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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
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 しっくりこない気持ちを抱えながら、タビーは裁定室を出た。

「予想通りだった?」

 並んだザシャに、問いかける。

「半分は」

「半分?」

「妹がいるとは知りませんでした。なので取りつぶしになるだろうと思っ

ていました」

「そっか」


 それにしても不明点が多すぎた。8歳の幼い妹に子爵位を継承させるこ

ともそうだが、裁定があまりにも円滑に進みすぎている。呼び出しも何も

かも、第三者の力が働いているとしか思えない。


「バーデン伯爵」

 声をかけられ、ザシャは振り向く。近衛騎士がそこにいた。

「裁定長がお呼びです」

 ザシャとタビーは顔を見合わせる。ジルヴェスターは不思議そうに双方

の顔をみていた。

「すぐに」

 きな臭いと思いつつ、ザシャは来た廊下を戻る。タビーとジルヴェスター

が不安な顔をしていたので、軽く手を振ってみせた。


 裁定室の前には近衛騎士がおり、彼の顔を確認すると扉を開く。

 既にハインツもアーベルもいなかった。裁定室の裁定は、即適用される。

 ハインツは貴族籍から削除されるし、アーベルは子爵領とは違うどこか

に連れて行かれるのだ。いずれもドゥーゼ子爵家に残した荷物や財産を取

りに行く事すら許されない。家族も同様だ。


 裁定室には、裁定長だけがいた。


「バーデン伯爵」


 彼の片手には、子爵家継承の証であるブローチがある。


「おかけください」

 ザシャは訝しく思いつつ、椅子に腰掛けた。

「これを」

 裁定長は彼に歩み寄り、ブローチを手渡す。当惑しつつ、ザシャはその

ブローチを検めた。

「……?」

 薄青のブローチは、子爵家の紋章が入っている。その下部分に、少しだ

け余白の様なものがあり、黒い粒が見えた。


「これは?」

 ザシャは目を凝らす。何度も見直すうち、それが『種』だと判った。

「……何の種か、おわかりになりますか?」

「いいえ」

「……」

 裁定長は少し溜息をつくと、ザシャからブローチを受け取った。

「これは、魔人の種」

「魔人の種?」

 彼の顔が青ざめる。講義で聞いただけのそれは、人を強烈な酩酊状態に

引き込むもの。酒であればいずれは醒めるが、魔人の種は一度使えば醒め

ることはない。薬を使われれば、人は酩酊状態に耽溺し、身の回りのこと

すらできない廃人になる。

「これが、本物だと?」

「今回の裁定が早く進んだ理由がおわかりでしょう」

 裁定長はザシャの疑問を見抜いていた。

「……なぜ、子爵家に?」

 魔人の種は見つかれば即燃やされ、砕かれるものだ。見本や研究対象と

して持つ事も許されない。そもそも、大半の人間は魔人の種など見ずに一

生を終える。


 それが、なぜ子爵継承のブローチに入っているのか。


「何代か前の子爵令嬢が、王の寵愛を賜った時に授けられたものと聞いて

おります」

「王から?」

 王であっても、魔人の種を入手するのは難しい。手にいれようとした所

で、周囲が止める筈だ。それすら退けるだけのものがあったのか。

「王は、自らがいなくなった後、令嬢を誰かに取られる事を恐れておりま

した」

「……自害用ですか」

 苦しくも痛くもなく、心地よい感覚の中で終わりを迎える。

 聞こえはいいが、終わりを迎えるまでの間、何一つ自分でできなくなる。

 食事も排泄も入浴も。本人は酩酊状態で何も考えずに終わりを迎えるが

周囲の者からすれば、汚物にまみれ、弛緩した口や鼻から体液が出続ける

様な状態は、目を覆いたくなるものだろう。

 いずれにしても令嬢は魔人の種を使わず、子爵位継承に必要なブローチ

の中に封じたのだ。


「それを私に話して……どうされるおつもりか」

 ザシャはノルドの貴族である。この情報をノルドに渡す事もあり得るの

だ。重要機密ともいえる話をすること自体がおかしい。


「この魔人の種が、ノルドから出たものだ、という話がございます」


 彼は眉をぴくりと動かした。ノルドはダーフィトの様に魔獣、魔人が出

てくる様な場所を持たない。魔人が気まぐれに落とすという『魔人の種』

の出所としては、考えにくかった。


「ノルドで、魔人の種について聴いた事は?」

「ありません」

 とはいえ、ザシャがあの国で貴族として過ごした時間は、それ程長くな

い。

「さようでございますか」

「その種を、どうされるおつもりか?」

 ブローチに封じられている種を、取り出せれば処分できる。取り出せな

いならブローチごと壊す必要があるが、これはドゥーゼ子爵継承の証。壊

すのも難しい。

「いずれの方法かで、処分することになりましょう」

「そのほうがいい」

 単なる黒い粒にしかみえない種。これを求める者は多くはない。だが好

事家はどこにでもいる。収集物の一つとして扱うには、危険過ぎた。


「たかだか子爵位に、ここまでする理由が判りました」

 ザシャは裁定長席の後ろに視線を向ける。しばらく見つめ、それから礼

をして彼は裁定室を出た。


「……よかったのですか、この様な話をして」

「バーデン伯爵は知らぬ様であった。それが判れば良い」

 裁定長席の後ろから、応えがある。

「あとはまかせよう」

「はっ」

 裁定長は深々と頭を下げた。



 無事に学院へと戻ったタビーは、とにかく眠かった。

 裁定は徹夜で行われ、今朝方ようやく帰ってこれたのだ。仮眠を取りた

かったが、一度寝たらそのまま起きられなさそうである。

「あー……」

 ちらりと、休んでしまおうか、という考えが頭を過ぎった。それを振り

払う様にクローゼットを開ける。

 休み明け、しかも色々な事があった後では、どこにも出たくはないが、

既にいくつかの講義を休んでしまっていた。これ以上の休みは、試験や査

定に響く。


 洗ってある制服を取り出し、引き出しからはタオル代わりの大きい布を

引っ張り出す。

 ぼんやりとした頭を、とにかく目覚めさせなければならない。


 タビーは大あくびをしてから、風呂へと向かった。


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