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タビーと騎士の犬  作者: 弾正
踏み出した一歩
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 アレ、は、ヒジャというらしい。

 見た目は前世で言うところの山羊だ。タビーは前世で山羊を見たことがないが

多分、同じ様な鳴き声なのだろう。

 肉も乳も癖があるが美味しいらしい。肉は酢漬けにすると保存食にもなるとい

う。

 毎日肉を食べておいて今更『ヒジャはダメ』と言うつもりはないが、流石に生

きた姿を目にして食べられるほどタビーの肝も据わっていない。


「お、出来てきたね」

 訓練帰りのラーラが裏庭に顔を出した。汗の浮かんだ額と、汚れた頬は一緒に

帰ってきた寮生達に共通している。男達に混じって騎士を目指す、ということは

こういう所にも出てくるのだろう。


「そうですね」

 できあがった柵に肘を付いていたタビーは、頷いた。ラーラから離れた騎士寮

の壁際に、なにやらくねくねする人間がいた気がするが見なかった事にする。


「タビーは今日は?」

「今日はおやすみです。ヒジャも見たかったし」

「ヒジャねぇ」


 既に柵の半分はできあがっている。自分たちでやれ、とアロイスは言っていた

が、工作作業に慣れていない後輩達を見かねて、何人かが時間の空いたときに手

伝っていた。

 柵ができあがっていない部分は杭をうち、ロープでその合間を幾重にも覆って

いる。ヒジャが抜けられない程度にきつく、狭い臨時の柵だ。

「市場で見ないかい?」

「見た事はありますけど、どっちかというと馬とか牛を良くみました」

 こちらにも牛や馬はいる。前世と体つきは多少違うが、その程度の差だ。

 山羊だけは何故かヒジャと呼ぶらしいが。


「まぁ、基本的にヒジャは山で飼われるからねぇ」

「そうなんですか?」

「聞いた話だと、草以外に木の葉も好きらしいよ。だから山で飼う」

「へぇ……草だけだと思ってました」

「だよねぇ……よっと」

 ラーラは声をかけると、柵の上に腰を持ち上げて座る。

「ほら、タビー」

 手を差し出されて、彼女は頷いた。同じ様に柵の上に昇り、座ってみる。

「……なんか、思ったより広いですね」

「だね。あそこら辺に小屋を建てるって」


 ラーラの指さす先はまだ平地だ。


「出来る前に、雨降りませんかね」

「降ったらアイツらの部屋に入れればいいんじゃない?」

 親指で指し示す先には、顔を真っ赤にしながら柵用の木板を運ぶ面々がいる。

 今回の騒動の大元だ。

「……そうですね」

 少し考えてからタビーは頷いた。寮内で放し飼いにする訳にはいかない。

 犠牲は一室だけで充分だろう。


「ラーラ先輩は、何か講座取りました?」

「ああ、儀礼基礎をね」

「儀礼、ですか?」

「来年やると思うよ」

 いわゆる礼儀作法だ。近衛騎士になる訳ではないから王宮儀礼は基本だけで

問題ないが、最低限のものは必要である。ラーラはそれが苦手だと言った。

「右から手を出してとか、左側の軸を取ってとか、訳がわからないよ」

 はぁ、と溜息をつくラーラは手をひらひらさせる。

「ま、諦めて体に叩き込むしかないけどさ」

「何だか、騎士になるのって大変そうですね」

「そうだねぇ」

 ラーラは同意する。

「でも、諦めたくないんだよ」

「何となくですけど……わかります」

 タビーはまだ基礎課程を受け始めたばかりだ。専門課程に行くまでにはあと

1年半ある。

「専門課程に行くには、適性と実技も見られるからね」

「が、頑張ります」

「さて、仕方ない」

 ラーラはひらりと柵から降りた。

「少しは手伝ってやるか」




 

 早朝、タビーは目が醒めた。

 どこかで何かが鳴く声がする。


 ヒジャだ。


 どこか切なそうな声で鳴くのは、寂しいからだろうか。

 それにしても、声がなかなか止まないが――――。


 目を閉じていたが、気になって起きてしまう。

 夏の夜は短い。外は白み始めていた。


 ヒジャは、まだ鳴いている。


「……」


 気になったタビーはベッドから滑り降りた。流石に寝巻きのまま外に出るの

は抵抗があったので、部屋着に着替える。いつも通り、鍵だけはきちんと。


 寮内ではまだ誰も起きていない様だった。


 長期休暇を利用して、騎士寮の面々は普段出来ない様な過酷な訓練もこなし

ている。いつも以上に深い眠りなのだろう。

 もしくは気づいても、再び寝てしまっているか。


 1階に他の寮生はいない。足音を殺して、寮の入口をそっと開いた。

 そのまま裏庭に回る。

 半分できあがった柵、その隅っこには白いヒジャ。

 

 否、白くない。

 

 そして、その側には黒い影。


 胸がどきどきする。誰かに知らせなくては、と思う気持ちと、何が起こって

いるのかという少しの好奇心。

(だめ、誰かに知らせなきゃ……)

 そう思っても、足はヒジャに向かって進む。


 ヒジャは、白くなかった。

 赤く、染まっている。


 側にいた黒い影が振り向いた。

 眼帯、ぼさぼさの髪、袖のない上着と傷だらけの腕。

 それを辿っていくと、赤く染まった手に。


 「ぎ、ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」



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