、という

事を感じたい筈。ジルヴェスター様の慰問があれば……」

「慰問ではない、魔獣退治だ」

 ザシャとジルヴェスターの視線がぶつかり合う。最初に逸らしたのはジ

ルヴェスターだった。

「まずは慰問、目撃情報のある場所には1日滞在して、見回りや領民の話

を聞きます」

 ザシャの説明に、マルクスが表情を緩めたのが判る。侯爵からジルヴェ

スターの警護を依頼されている彼からすれば、危険な地域には行ってほし

くない。

「その最中に魔獣が見つかれば、当然退治する。いかがでしょうか」

「……それでいい」

 まるでザシャが軍師の様だった。方向性を決め、ある程度の安全を確保

しつつもジルヴェスターの希望も取り入れている。

「目的は、侯爵家が領民の苦労を判っている、判ろうとしているというこ

とを、広く知らせることです」

「父上は領民を見捨てることはしない。私兵の大半を、領地に割いている

のだぞ」

「残念ながら侯爵様は、その職務上領地に長く滞在する、ということがな

かなかできません。家令が采配を振るい、それに問題がないとはいえ、領

民は不安がっていると考える必要がある」

 ザシャの説明に、マルクスがひゅうと口笛を吹いた。それに何の反応も

示さず、彼は地図の何カ所かを指さす。

「候補はこの3ヶ所のいずれか、ですね。半日で行ける、比較的安全な所

です」

 黄色い印も他に比べれば少なく、赤い印は全く無い。

「先輩、どこがいいと思いますか?」

 タビーは視線を地図に戻す。どこに行っても大丈夫そうな場所。逆に言

えば選ぶ理由がどこにもない。

「マルクスさん、どこがいいでしょう」

「なぜ、俺に聞くんだ」

「今の侯爵領を知っているのは、今までここを守ってきた私兵の方です」

 タビーの言葉に、ジルヴェスターも頷いた。

「マルクス、お前の意見を聞きたい」

 マルクスは少し考え、3ヶ所のうちの1ヶ所に指を置く。

「……エーダーにしましょう」

「わかった」

 素直に頷くジルヴェスターの横で、ザシャがこめかみに指をあてる。


「マルクス殿、エーダーを選んだ理由を」

「3ヶ所のうち、ここは比較的小さい街だ。それに他の2ヶ所にはギルド

の出先があるが、エーダーにはない」

 領民の不安が高まりやすい状況を聞き、ザシャが頷く。

「では、エーダーでよろしいでしょうか。ジルヴェスター様」

「え?あ、ああ。わかった。そこにしよう」

 ザシャがジルヴェスターを『様』付きで呼ぶのは珍しい。もっともここ

は侯爵家だ。伯爵位を持っていてもザシャが格下、無闇に爵位を強調する

のも滑稽だろう。


「いいか?」

 ディーターがザシャに向かって手を挙げる。

「何か」

「武器の予備を買っておきたい。エーダーまでは半日、野営の準備はいら

ないだろうが、魔獣が出た場合の事もある」

「私も。あと、薬の予備があったら回して欲しい。私のは最低限のものし

かないから」

「わかりました」

 ザシャは頷き、ジルヴェスターを見た。

「どうされますか?」

「え?あ、ああ」

 いつもと状況が違う。戸惑いつつも、彼は少し考えた。

「マルクス、武器の補充は可能か?薬もだ」

「はい」

「では、悪いけどマルクスに聞いて、準備を」

「了解した」

 ディーターと一緒にタビーも頷く。

 ちらり、とザシャの顔を見れば無表情を装っているが、どことなく満足

気だ。何となく、彼のしたい事が判った様な気がする。


「ジルヴェスター様、お時間です」

 バスラーが控えめに声をかけた。

「え?もう?」

「はい」

 彼はこの後、離れで隠居する彼の祖母に会うという。王都でのお土産を

渡す、と、嬉しそうなのが印象的だった。

「では、夕食の時に。ゆっくりして下さい」

 ぺこり、と頭を下げて、ジルヴェスターは出て行く。その後をバスラー

が追っていった。

「……で」

 マルクスは3人を見回す。

「あの『お坊ちゃま』を『若様』にしたのは誰だ?」



 時間は有効に使うべきだ。

 ザシャの言葉に全員が同意し、侯爵家の武器庫へ向かう事になった。


 侯爵家にも武器庫はあり、代々の当主が趣味で集めたものや、私兵に貸

し出すための武器が収められている。

「しかし、思ったより凄いな」

 ディーターは武器庫を見回していた。教本でしか見た事のない様な武器

から、街でみた棍棒や鉄球、剣に至っては様々なものがある。武器だけで

はなく、防具も揃っていた。


「好きなのを選んでくれ」

「全部って言ったら?」

「全部使うなら構わん」

 どうやらマルクスはこの武器庫の管理も行っている様だ。どこに何があ

るか全て把握している。

「これ、いいなぁ」

 タビーが見つけたのは、前世でいう長刀の様なものだ。棒の先に片刃が

つけられており、思ったよりも軽い。ただやはり武器なだけあって、タビー

の手には少し太かった。

「嬢ちゃんは、棒だろ?」

「タビーです」

 むっとして言い返した彼女に、マルクスはけらけらと笑う。

「魔術師が杖以外を使うってのは、初めて見たぜ」

 彼はタビーが持っている杖を眺めた。マルクスはこれを杖だとは思って

ないらしい。

「これは杖です」

「は!?」

 目を丸くした彼は、少ししてこらえきれない様に笑い始める。

「いやこりゃ参ったぜ。魔術師にゃ数え切れないほど会ったが、こんな杖

初めてみる」

「……良く言われます」

 そもそも、杖を生み出した時から驚かれたのだ。今更だが、余程珍しい

のだろう。

「となると、そいつは無理だな。2本もって歩けるか?」

 長刀の様な武器をタビーは元の場所に戻す。

「無理です」

「だよな」

 マルクスは笑いを収めつつ、剣が集められている場所へタビーを案内し

た。

「短剣は使えるか?」

「人並みには」

「だったら、こいつだな」

 壁には短剣が並べて掛けられている。装飾が全くない、刃だけのものか

ら、明らかに装飾用と思われる短剣まで、多種多様だ。

「侯爵様は武器には詳しくないからな。がらくたもお宝も一緒だ」

 話を聞きながら、タビーは短剣を見ていく。いずれも丁寧に研がれ、磨

き上げられていた。そのうち、手の大きさに合ったものを壁から外す。


「ちょっと軽いか」

「だったらこっちだな……っておい、お前さんはいいのか?武器は?」

 武器庫の入口に寄りかかり、ディーターやタビーを眺めていたザシャは

頷く。

「戦いは得意ではないので。万が一のための武器はもっています」

 ザシャのベルトに下がっている短剣に、タビーは見覚えがある。過去、

彼に貸してそのままになっているものだ。今更返せとは言わないが。


「で?お前さんか?お坊ちゃま、を若様にしたのは」

「さぁ」

 ザシャは首を少し傾げた。人形の様に整った顔は、相変わらず変わらな

い。

「変わった、というのなら、ジルヴェスター様ご自身の自覚でしょう」

「つまんねぇ嘘つくな、お前」

 呆れた様な言葉で返したマルクスに、タビーとディーターは顔を見合わ

せた。

「あのお坊ちゃまが、あんな風になって帰ってくるとはな。驚きすぎて、

寿命が縮んだわ」

「『くるしゅうない』?」

「それだ」

 マルクスは指先を弾いて、タビーを見る。

「まぁ、あの口癖は英雄譚の読み過ぎからきていたからな」

 学院に入る前、ジルヴェスターには当然ながら家庭教師がついていた。

 礼儀作法や口の利き方も教わった筈なのに、進学する頃には『くるしゅ

うない』が口癖になっていたのだ。

「あれを矯正できただけでも驚きだぜ」

 タビーと初めて会った頃のジルヴェスターは、確かにそんな口調だった。

 おまけに『私』を『我』と呼び、彼女の度肝を抜いたのだ。

「まぁ、ちっとはまともになったみたいだな。しかし、騎士を目指すとか、

方向転換にもほどがある」

 マルクスも、ジルヴェスターが財政専攻に進むと信じていた。それがい

きなり騎士専攻へ、侯爵家にあってはならない位の低い成績で滑り込んだ

のだ。幼い頃から見ていたマルクスにとっては、青天の霹靂だった。


「まぁ、頭のいいヤツはどこか螺子が1本外れてる様なものだからな」

「否定はしない」

「いや、お前もだから」

 マルクスとザシャのやり取りに、タビーは苦笑する。

 壁の短剣をもう一本取って、握り具合を確かめた。

「ここらが丁度いいかも」

 自前の短剣もあるが、貸してくれるならそちらを使いたい。色々な武器

に触るのは経験にもなる。

「マルクスさん、投げつける短剣ってありますか?」

「さん付けはいらん。寒気がする……投げる短剣?」

「細くて、指先だけで掴める、直線の様な短剣です」

「武器屋で見た事がある。だが、あれを持つのはしんどいぞ。腰に巻き付

けるから、邪魔だしなぁ」

「ここには?」

「ねぇな。明日、出入りの武器屋に連れて行く。そこで聞いてみろ」

「ありがとうございます」


 イルマから話を聞いただけの短剣を、ようやく見る事が出来る。もしか

したら王都にもあったのかもしれない。だが王都でタビーが行くのは市場

と魔術道具の店が主であり、たまに大通りの高級店を外から覗く程度だ。

 手持ちが許せば、買っておくのもいいかもしれない。

 タビーは並んで掛けられている短剣の鞘を取りながら、にっこりと笑っ

た。


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